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狼さんの木陰カフェ〜追放聖女は闇魔法でスローライフを送りたい〜  作者: シアノ


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45 脱出!?

 私はなんとか肩を捻って小さい窓から出て、垂らしたロープを掴む。


「えええええっ!?む、無理ぃっ!!」


 そのまま降りようとぶら下がったものの、そこから動けずに固まっていた。


「むりむりむりっ!高いって揺れるってぇ!」


 すっかり失念していたが、私は非力だった。

 自重をまともに支えることも出来ず、つまりロープを伝って降りるのは不可能。

 今はなんとかロープを両手にぐるっと巻きつけて、ギリギリで落ちずに止まってはいる。だが、そこから動けず、二進も三進もいかない。もう元の窓に戻ることさえ出来なかった。


 真っ逆さまに落ちないようにするのが精一杯。足がぶらぶらしていて地面につかない。とにかく怖い。


「う、嘘だあ……本とか映画とか、あ、あんなに簡単そうに降りてるのにぃ……」


 そもそも、物語のキャラクターよりも断然私の方が非力であり、ついでに弱虫なことを忘れていた。そう、木登りだって出来ない。


 滑って降りればいいと楽観的に考えていたは最初だけ。ほんの数センチ滑り落ちただけで手のひらが火傷のようにヒリヒリと痛んでいた。自重を支えているから当然だが、手のひらに食い込んでもいる。余裕で数階分の高さがあるここから滑り落ちたら、手のひらが擦り剥けるどころではすまないだろう。その前に落ちてしまう方が先か。


「やばいやばいやばい……!」


 すっかり歯の根が合わないほど震えていた。なんとか思ったことをそのまま声に出して、意識を繋ぎ止めるのが精一杯だ。

 この高さから落ちたら無事ではすまない。だが、このまま滑り落ちても同上だ。


 ──カタツムリくらいのスピードでいい、少しずつでも降りなきゃ。


 私はロープを巻き付けた手が痺れていくのも感じていた。体重をかけているせいで強く締め付けられている。

 このままでは絶対にまずい。手の感覚がなくなれば、握る力もなくなって真っ逆さまかもしれない。それに肩も腕の関節も痛い。長時間保つとも思えなかった。


「お、落ち着いて、落ち着かなきゃ……生きなきゃ……リベリオに、会えない」


 リベリオの名前は私を落ち着かせてくれる効果があるみたいだった。

 リベリオ、リベリオ、と何度も呟く。

 私はすうはあと深呼吸を繰り返して、あちこちをキョロキョロ見渡して何かないか探した。


 壁面は煉瓦だった。破れている箇所や、少し飛び出た煉瓦もある。その凹凸に足を引っ掛けることは出来ないだろうか。──だが、少し遠い。

 バタバタとみっともなくもがいて、ロープが揺れる。ズルッとまた数センチずれるように落ちた。


「ひっ!」


 心臓がひやっとしたが、その数センチのおかげで煉瓦の割れ落ちた部分に爪先が載せられそうだった。


「と、とりあえず、足乗せて……なんて言うんだっけ、あの、壁登ったり、するやつ……」


 ボルタリングだ、と思い出す。テレビで見たことがある。壁にデコボコが付いていて、それで壁を登ったり降りたりするのだ。あんな感じ。私はイメージしながら右足の爪先を引っ掛けた。

 両手と片足の3点になったから、少しだけ手のひらに食い込んだ痛みが軽減された。


「よしよし、いいぞ。つ、次は……もうちょい、横……」


 今度は左側。私は白鳥が水面下でやるように足をバタバタとさせて左側の小さな窪みにまた爪先をなんとか引っ掛ける。すごく滑稽なポーズだけど、体重が分散すればそれだけ手への負担も減る。


 よし、とそう思った瞬間、左側の爪先が空を切った。


「ぃぎゃっ!」


 せっかくの窪みは脆く、足を引っ掛けた場所が崩落したのだ。

 私はそのせいでバランスを崩した。右足も無情に壁から滑り落ちる。


「ッあ……!」


 揺れる。揺れる。ガクンと落ちる。

 手からロープがすっぽ抜けた。手を伸ばしても届かない。まずい。


 浮遊感。ジェットコースターよりフリーフォール。子供の頃、足がつかないフリーフォールで泣いちゃった思い出。胃がひっくり返るような感覚。


 ──あ、駄目だ、これ。


 下はあまり見ることが出来なかった。かなり高さがあるはずだ。

 人間って何メートルくらいの高さから落ちたら死ぬんだろう。

 ほんの一瞬のはずなのに、そんなことをぼんやりと考えた。


 目の前がだんだん白くなっていく。それは新しい闇魔法を覚えた時とは違う。ただ意識が遠のいているのだ。


 ──ああ、せめて痛くないといいな。


「サナッ!」


 諦めて力を抜いた瞬間、暖かいなにかに包まれた。大好きな人の声を聞いた気がして、すごく嬉しくなってしまった。


「……夢?そっか、走馬灯ってやつかな」


 私は閉じていた目を開く。

 目の前にリベリオがいた。


「サナ……?」

「うわぁ、リアルな夢だぁー。でもしっかり見なきゃもったいないよね。あ、それともここは天国なのかな。リベリオにそっくりな天使が歓待って……あはは、どんだけ好きなんだ私」

「おい、しっかりしろ」

「顔、見せて。目に焼き付けたい。私、リベリオの顔好き。目がね、すっごく綺麗な色でさ。髪の毛もキラキラで。それから耳も。触ったらセクハラかなって、あんまり触れなかったけど、もっと触れば良かったかな」


 手で触れると、狼耳は思っていた通りふわふわで、ふにゃりと柔らかくて温かい。手の中でぴくぴくと動いた。


「サナ……その、大丈夫か?頭はぶつけてないと思うんだが……」

「んえ?」


 天使なリベリオはすごく困った顔で私を覗き込んでいた。


「……あれ?」

「サナ、ここは天国じゃない。地面だ」

「はて」


 私はこてんと首を傾げた。

 手は付いてる。今も困った顔のリベリオそっくりな天使の耳をもふっていた。足の感覚もある。取れたりしていない。

 背中にはなんだか固いものが触れている。あとお尻にも。地面。うん、地面かもしれない。


「あれ、じゃあ、目の前のは……」


 耳から手を離す。少し下にずらして頬に触れる。ほんの少しひんやりして、でもちゃんと体温がある。ツルツルの玉の肌だ。瞳はハッカ飴みたいなアイスブルー。


「リベリオだ……」

「……お、俺だ」

「わっ!?」


 私は万歳をするみたいにリベリオから手を離して両手を上げた。ガバッと起き上がる。

 どうやら私は落ちかけたところをリベリオに助けられ、一瞬気絶して地面に寝かされていただけのようだ。


「えっ、あっ、りべ……え、は、ひゃあっ、あの、これは、せ、セクハラではなく……っ!」


 顔が熱い。口からは自分でも訳の分からない言葉が漏れた。脳みそが動いていない。


「あっ……リベリオだぁ……」


 そればかりを繰り返した。

 目の前のリベリオは本物だった。それに気がついて涙が滲む。涙腺がおかしくなったみたいにドバッと溢れた。


「リベリオぉ……いや、でも勿体ないから見なきゃ。だってリベリオだもん」


 私はそんなことを言って涙を服の袖で拭った。間違いなくリベリオだった。


「ああ。俺だよ」


 リベリオはすごく優しい声色で、そう言って頷いてくれる。


「リベリオ……!」

「……サナ、怪我は……。痛いところはないか?」

「え、ええと……」


 多分、手のひらを擦りむいているだろうし、アンドレアに首を絞められたりもした。無傷ではないと思う。でも今は興奮状態なせいか、痛みもよくわからない。


「サナ……遅くなって……すまない。何日も……不安だったろ……」

「ううん、ちゃんとリベリオは助けに来てくれたもん。しかも1番のピンチの時に──」

「……ごめん」


 そう絞り出したような声と共に、リベリオのアイスブルーの瞳がゆらゆらと波打った。ぽたり、と私の頬にリベリオの涙が落ちる。

 リベリオの手は震えていた。狼耳もぺたんこになっていた。今は見えないけど、多分あのふさふさの尻尾もヘロヘロだろう。

 リベリオは強い人だ。でもそんなリベリオがどんな思いでいなくなった私を探していたのか、それに気がついてしまった。

 ──この人を泣かせてしまった。


 リベリオから零れた涙が私の頬に落ちる。


「……大丈夫だよ。私は平気。リベリオはちゃんと間に合った」


 私は手を伸ばしてリベリオの涙を拭った。



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