10 物件探し
リベリオは歩きながら書類をパラパラとめくり目を通している。多分昨日の面談の内容が書いてあるのだろう。
伏せた睫毛も髪と同じ銀色で思わず食い入るように見てしまった。しかも長い。これが天然物ってすごい。
「条件は住居と店舗が一体型ってことか。他には」
「教会に近い方がいいかなって。あとは、ええと……思いつかない……。そもそもどんな物件があるの?国有物件って聞いたけど」
私はこの世界の人間じゃないので、言葉は通じてもそれが日本と全く同じ意味とは限らない。法律とか文化とかはさっぱりだし。
「あぁ、相続者がいなかったり、いても相続を放棄されたりした住宅は国のものになるんだ。元々全ての土地は国のもの、という扱いだから、主に上物や家具類のことだな。国有物件でも数年借り続けて、かつ一定以上の納税がされていれば所有の権利も与えられる」
「へえ、家具付き物件ってことか。いいね」
生活費は支給されるらしいけど、いつ何が起きるかわからないと思うとあまり無駄遣いはしたくない。国有物件は他より家賃が安いみたいだからあまり期待してなかったけど、初期費用が安く済むならありがたい。
「使える家具とは限らないぞ。古くて傷んでいる可能性もあるし、家の規格はどこもそんなには変わらないが、住んでいる獣人の種族に合わせて家具を特注しているかもしれない」
「そういうこともあるんだ!」
確かに通りを少し歩いただけで、成人男性と思しき私より小柄な鼠耳の人から、象耳な耳も縦も横もとにかく大きなお兄さんまで選り取りみどりだ。
教会は女性と子供だけだったから、サイズ差はあまり気にしていなかったけど、言われてみたら天井とかすごく高いし、部屋も広々していた。
「……ん、待って。相続ってことは、元の持ち主は亡くなってるってことだよね……」
私は唐突にその可能性に気がついて青ざめた。
「ゆ、幽霊とか……出たりしないよね?実は事故物件で化けて出たり……えっ、私そこに1人で住むの!?」
「ゆうれい……?」
リベリオはきょとんと首を傾げた。
「あ、もしかしてこっちの世界は幽霊の概念がなくてホラーでオカルトなことは一切ないとか?」
「ほらーでおかるとは分からんが、霊体型の魔物とかならいるが……あと死後に祟りを起こす奴も稀にいるぞ」
「や、やっぱりいるんじゃない!」
ひええ、と震え上がった私にリベリオが笑い出し、背中をポンと叩いてくる。
「大丈夫だ。もしなんか出たら俺を呼べ。必ず助けるから」
「う、うん……」
やっぱりリベリオは優しい。そう言ってくれるってことは本当に必ず助けてくれるだろうから安心だ。
今日の物件探しに来てくれたのがリベリオで本当に良かった。
「いきなり人の多くて賑やかなところより、教会近くの少し静かなところから回るぞ」
「うん」
お店を開くなら確かに人通りは大事だ。
とはいえ歩いている場所も道路は石が敷かれて舗装されているし、街路樹なんかもあって小綺麗だ。
家の形は大体が白い漆喰壁にオレンジ色の洋瓦が多い。たまに緑や青系の屋根があるくらいだ。
「この辺りは治安がいい。住宅が多くて人通りは多くないが、夕方になれば露店も出るし、一本向こうの通りまで出れば買い物にも困らないだろう。住むだけならいいんだろうな」
「露店!そっか、お店が遠いのも大変だよね。カフェやるなら買い出しもあるし」
多分閑静な住宅地というやつなのだろう。
一軒目は近隣と同じ普通の家だった。見た目は綺麗だし、土間は広いからここでカフェも出来なくはなさそうだけど、ピンとこない。
「うーん、ごめん。決め手に欠ける……」
「そうか……じゃあ大通り沿いを見てみるか」
「あ、ねえ、ここは?この場所から結構近いみたいだけど」
私はリベリオの横から地図を覗き込み、マークがついている箇所を指差した。
「ここは南向きだからな……」
「え、なんで。いいじゃない南向き」
「そうか、サナは知らないか。……まあ実際に見てみれば分かる」
よく分からないことを言うリベリオに付いて私は二軒目に向かった。
「あっつ!」
「納得したか」
「うん、南向きは暑いから避けるんだね。ここは特に遮るものもないし」
「そうだ」
二軒目は敷地面積はかなり広い。手前に広々とした庭があり、お隣は公園だ。家の周辺に生えている木もそれほど背が高くなく、この日差しを遮るものはない。日当たり良好過ぎるのだ。
私は闇魔法で光を遮る範囲を広げた。そうすると涼しいし、遮るものがないから風がよく抜けて心地いい。
「でも、私はこれがあるから日差しの暑いのは特に気にならないかも」
「そうか。じゃあ中も見てみるか」
「うん」
その家は外見からして変わっていた。漆喰壁は珍しく白じゃなくてペールブルー。屋根は濃い灰色の洋瓦だ。他の白く明るい家に比べると落ち着いたモダンな雰囲気だった。見た目はかなり好みだ。
「前に住んでいた老婦人は、歳をとって壁の照り返しが目に痛いからと、敢えて暗い色合いにしたらしい」
「なるほど。いい雰囲気だね」
「それだけじゃなく、でかい木の一本もないし、少し変わり者だったみたいだな。中に入るぞ」
リベリオは鍵のかかった門扉を開けて敷地内に入っていく。家の周りはぐるっと背の低い生垣に覆われている。もし花が咲いたらきっと綺麗だろうけど、葉を見ても種類は分からなかった。
「ここはお隣が好意で手入れをしてくれていたらしい。3年くらい誰も住んでいないそうだが、そうとは思えないな」
「生垣も綺麗だしね」
生垣はきちんと整えられている。
庭は雑草が生えてくるのを嫌ったらしい前の住人によりウッドデッキみたいに木の板を敷き詰めてあった。石を敷くよりは暑くなさそうだし、なんとなく石畳より木の方が馴染み深い。木の床の上を歩いてみても痛んでる様子もなく、軋みもない。
革のサンダルを履いた足に伝わる感触が優しい。
ざあっと風が吹き抜ける。闇魔法で日陰にしてあるから涼しい風が心地よく私の髪を揺らしていく。
私はなんとなく家の前まで来て、庭を振り返ってみた。
──あ、ここだ。
そんな気がした。
ウッドデッキの一段高いこの辺りにカウンター。あっちに4人がけのテーブル、その横に2人がけのテーブルを2つ。全部で12席。
サイズ的にも問題ない。
何よりここでカフェをする自分というビジョンが見えた。
「……リベリオ、私ここがいい」




