31 知り合いが出来ました
「氷が必要ということは、もしかして飲食店をされているのでは?」
「もう、フラン、人様を詮索してはいけません」
「あ、ごめんなさい」
金髪の少年はフランというらしい。黒髪のお姉さんに窘められている。
「いいんですよ。実はカフェをやってるんです。だから今日は2杯も飲んじゃいました」
内緒ですよ、と私はちょっと声をひそめて言った。敵情視察を兼ねているので、敵地で大っぴらには出来ないのだ。
「ああ、それで。アニムニアは暑いのに温かい飲み物ばかりですからね。果汁もあまり冷たくないから、僕もこっちに来た時はびっくりしちゃって」
「氷があればメニューの幅も広がりそうなんですけど、この街はちょっと遠いし、やっぱり無理そうです。あ、でも今日は普通に買い物で来ましたから」
「あ、さっきのお店で買えました?」
「はい、おかげさまで、大満足です!」
「そう、良かった」
黒髪のお姉さんが色気たっぷりのウインクを送ってくれる。おかげさまで尻尾の穴がない下着を買えました。
「そう言えば名前も名乗ってませんでしたね。失礼しました。僕はフラン。こっちの彼女はテアです。生まれつき足が悪い僕の介助をしてくれています」
「あ、私はサナといいます」
「リベリオだ」
「私達は一緒にカフェをやってるんです」
最低限しか口を開かないリベリオにも、フランはニコッと笑みを浮かべた。物怖じしなくてコミュ力が高い子だ。
「リベリオさん、ですか。この国の第二王子と同じお名前なんですね」
「……まあな」
リベリオは身分を明かすつもりはないようだ。まあこんなところで水戸黄門みたいになってしまったら困るもんね。
「どこの街でカフェをされているんですか?僕たち、通行許可が出たらアニムニアの王都方面に行く予定なんです。もし近ければ寄りたいな」
私は首を傾げてリベリオを見上げた。住んでいる街の名前など知らない。
「聖アメンタ自治区の教会通り裏だ。王都からそれほど遠くはないが……」
私に代わってリベリオが答えてくれた。
そんな住所だったのか。住んでる場所の住所って、手紙とか書く用事でもないと普段から意識しないよね。
「テア、覚えた?」
「もちろんです。私が今まで忘れたことなどありまして?」
「……宿に靴下忘れたの、ついこないだじゃないか」
「もう、今言わなくてもいいでしょう!フランったら意地悪ね」
フランとテアさんはとても仲が良さそうだ。この二人こそ、フランの介助をしてるってわりにテアさんが従者っぽくなくて不思議だ。実は歳の差カップルかもしれない。
「知り合えたのも何かの縁ですし、カフェには是非寄らせてもらいますね」
「はい、お待ちしてます!」
「とはいえ、通行許可証の発行まで、まだしばらくかかりそうで」
「へえ、そんなに時間がかかるんですか」
「こればかりは他国の人間ですから仕方がないことですよ。サナさんはリベリオさんとご結婚されたから通行許可証が必要ないのでしょう。そういう特例でもないと手続きが厳しいんですよね」
「けっ……!!!」
結婚!?
私はフランの言葉に真っ赤になった。
「まあ、新婚さんなのかしら。いいわねえ、初々しくて」
テアさんは私の態度を見てそう思ったようだし、フランもニコニコとしていてそれを疑ってもいないようだ。
血の繋がらない若い男女二人でお店を開いているとそう取られてしまうのかもしれない。リベリオも特に否定しないし、恥ずかしいけど私も黙っていた。下手に関係を突っ込まれても困るし。
「……時間といえば、サナ、そろそろ帰らないと」
「え、もうそんな時間?」
リベリオはそうせっついてくる。
帰りの人力車は時間指定で予約してあるらしい。買い物やカフェが楽しくて時間はあっという間に過ぎてしまったようだ。
私達はフランとテアさんに挨拶をして別れた。気持ちのいい人たちだったから、カフェに来てくれて、また会えたら嬉しいな。
また人力車に揺られて木陰カフェに戻ってきた。
1日も開けてないのにやけに懐かしく感じてしまう。もうすっかりここが私の家になったんだって実感した。
「いい買い物ができてよかった。リベリオが一緒に来てくれたおかげだよ」
「いや……もっと早く連れてくればよかったな」
リベリオはこっちを見ずにそう言った。
その態度になんとなく、ピン、ときた。
「あのさ、もしかしてなんだけど。リベリオが私をこっちに連れてきて、もし教会に住まわせてもらえなかったら、私もあの街に暮らしていたのかな」
「……そうなっていただろうな」
「やっぱりそうだったんだ。聖……なんだっけ……今住んでる場所に住めて私良かったよ!」
「それ、前も言ってた」
「うん、でもね、何回でも言いたい。フォクシーもマウロさんもシビラさん達も、みんないい人だけど、それだけじゃなくて。私、多分、最初から人間の街で暮らしてたら、ロザーンでのことを思い出してずっと怖いままで、周囲の人も信用出来なかったんじゃないかな。獣人の人達にも一線ひいちゃって、こんなに仲良く出来なかったと思うんだ」
私はリベリオが逃げてしまわないように、服の端を掴んでそう言った。
リベリオは困ったように目を逸らしている。
「そう考えると、やっぱりリベリオのおかげなんだよ。リベリオ的には最初から私を人間街に連れて行った方が楽だったと思う。なのにずっと私の面倒みてくれて、側にいてくれて、ありがとう」
「……サナは強いな。脆くて弱々しいのに、全然折れない」
「折れないわけじゃないよ。私はまだ弱いし、今もロザーンは怖い。また怒鳴られたら竦んじゃうと思う。でも変わったって、そう見えるなら、きっとリベリオのおかげで変われたんだろうね」
そして、気がつけばリベリオのことが大好きになっていたんだ。
フラン達から結婚してると思われて、恥ずかしいとか、リベリオに悪いなって思うよりもそう見えることが嬉しくなってしまった。
リベリオの方はまだ私のことなんて、レクと同じ子供のカテゴリかもしれないけど、今はこうして一緒にいられるだけで幸せだ。
「これからもカフェ経営頑張ろうね!……ってわけでそろそろ闇魔法使っても……」
「駄目だ。明日からな」
「ですよね……」
とはいえ、まだまだ前途多難のようである。




