あの日、欠けた言葉
その日、雨が窓をうちつける音で私は飛び起きた。
とんでもなく眠かった。前日から台風がくると言われていたので、台風で学校が休みになるのなら、と思い夜更かししていたのだ。そのツケの眠気だ。
とにかく眠かった。あくびをかみ殺し、テレビをつけた。すると見事に暴風警報が出ていたから、ラッキーってなってた。妹とはしゃいで喜んだ後、二度寝しようと、二階にあるベッドに戻ろうとした。妹は先に上に戻って、私はその後についていこうと思っていた。まだお母さんは寝ていて雨の音なんて聞こえてないみたいだった。
その時玄関に雨合羽を着て重装備となった父を見つけた。父の背中は丸まっていて、ゆさゆさと動いていた。右手で長靴をもち、左手で雨合羽のフードをしっかりと被っていた。
雨雲により薄暗くなった室内は湿っていて、夜よりも明るかった。その湿り気のせいで私の眠気は最高潮に達していた。ほの暗さから零れ落ちた光が玄関から差し込んだ。ごうごうと大きな音は槍が降ってきているみたいで、ちょっと怖かった。
「おとーさん?」
あくびをもう一回。大きく開いた口を手でふさごうとしたけど、私の小さな手では難しかった。
父は私の声を聞き、丸まった背中を伸ばした。こっちには振り返らず、ズボンの裾を長靴の中にすっぽりとおさめた。
「どっかいくん?」
私の声は眠そうで、一刻も早くこの場から去りたそうだった。
「ほら、近くの川。あれ、氾濫しーひんか見てくるわ。
危なそうやったら近くの避難所の中学校に行かなあかんし。
ま、大丈夫やとは思うけど。
寝とき。まだ眠いやろ。昨日遅くまで起きてたし」
よっこらせっと立ち上がる父の姿は勇ましく、この嵐の中どこへ行っても帰ってくるような気がした。
だからだろうか、私は眠気と対峙し根負けしてしまった。きっとすぐ帰ってきてその手に「避難所に今すぐ行こ。近くの川が今にも氾濫しそうや」という言葉持ってくるだろうとなぜか期待していた。その時はその時で、一家全員てんやわんやするだろう。てんやわんやするなら楽しいに決まってる。そんなワクワクした雰囲気があった。
私ははにかむ。
「うん、じゃあ寝てまってる」
父は家のドアを開けて、なだれ込む風に押されながら、なんとか外に出た。ドアが閉まっていく。針のような鋭い雨粒もドアが閉まるにつれて元気をなくしていった。
そしていつもの光景が広がる。そこには雨も外の分厚い雲も、竜巻の中にいるんじゃないかって程の風もない。心地よい『休校』の空気が流れていた。
その後、部屋で寝ようと二階に上がったが寝つけず、どこで寝ようか探しているうちに玄関に行きついた。毛布にくるまり玄関にうちつける雨の音を聞いた。その中の父の足音を探した。ぱしゃぱしゃっと、水たまりを父の大きな足が踏みつける音を楽しみに待っていた。
結局嵐が過ぎ去っても、父の足音は聞こえてこなかった。
母や妹が必死になって乾ききった外を駆け回ったけれど、父の姿はどこにもなく、嫌な情報だけを持ち帰ることになった。川の水位はもう少しで氾濫を起こすところであった、という、そんな嫌な知らせだ。
高く青い快晴は残酷な真実を私達家族につきつけたのだ。
台風に父を奪われたことを。
『行方不明』
その烙印を押された父。
私達家族は大きなものをなくしてしまった喪失を得た。
でも私には実感がなかった。
父がいなくなってからいろんなものが過ぎ去ったのに。
子どもの私は分からなかったけれど、行方不明のもろもろの手続きは母がしていた。それ以外の父のいなくなった全ての痕跡を母は私達姉妹に悟らせまいとしていた。それは母が私達の中の父という希望を消させないためか、それとも死の痛みを感じさせないためかは分からない。
そうして、再び私達家族は歩みだしたのだ。
父がいなくなる前の朝は父が出勤してずぼらな母は寝ていたのにも関わらず、父がいなくなってから母はパートを始めることになって、朝早く起きるようになった。そして朝ご飯を終えたらお皿はつけといて、だとか、苦手なものを残さないと指摘するようになり、朝が騒がしくなった。
父がいたならば、こんなに騒がしくはならないはずだった。
私達の世話を億劫にしていた父はいち早く起きて、その役割から逃げていたのを思い出す。朝はもっぱら私達と二言三言話して頭をなで、またあの背中を丸めた姿で玄関に座り、身なりを整えていた。
あの丸まった背中はもう何年も見ていたものだ。それが見れなくなってから、最初は違和感があったが次第に慣れた。
私達は何事もなかったように父がいた時と変わらず学校に行くようになった。
それは小学校の頃でもう何年も前の話だ。
あれからは本当に何にもなかった。母はよく父を思い出し、パート終わりにお酒を呑むようになったこと以外は、日常に何の変化をもたらさなかった。
妹も平常通り学校へ行き、よく母に減らず口をたたいていた。
そこにほんの少し変化をもたらしたのは妹が中学生になった時だった。
その頃、私と妹は馬が合わないことが多くなっていた。顔を合わせれば、嫌な雰囲気を互いに漂わせたし、会話も少なくなっていた。
中学二年の秋のことだ。
大きな転機だった。
「明日、台風やって」
妹が唇を突き出して残念そうにしていたのを覚えている。
その光景は妹が体育会系の部活に入ってからというもの何度も見ていた。
私は文系の部活だったから、そこまで上下関係も厳しくなく、ほどほどの付き合いしかしていなかったけれど、その頃の妹にとっては部活は天よりも大事なものだったらしく、台風が来ると言うことでなくなることに悔しそうにしていた。
こうして台風というだけで父を思い出さず物事を軽く受け止められるのは、私達が死に直面したことがないからかもしれない。私なんて未だに父の死が大きいのか小さいのか分からない。
曖昧な心のまま多分どこかしらで生きてるんだって私達は思ってた。だからこそ台風で自分が亡くなることよりも、その頃の妹は部活の方が大事だったんだろう。
その日の台風は少し特殊だった。
夜の連絡網で「明日は台風だけど、ミーティングするってさ」と回ってきたのだ。
妹は心臓が飛び出るんじゃないかってほどに喜び、はしゃいでいた。
「台風がくるんが午後やろ。午後の練習は無理やけど、午前は普通にいけるし、ほんまラッキー」
「でもさ、来るって言ったって、来る前も暴風あるし危ないんちゃう?」
「大丈夫やって」
楽しそうな妹にそれ以上言うのはやめといた。母にそんなこと言ったら、全力で止められるし、妹は秘密裏に学校へ行くことを模索した。
その時、私の心の中では「明日は土曜やし、学校はなくならへんから、アンラッキーや。どうせなら月曜にきてほしかったな」なんて命知らずにも思っていたものだ。
そして当日、母が嫌々ながら台風の中パートに出かけた後、妹はこっそりと部活の荷物を持って暴風注意報が勧告される中外へ出ていった。
だが、その数分後、なぜか妹から携帯電話がかかってきた。
「お姉ちゃん、動けへん」
妹の声が震えていた。ちらりと窓から外を見てみると、雨がぽつぽつと針のように鋭くなってきているところだった。風が家の中にいる私にも聞こえるぐらいびゅうびゅうと強まってきているのは分かった。だがまだまだ窓にうちつけるほどには雨は強くはない。
「どーしたん? 忘れ物?」と耳に携帯電話を当てながら言うと、妹は嗚咽した。
「動けへんねん。あのっ、川の、とこ……なんでか分からへんけど、一気にお父さんのこと思い出して」
「動けへんってどういうこと? 傘さしてる? ちゃんと持ってった?」
「……ちゃうねん」
私は携帯電話を耳にあてながら、鍵を持って、大きくて透明なビニール傘を二本抱えて家を飛び出した。電話から漏れてくる妹の声は細々とだけど、あの日のことを言っていた。
もう忘れて、薄れていっているはずなのに、妹の声は私に突きつけてきた。母が悟らせないようにさせている真実を突然はっきりと妹は述べる。
「お姉ちゃんはお父さんが生きてると思うん?」
家から五分くらい歩いて着く川の前で妹はうずくまっていた。傘もささず、目の前にある汚濁した川を見つめて、携帯を握りしめている。
雨足は強まってきていた。妹の体に突き刺す冷たい雨。目の前にある水位が上がった川。黄土色に汚濁した化け物さながらの姿に私は飲み込まれるような、そんな気がした。父の背中がうずくまっている妹の背中と重なる。輪郭があやふやで、存在が希薄だった。
それが怖かった。
「わからへん」
私は恐々とそう言った。
妹に傘をさしかける。そうしてしばらくぼんやりと二人で川を見ていた。でも、水位は上がっているのか上がっていないのかも分からない。強まる雨の音と、妹の頬に滴る雨と、どっちがどっちなのか分からなくなるぐらい混ざり合っていた。
「私さ、お父さんがいなくなったあの日、よく覚えてんねん。電気つけてへんのに家の中はよく見えてて、テレビ見て、やったーって、お姉ちゃんと喜んでた。
お姉ちゃんよりも早く二度寝しちゃって、結局お父さんが、何しに行ったとか、知らんねんな。最近台風とか、強い風とか、感じると、よく思い出してさ、辛くなんねん」
妹がくるっと私に振り返る。その視線が中学生の私には恥ずかしかった。最近はめっきり視線もお喋りもしなくなったことを思い出して、傘は差しかけたまま私は視線と態勢を妹から逸らしてしまった。
「なんで教えてくれんかったん? なんであの時、お姉ちゃんは、お父さんが玄関にいたこと、教えてくれんかったん? そしたらさ、私」
「先に寝てたやん」私はそっぽを向く。
「私、お父さんにいったのに。『行かんといて』って」
「そんなん知らんわ。
だって、台風がこんなに怖いもんやと知らんかってん」
傘が飛ぶかと思うぐらい風が襲ってきて妹は私に歯を剥いて怒って。
でも私は何にもしてあげられなかった。怒りをぶつけられても、あの頃の私はとっても妹が嫌いだったから、ぶっきらぼうにしか妹に接してあげられなかった。
どうすることもできなかった。
怒られて、こっちも怒り返して、私は妹に傘を投げつけて帰ってしまった。動けない妹は泣きながら私の背中に「あほぉ」と「死んじゃえ」と投げつけてきた。
私はなぜか父がいない悲しみにそれでも自覚できなかった。まだそこに父がいて、玄関のドアを開けて「すごい雨や。これはあかん。はよ避難しよ」と言ってくれるって、どこかで期待していたのかもしれない。
あれ以来、妹は部活であっても何であっても台風が近づくと外に出られなくなった。
今、私はそんな台風の中にいる。
傘が折れて、それでも突き進む。電車は運休しているし、川の増水は見ればわかった。水位も高くなり、濁流と化し、竜がうねうねとうねっているかのようだった。私はとにかく時間通りに急ぐだけ。
雨の針はあの日よりも太くなる。年々ひどくなる台風。
それでも行かねばならない。私は私の仕事をこなさなければならない。
大学生になった私はバイトでお金をもらいなんとか生活している身なので、責任があった。
たどりついたバイト先のビデオ屋さんはかなりこんでいた。いろんな人がケースからビデオを抜き出して、これにしようかあれにしようかと悩んでいる。
この台風の中お気楽にも家で暇をつぶせるものを探しているらしい。外は大荒れだが、店内は穏やかで台風を物ともしていない。彼らにとっては台風なんて、暇を連れてくる恩恵なんだろう。
いそいそとカウンターに行く。カウンターにいるのは私だけじゃない。私がバイトを始めたころからいた、バイトリーダーがカウンターに立っていた。女性なのに大きな体躯をしていて台風なんかに吹き飛ばされそうにない人だった。
「外、大変やったやろ?」と小声で話しかけてくれた。「私もやばかったわぁ。吹き飛ばされるかと思った」
「私は傘が折れちゃいましたよ」
と、冗談交じりに返すと彼女は笑ってくれたが、私は台風を笑い飛ばす自身にちくりと心が痛んだ。
「どうして台風なのに営業してるんでしょうね」
ぽつり、と私は嫌味交じりに言うと、バイトリーダーは口を曲げて「ほんまにな」と同意してくれた。
「ま、お客さんが来るからやねんけど」
「でも、お客さんも危ないのに」
「こういう日に限ってめっちゃ来るからな。お店側も利益になるし」
「台風なのに」
「台風だから。まぁ、大丈夫やって。地震じゃないねんし」
そうですよねと愛想笑いをかまし、私は受け流した。
「でも、台風で亡くなってる人、毎年いるんですよ」と、私は心の中でつぶやいた。
私は営業スマイルを保ち続けた。維持しつづけて頬が痛くなって、私の瞳はからからに干上がっていた。
そういえば、あの頃から私は一度も父のことで泣いたことがなかった。期待や忘却で気持ちは浮き沈みするのに、ずっと私の日常は淡々としていた。そこに一筋のひびも入らなかった。
バイトが終わり携帯を開けると母からの着信が入っていた。
留守番電話を再生してみた。
「大丈夫?」
「バイトは休みなさい」
「暴風警報でたって」
「川は危ないから近づいたらあかんよ」
それが延々と続いていた。正直鬱陶しかった。どれだけ母がパートに行っているか、その姿を見ていた。台風の日も、嫌々と言いながら行っている母。
それはひとえに私達の学費の関係もある。お父さんが積み立てていたお金だけじゃやっていけない。そんなのは分かっていた。
でも、それなら私もそうだ。
だから私は母に言い分を聞いてもらおうと、急いで帰った。
家に帰って一番に目に入ったのは母が玄関で佇んでいる姿だった。
「なんで行ったん?」母の恐ろしく低い声が地鳴りのごとく響いた。
「あかんやろ。死ぬかもしれんねんで」
「それはお母さんも一緒」
「あんたと私はちゃうやろ。あんたはバイト」
「私だって、学費稼ぎたいねんって」
「それとこれとはちゃうやろ」
私の主張を受け入れてくれない母にだんまりを決め込むことにした。
聞いていると、ちらりと妹が影から眺めているのが見えた。その視線はあの日のままでまだ針のような痛々しい言葉を投げているかのようだった。
『なんで教えてくれんかったん?』
なんであの時私は玄関で待っていたのだろうか。
なんで父は私や家族を残し一人、川を見に行ってしまったのだろうか。
返ってくるのは父の長靴でもいい。父の雨合羽の一部だっていい。毛髪でも、手でも、それなのに、この玄関からいっこうに父の姿は現れない。玄関で寝ている私に青空の光が差しても、父は帰ってこない。
どうしていなくなってしまったのだろうか。
「私はあんたらのために、働くんや」
母が大声で私に言葉を刺す。大きなナイフが腹を刺すような、重い一撃。私の中の何かが呻き、ごろりと音を立てて崩れていく。
「あんたらが大切で、仕方ないねん。だから、あんたらは、絶対にあかん。お父さんみたくなってほしくないねん。絶対に」
その時、私は気づいた。
一気に噴き出す。台風が一瞬で奪ったあの日が。父のあの言葉が。
私は動けない。
母はいつの間にか区切りをつけて、妹も分かって。私はぜんぜんだった。
返してほしかった。父の一部をなぜか返してくれるって、そう思い込んでしまっていた。
台風は何も返してくれない。
それに、気づいてなかった。
「一緒」と私は同じ言葉を繰り返す。
どぼどぼと涙が落ちていく。瞼を閉じていないのに、次から次から落ちてしまう。いつもならこんなことで干上がった瞳に潤まないのに。台風がくるたびにしている会話が痛いぐらいに突きつける。
ずっと、父は帰ってこないと分かっていた。知っていたのに心に来なかった。
それがようやく染み渡る。冷たくも温もりを感じる。
「多分一緒やねん。お父さんも私らのために行ってん」
頬を濡らす涙をそのままに告げた。
「あの日、言ってん。お父さん、言ってん。あの川が危ないからって。危ないことを知らせようと思って、それで行ったんや。だから、帰ってこーへんねん。私らのために行ったのに。なのに、私は、なんにも……」
私のバイトはお母さんのため。
お母さんは私達のため。
お父さんは家族のため。
そこに何の違いがあるんだろうか。
そこに、どうして、台風は襲ってきたんだろう。全部奪って何にも返してくれなくって。どうして、気づいたんだろう。どうして気づかせてくれなかったんだろう。
こんなことなら気づかない方がよかった。
もうぴくりとも動かなかった。動けなかった。
私はどこに捨ててしまったんだろうか。父にかける言葉をどうしたらその時気づけたんだろう。私達のことを想うなら、「行かないで」と。どうして、こんなことになったのだろうか。どうして、どうして、私はここにいるんだろうか。
「それなのに、私は、なんにも、言えへんかった」
喉元に熱を感じる。熱過ぎて痛い。靴は水を吸って冷たいのに、唯一首だけは熱を感じる。このままのどを焼き切って、私の声を殺してほしい。あの時気づかなくて言えなかった言葉を焼き切ってほしい。
「お姉ちゃん」
妹がこそっと出てきて、玄関に立ちすくむ私の頭を撫でた。
大きな手で父はこうしていつも頭をなでて出ていった。
その手さえもそこにはない。
「みんな無理やで、そんなの誰も言えへん」
妹が力強く頭を振る。
「私が悪かったし、だから自分を責めんといて」
私はうつむき、妹が撫でて、その後、母がふたり一緒に抱きしめた。パート先のお店の匂いがほんのり香る。私のビデオ店の匂いと、妹の家の匂い。そこに青い空の光。全部この家を形作る匂いだ。
でもそこにはもう父の匂いはしない。
雨が窓を打ち付ける音で飛び起きてしまった。
私は台風の情報を見ようと一階に降りる。テレビの音声から暴風警報が勧告されているのが聞こえてくる。ニュースキャスターの平たんな声色は騒がしい台風の音に比べて落ち着いている。それを聞いて今回も大丈夫だろうって、平然と思いこんでしまう。
テレビを見る気にもなれず、布団を引きずり玄関にやってくる。電気をつけていないはずなのに、なぜか明るい。そこに居座り布団をかぶる。
台風の中、外に出ようとしているあの日の父の姿が見えた。まるまるっとした背中。長靴を手に持っている。足にすっぽりとはめて、雨合羽を着こむ。私に気づいて、背筋を伸ばす。それから立ち上がると、こっちに振り返った。
「どこ行くん?」
私はいもしないお父さんに投げかける。
「台風は危ないんやで」とかそんな気はさらさらなかった。そんな気をどこかに捨てていた。
そう、
「行かないで」
この言葉と共に。
あの日、この言葉を捨てた。台風がくる気持ちの高揚からか、父の頼もしさからか。
嵐の中では私達はとんでもなく無力なのに、いつしか捨ててしまっている。
私はあの日、捨ててしまったこの言葉を一生怨むだろう。
父の影は私の傍によって、頭を撫でた。大きな手で。温かくって。私は父に微笑む。
すると父はまっすぐ前を向いて玄関の扉を開いた。豪雨が父を襲う。しかしそのまま突き進んでいく。扉はゆっくりと閉まっていった。