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狼さんの木陰カフェ〜追放聖女は闇魔法でスローライフを送りたい〜  作者: シアノ


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18/61

18 敵情視察

 太陽の強い日差しがジリジリと照り付ける。昼過ぎからが1番暑い時間帯だ。私は人のいないところでは闇魔法の範囲を広げて日傘のように全身を遮るようにした。


「真昼の暑い時間でも、その闇魔法があると楽だな」

「でしょう!」

「でも、人の少ないところでだけにしろよ。あまり目立つと危険かもしれない。それでいえばカフェで使うのも心配だが……」

「この力を見込んであの場所にしたのもあるからなぁ……」


 テクテク歩くうちにまた通行人が増えてきた。店も多く、繁華街のようだ。


「この辺りにはカフェが何軒かある。とりあえず周ってみるか」

「うん」


 最初の店は立ち飲みでカウンターしかない。お客さんの大半がおじさんで、何故かみんなコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。

 メニューはコーヒーのみで値段は20デル。安いのか高いのかよく分からない。

 私は小声でリベリオに聞いてみる。


「ねえ、20デルってどんな感じ?安い?」

「まあまあ安い方だ。一般的な店なら20デルから40デルまでって感じだな」

「へえー。なんでみんな新聞を読んでるの?」

「あの新聞は店が買ってああやって置いておくんだ。コーヒーを飲むついでに新聞を読みたい客が来る。新聞を買うよりは安いからな」


 なんだかそれを聞いて「昭和の頃には見たいテレビがあるとわざわざテレビの置いてあるラーメン屋さんやお蕎麦屋さんに行ったんだ」と高校のおじいちゃん先生が話してくれたのを思い出す。


「カフェは飲み物を出すだけじゃないんだね」


 考えてみれば日本のチェーン店のカフェでも勉強するために行ったりもしたし。

 その店ではコーヒーは飲まずに通過した。リベリオ曰くあまり女の子が行くような店ではないらしい。確かにおじさんだらけだった。


 何店舗か見てみると、店先のカウンターだけしかないような小さな店が多かった。日差しが暑いのもあって外に面した狭い土間か、屋外でも小さな日陰にへばりつくような椅子の置き方になっている。思いっきり日向になっている店にはお客がいない。休みかと思ったら夕方から開く店らしい。


 何店舗か周って、ようやく腰を落ち着けられたのは広い敷地に大きな木がたくさん植えてある店だった。


「涼しい……!」

「ここはこの辺りで1番の人気店だ。木を植えて木陰を作ってあるから涼しいだろう」

「うん、オアシスって感じだね」


 値段は60デルだから平均値よりかなり高い。そのせいか置いてあるテーブルや椅子も立派だった。そんな少し高めの価格帯でも席は結構埋まっている。


 飲み物はコーヒー以外にもあるようだが、知らない単語だった。後でリベリオに聞こうと思ってコーヒーを2人分先払いしてカップを受け取って席につく。

 先払い制なのもあり、チェーン店のカフェみたいだった。味は普通というか、フォクシーが入れた方が美味しいくらいだ。値段が高いのはあくまで席代なのだろう。木陰になっていて涼しいから快適だ。


 カフェで涼しい木陰に座ってぼんやりと熱いコーヒーを飲んでいると、異世界に来たという実感が薄れてしまいそうだった。言葉も私には日本語にしか聞こえないし、道ゆく人の耳さえ獣耳じゃなかったら、外国風のテーマパークにでも来たのだと錯覚してしまう。


「……元の世界に帰りたいのか」


 まるで私の心を読んだみたいなリベリオの言葉に心臓がドキッと跳ねた。


「え、いや、あの……違うの。私……」


 私は実のところ日本での生活にまだ未練がある。

 でも、それでもどこかホッとしている自分もいるのだ。私は両親とあまり上手く行っていなかった。決して仲が悪いわけではなかったが、両親は多忙で私にあまり構わず、けれど両親と同じように医者になる道を強制しようとしていた。友人関係も浅く、いつだって誰からも必要とされていない、そんな不安な気持ちが付きまとっていた。


 だから、今の生活が楽しくてならない。レクやフォクシーは私を慕ってくれる。リベリオも頼まれてとはいえ、私に常に付き添って助けてくれる。そして次は子供の頃の夢だったカフェを開店させようとしている。


「……いや、なんか、カフェまで開店できちゃうなんて、夢みたいだなって……。アニムニアに来て良かったと思ってるのは本当だよ」


 楽しくて、幸せで、こっちの世界でみんなと仲良くなればなるほど、日本への未練が減っていく自分がひどく薄情なのではないか、そう思ってしまうだけ。


「サナが……すごく遠くを見ていたから……このまま消えてしまうかと思った」

「き、消えないよ。大丈夫だって!」


 私は空元気で笑い、誤魔化すように甘くてどろっとしたコーヒーに口をつけた。


 こっちをじっと見つめていたリベリオの瞳が逸らされる。不意に狼の耳がピクピクと探るように動いた。


「どうしたの?」


 リベリオの返事より先に遠くから悲鳴と人の騒ぐような物音が聞こえた。


「えっ、何?」


 立ち上がりかけた私をリベリオが制する。

 数人が店の前を通り過ぎながら話している。リベリオはその内の1人に話しかけた。


「すまない、何かあったのか」

「この先で事故が起きたみたいだ。積んでいた荷物が崩れて……あっ、リベリオ殿下?」

「それで、怪我人は?」

「……子供が荷物の下敷きになったそうです。今医者を呼んでいるはずですが……上の荷物をどかさないことには」


 リベリオはそれを聞いて事故があった方と私との間に視線を彷徨わせる。

 助けに行きたいけど、私を1人にするわけにはいかないと思って迷っているのだと私は察した。


「ねえ、リベリオ、行ってあげて。私はここで動かないで待ってるから」

「……すまない」


 リベリオは走って事故があった現場に向かって行った。リベリオは力が強いし、転移魔法も使える。普通に救助するより早いのは間違いない。

 それでも1人で残されるのは少しだけ不安だった。せめて、事故にあった子が無事であるように、リベリオにも怪我がないようにと祈ることしか出来なかった。



 しばらく待ってもリベリオは戻ってこない。様子を見に行きたかったけど、動かないと約束した。ここでまた私が不要なトラブルを起こすわけにはいかない。


 だがコーヒーが空になってしまっていた。そこそこ混んでいるカフェで飲み物がないのはちょっと気まずい。


「ねえ、君。悪いんだけど、飲み終わったなら帰るか、まだ居たいならおかわりを注文してくれないかな?」


 垂れた犬耳の店員さんからもそう言われてしまう。私は頷いた。


「あ、はい。じゃあこの2つ目のをお願いします」


 メニューは読めないから指差しだ。


「ミンティオだね。お茶にする?それとも割る?」

「えっと、割るってなんですか?」

「酒にね、ミンティオと水を入れて割るの。ほらあの人が飲んでるような。追加で青リモルも入れられるよ」


 指差す先にはモヒートのような緑の葉がたくさん入ったカップに口をつけている人がいた。モヒートはお酒だから飲んだことはないけど、確かミントを使うはずだ。

 ミントに似たものがあればメニューも増やせそうで、期待に胸が高鳴る。


「あ、お酒は飲めないから、お茶で……」

「はいよ」


 店員さんはミンティオの葉っぱをカップに入れ、すりこぎみたいな棒でガシガシと突いて砂糖とお湯を注ぐ。

 そして受け取ったミンティオ茶は、私の期待通り、清々しい香りがしていた。口に付ければ清涼感のあるミント特有の味がする。

 まさにミントティーだ。葉っぱは日本のミントより縮れていて大きい。  


(あれ、どこかでこの葉っぱ見たような)


 どこだったっけ、と思いながらミンティオ茶でリベリオが帰って来るまでの時間を潰した。


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