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1 追放聖女




 そこは煌びやかな宮殿みたいな場所だった。

 白い漆喰の天井や、金枠の絵画にキラキラとしたシャンデリア、それから濃い赤色の分厚いカーペット。テレビで見たヨーロッパの宮殿にとてもよく似ている。

 そして部屋の中央には金髪碧眼の王子様みたいな人。その周囲には魔法使いのような黒いローブを着た人達が私を囲んでいた。


「え、ここ、どこ……?」


 上体を起こしてキョロキョロとあたりを見回すが、知るはずもない場所だ。外国か、それとも映画撮影のセットだろうか。

 直前の記憶によると、いつも通り自分の家の玄関から出たはずだ。なのに何故こんなところに横たわっているのだろう。


「あのっ、ご、ごめんなさい!私、倒れでもしたんでしょうか!?」


 慌てて起き上がった私に、王子様みたいな人が何事かを話しかけてくる。洋画のイケメン俳優さんみたいだ。こんな時でもなければ即座にファンになってしまいそうなほど格好いい。けれど何を言っているのかさっぱりわからない。


「わ、わかりません」


 首を振って言う私に、魔法使いの一人が何事かを言って丸い水晶玉のようなものを突き付けた。

 口々に何かを言っているけれど、私には単語の一つも理解できない。少なくとも英語ではない。話せるわけではないが、ドイツ語やフランス語のそれとも違う気がした。


 心細くなって私はその場で身を縮こませた。

 彼らの話す言葉が激しくて、まるで怒声のように聞こえたからだ。王子様のような人も私に指を突きつけ、強い言葉で何かを言っている。


 私は思わず目をぎゅっと閉じた。その直後、目蓋の裏に強い光が通り過ぎた気がしておそるおそる目を開く。


「──なんということだ!闇魔法への適性しかないと?」

「は、はい。間違いありません」


 突然、意味の分からなかった声がわあっと言葉の奔流になり、私に襲い掛かる。

 私は思わず頭を押さえた。突然言葉が分かるようになり、情報量の多さに頭が膨れ上がったように感じた。だが触った感じはいつもの私のままだった。


 ──今の、何?


「異世界から聖女を召喚したのではなかったのか!?」

「そ、そのはずですが……」

「何がそのはずだ!聖女が闇属性のわけがないだろう!」


 けれど言葉が分かるようになっても私の待遇は何も改善しない。それどころか意味が分かっただけじわじわと恐ろしさが増していくようだった。


「豊穣を司る聖女だぞ!光属性か、さもなくば土や水に決まっている!まさか貴様ら、失敗したというのか!」

「ひっ……アンドレア殿下!お、落ち着いてください、こ、これは何かの間違い──」

「間違いなのはこの女だ!」


 アンドレア殿下と呼ばれた人は私に指を突きつけて怒鳴る。怖くて何も声が出なかった。心臓がバクバクと嫌な音を立てている。


「この、聖女の偽物め!」


 怖い、怖い、怖い……!

 何がなんだか分からない。突然こんなところに放り出されて、偽物だと詰られる恐怖に私は身をすくめて早く通り過ぎてしまえと願うことしか出来なかった。


「もうよい。早く送り返せ!」

「で、出来ませぬ。この娘が聖女ではないとしても、異世界に送り返すことは出来ませぬ。一方通行なのだと何度も申し上げたはず」

「ええい、知るか!聖女でない異世界人など用はない。先程から言葉も通じていないようではないか!聖女の叡智であれば言葉を理解するなど造作もないはずだ」

「はい、確かに古文書によれば……異世界から呼んだ聖女は言葉が通じたと……」


 一方通行……その言葉に私は血の気が引いた。帰ることが出来ない。それに打ちのめされて私はヘナヘナと座り込む。

 言葉が通じていないと誤解されていたが、恐怖に声が出ないままだった私にはその誤解を解くことも出来ない。


 分からないなりにも彼らの話を聞いている内に、ここの人たちは聖女というのを欲して召喚をし、その結果、私が呼ばれたらしいと理解した。

 まるで漫画か小説みたいだ。

 でもかつて少女漫画で読んだような異世界の巫女のような役割を持たされているのではなかった。ただ間違われてこちらに連れてこられたらしいということだった。


 間違われて連れてこられて、しかも帰れない。


(……そ、そんな……)


 絶望感に頭がクラクラとしている。目には涙が浮かび、体は小刻みに震えていた。

 アンドレア殿下は私をまるでゴミか何かを見る目付きで横の人に告げた。その冷たい視線に心臓がきゅっと冷えた。


「……聖女でない異世界人など何の役にも立たん。この者を処分せよ」


 処分という言葉に震えた。喉が凍りついたみたいに声が出ない。


「しょ、処分、ですか……」

「ああ、追放だ。珍しい異世界人として売り払ってもよい。その金は貴様らにくれてやる。だが、魔力が回復次第もう一度召喚だ。よいな!」

「はっ……」


 売られてしまう。家畜のように。

 現代日本に生まれ育った私にはそんなことには縁がないはずだったのに。


「さあ、来い」


 ローブを着た男の人達が私を左右から引っ張り上げて無理やり立たせた。そのまま押されたり強く引っ張られたりして歩かされる。まるで本当に家畜みたいだった。犬の散歩だってこんなに乱暴にはしない。そんな手付きで私は何処かへ連れて行かれる。


 分厚いカーペットがまるで雲を踏んでいるように頼りない。足はずっとガクガクと震えていた。


 途中、ローブを着た男達からチュニックのような服装の男達に入れ替わり、私は相変わらず引きずられるように歩かされた。


「へえ、異世界人だってよ」

「……でも異世界から来ただけのただの人間じゃないか」

「耳もおかしかないし、服以外は普通の娘にしか見えないな。本当に奴隷商に売っても大丈夫なのか?」

「いや、人間を奴隷にするのは禁止だが、異世界人ならその法は適用されないはず」

「ああ……少しでも高値で買ってもらえればよいが」


 男達の会話から奴隷という言葉が漏れ聞こえてくる。


 ──帰れない。


 突然、こんなところに連れて来られて、私が騙ったわけじゃないのに偽物だと言われて捨てられた。しまいには奴隷として売られてしまうのだ。


 涙がひっきりなしに出る。歩きながら足が縺れても、男たちは私を休ませることもなく何処かへと引っ張っていく。


 帰りたい。けれどもう帰れない。



 ここは悪夢のような現実だった。


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