復讐に燃える 〜じっくり、こんがり、中はジューシー〜
薄暗い通路を静かに歩く。
何度目かの角を曲がったその先に、微かに光る扉が見えた。
やっと、このくそったれな所から出られる。
俺一人では何度も失敗したけど、前を歩く案内人のおかげだな。
こんな所にさえ来なければ、こんな苦労もする事無かったのに。
何度もそう思ったけれど、どうしようもなかったんだ。
気がついたら、ここに閉じ込められていたんだから。
・ ・ ・
仕事帰りだったか、仕事に行く前だったか。はっきりとは覚えていない。
背後から急に殴られて、意識を失って、ここへ攫われてきた。
そして、身体の隅々まで改造された。
もちろん、ただ黙って見ていた訳じゃない。色々と抵抗しようとしたんだ。
でも、見た目はただの医者なのに、人とは思えない力で押さえて付けてくるし。
見た事がない道具で切り刻まれたり、やたらと注射されたりするし。
もう、俺本来の身体と言えるモノは、頭だけしか残ってないと思う。
こんな訳の分からないところに、いつまでもいられない。
攫われた時からそう思って、脱走しようとした。でも、そのたびに捕まり、教育としてボコボコにされる。
何度同じ事をしたか忘れたけど、途中から改造されたおかげなのか、ほとんど痛くはなかった。
そして、今日も脱走に失敗した。
いいところまで行っているとは思うけれど、最後には囲まれて捕まってしまう。
あとは、いつものように実験室に連れて行かれてボコボコにされると思っていたのに、何故か独房に戻された。
俺を捕まえた連中をよく見ていると、どうも様子がおかしい。
特に、檻の向こうから俺を見てるヤツ。
ニヤニヤとむかつく顔で、正直気に入らない。
「何がおかしい」
思わず俺は声を掛けた。
するとそいつは耐えきれなくなったのか、笑いながら言ってきた。
「ひっ、ひひっ! もう、お前を捕まえなくてすむようになると思ったら……ひひひっ!」
「おい、それはどういうことだ!!」
俺の質問には応えないまま、独房から出て行ってしまった。
あのふざけた笑い方だけが、妙に頭に残っている。
もしかすると、ついに頭まで改造されるのか。
という事は、最後の脱走の機会を逃してしまったんじゃないか。
などなど、色々と考えていると腹が立ってきた。
ずっと閉じ込められているし、改造されるし、本当に気に入らない。
ストレス発散と抗議の意味を込めて、壁を思いっきり殴る。
すさまじい音と共に壁を凹ませる事は出来たが、俺の為に作られたという特別室に穴はあかない。
本当に、気に入らない。
気持ちを切り替えて、どうにかする事は出来ないだろうか。と考えてみるけれど、何も思いつかない。
何か、何か方法はないだろうか。と、普段は使わない頭を必死に働かせる。
しかし、さっぱり思いつかない。
そうこうしているうちに、気がついたら寝てしまっていた。
我ながら間抜けすぎる。
もうどうする事もできないのか。諦めるしかないのか。と思っていたその時。
誰かが、独房へとやってきた。
コツコツと歩く音が聞こえる。ついに、俺を改造しようと連れて行くのか。
「……ウラキ タツヤ君、だね」
「そうだ。俺を改造しに来たのか」
「ちがう。君を逃がす為に、ここへ来た」
ぱっと見ると、これまで俺を改造してきた奴らと同じように見える。
でも、目が違う。
これまで見てきたやつらとは、何かが違うと思った。
「……ウラキ君。逃げたくないのかい?」
「当然、逃げたいに決まってる」
「……鍵を開ける。私についてきてくれ」
だから、この人について行く事にした。
・ ・ ・
そして、今。
ついに扉の前にたどり着いた。
ここに来る前に聞きたい事は色々あったけれど、黙ってついてきたから、結局何者なのか分からないままだ。
「……ここが、出口だ」
何かの操作をした後に、案内人は扉を開けた。
あたりは暗かったが、これまでの人工物だらけの景色と違って、自然の木や土が見える。
間違いなく、俺が帰りたいと願っていた外の世界だった。
「待ってくれ。……頼みがある」
「なんだ」
「この娘を、守ってくれないだろうか」
とりあえず走って逃げようとした瞬間、呼び止められてしまう。
案内人が、胸ポケットから一枚の写真を取り出して渡してくる。
黒髪ロングの可愛い感じの女の子が写っていて、裏にシルベ アカリという名前と、どこかの住所が書いてあった。
「あんたも、来るんだろ」
すぐ逃げるつもりだったのに、つい聞いてしまった。
でも、一緒にここまで来たからには、何らかの事情があるんじゃないか。
俺と同じで、逃げようと思っていたとか。そんな事を歩いている間に考えていた。
「……私は、ダメなんだ」
「どうして。あんたも逃げたいんじゃないのか」
言いたいけれど、言い出せない。案内人からはそんな空気を感じる。
だから、さっきまで考えていた事をつい聞いてしまった。
「……身体に、発信器が埋め込まれている。だから、逃げられない」
そういって、彼は首の後の方を触る。
なら、どうして俺をここまで連れてきてくれたんだろう。
「……不思議そうな顔をしているね」
「あぁ……どうして、あんたは……」
俺が理由を聞こうとした瞬間。
突然、呻き声をあげながら案内人は倒れた。
背後には、包丁よりも大きい刃物を持った誰かがいる。
「いやー……たまには警備員の真似事をしてみるもんだなぁ。シルベ博士」
「そ、んな……スパイダー、どうして……!」
「決まってるじゃないか。誰かが、そこの実験体を逃がさないか……見ておくため、さ。くひっ」
案内人。いや、シルベ博士は背後から現れた男に背中を切られたようで、白衣が赤く染まっているのが暗闇の中でも見える。
スパイダーと呼ばれていた男。あいつは、俺の事を独房で笑っていたヤツだ。
今も、あの時のように笑っている。
「ひ、ひひっ。さぁて、裏切り者には制裁を。しねぇぇえええ!!」
スパイダーが刃物を振り下ろす。狙いはシルベ博士の首か。
そんなことはさせない。させてたまるか。
俺は叫び声を上げながら、ヤツにつかみかかろうとする。
だが、そう来る事を分かっていたようで、スパイダーに蹴り飛ばされてしまう。
「バカがっ! テメェを煽るためにコイツを痛めつけたんだ。ほら、さっさと立てよ!」
ヤツは、こちらを見ながらヘラヘラと笑っている。
スパイダーのあの顔がむかついてしょうがない。絶対殴ってやる。
だが、痛みこそ無かったけれど、何故か上手く立てない。
「あぁ? なんだぁ……? ちゃんと立てないのかっ! それなら、こっちから行ってやるよぉ」
シルベ博士を踏み越えて、俺に近づいてくる。
そして目の前で止まり、ニヤニヤと笑う。
この距離なら、殴れる。
気合いで立ち上がり、安定しない身体を無理に動かして、右腕で大振り気味に殴りかかる。
俺の拳は、見事にスパイダーの顔面に直撃した。
「ざまぁみろ……!?」
「ひ、ひひ、ひひひひひひっっ!! 俺を、殴ったなぁ?」
先ほどまでより、さらに気持ち悪い顔で笑うスパイダー。
まだバランスがとれない俺は、ヤツの豹変に驚いて尻餅をついてしまう。
一体、なんだっていうんだ。
「おれのぉ……真の姿をぉぉ……見せて、やるよおおおおおおお!!」
スパイダーが叫んでいる。いや、咆哮と言った方がいいかもしれない。
身体がビリビリするような何かを感じる。
その何かに反応するように、ヤツの周りを風が吹き始めた。
風はどんどん強くなっていく。まるでスパイダー自身が台風になったみたいだ。
目の前にいたのに、ヤツの姿を見る事が出来ない。
「いくぞぉおおおおおおおお! 変!! 身!!!」
台風が、爆発した。
すさまじい風が俺に襲いかかってくる。あまりの勢いに吹き飛ばされてしまった。
変身、とか言っていたけど、スパイダーは一体何をしたのか。
こんな風を受けて、シルベ博士は大丈夫だろうか。
「……ひ、ひひっ……やっぱり、この姿は最高だぁ……!」
「だれだ……おまえは……」
思わず声が出てしまった。
ヤツがいたはずの場所に、変な格好の人がいる。
やたらと身体の線が出ている服に、頭には蜘蛛をモデルにしたような仮面。
変身という言葉の通りなら、あれがスパイダーなのか。
「脱走しようとした上にぃ、この姿を見られてしまったぁ。これは、もう……殺すしかないなぁぁ」
「勝手にやっておいて、ケチつけるんじゃねぇよ!」
声から察するに、スパイダーで間違いないようだ。
しかし、言っている事があまりにもひどい。
最近のドラマの悪役とかだって、もっとマシな台詞を言うと思う。
「うるせぇなぁ。俺はぁ、てめぇがぁ、気にいらねぇんだよぉぉ!」
変身したヤツは、一瞬で俺との距離を詰めてきた。
早すぎて、全く反応が出来ない。
動けない俺の首を片手でつかみ、持ち上げられる。
同じくらいの体格なのに、なんて力だ。
てか、いきが、くるしい。
「ひひっ! くひひひひひひひっっ! あっけないなぁ、さっさと死んでしまえっ!」
すぱいだーが、さらに、くびをしめる。
もう、いしきが、とんでしまう。
その時、銃声のような音がした。
締め付けられていた首が解放されて、地面に叩きつけられる。
誰かが、助けてくれたのか。
「せっかく、いいところだったのに……水をささないでくれよぉ。シルベ博士よぉ」
荒い息のまま、なんとか視線をあげる。
スパイダーの視線の先に、寝そべったまま拳銃を構えたシルベ博士がいた。
背中の傷で、まともに身体を動かせないだろうに。
「てめぇは、あとでじっっくりいたぶってやる……。だからぁ、邪魔者には、消えてもらわないとなぁ」
ヤツは、俺に一瞬で迫ってきたように高速で移動して、倒れている博士の元へいってしまう。
今度こそ殺すつもりなんだ。
そう考えると、まだ息苦しさを感じる身体の奥から怒りが沸き上がってくる。
俺の目の前で、そんな事絶対にさせてやるもんか。
次第に呼吸も落ち着いて出来るようになってきた。
何故か分からないけど、肌がピリピリする。
怒りで身体が熱くなってきたからだろうか。
でも、頭はスッキリしている。
どうやってスパイダーを殴り飛ばしてやるか。それだけを考える。
ふと、自分に集中しすぎて、ヤツを見てなかった事を思い出す。
スパイダーは、シルベ博士の目の前で変なポーズをとりながら止まっていた。
なんだか慌てているような、怯えているような。そんな感じで俺を見ている。
とりあえず、今からぶっ飛ばしてやる。と気合いを入れた所で、シルベ博士が何か言おうとしている事に気がついた。
・ ・ ・
後から考えると。
その時の俺とシルベ博士の間は、結構な距離があった。
だから、声なんて聞こえるはずがない。でも、彼の言葉が、間違いなく聞こえたんだ。
「へんしん、するんだ」
・ ・ ・
「変身」
自分でもびっくりするくらい静かな声だった。
言葉を発した瞬間、身体の中の熱が一気に外に出て、スッキリする。
今なら何でも出来る。そんな気がしてきた。
これが、変身。
「なるほど。これは最高だな、スパイダー」
「ひっ、ひひっ。そ、そうだろぉ?」
「あぁ。お前をぶっ飛ばすには十分すぎるくらいだ」
「……ふ、ふざけてじゃねぇぞぉぉぉぉおおおおお?!?!」
思った事をそのまま言ったら、スパイダーがキレた。
でも、さっきまでとは違って、ヤツの動きがよく見える。
というか。見えすぎて、遅く感じる。
たぶん走ってきているんだろうけど、待っているとあくびが出そうだ。
仕方ないから、こちらから攻める。
とりあえず、目の前まで歩いて近づく。
スパイダーは、さっきまでの俺のようにこちらの動きが見えてないみたいだ。
おかげで、どこもかしこもノーガード。殴って下さいと言わんばかり。
ならば、ぶん殴ってあげるしかない。
まずは、右頬に一発。
ギュッと握った拳を、グッと引いて、ブンッと殴る。
ヤツの首が、いい感じに曲がる。
次には、腹に一発。
ガラ空きボディに、アッパーをお見舞いしておく。
身体が少し浮いたような気がする。
さて、次はどうしようか。
と考えると、スパイダーの身体が吹っ飛んでいった。
まるで、マンガやゲームのように転がりながら、林の中へと消えていった。
「うらき、くん」
突然の出来事に唖然としていると、シルベ博士の俺を呼ぶ声が聞こえた。
倒れている彼の元へ急いで向かう。
「おい! 大丈夫か。えーっと、シルベ博士?」
「……私の事はいい。それよりも、君と彼女の事だ」
一人で動いたのだろうか。シルベ博士は、壁によりかかるように座っていた。
暗いのでぼんやりとしか見えないが、顔色はあまりよくないように見える。
「これから君は、やつらに狙われる。そして私の娘も。だから、守ってくれないか」
逃げ出したら、追われるよな。という当たり前の感想と。
先ほど渡された写真の女の子は、やっぱり娘さんだったのか。という驚き。
二つの事で頭がいっぱいになる。
でも、ふと気がつく。
俺が追われるのは仕方ないけど、どうしてシルベ博士の娘まで。
「私は、もうだめだ」
そう言った瞬間、血を吐きながら咳き込むシルベ博士。
背中の傷は、それほどまでにひどいのか。
「そんなこと言うなよ! 娘なんだろ! あんたが守ってやらないでどうするんだ!」
「これまで、君、の事を見て、きたから、分かる。君になら、まかせ、られる。だから……」
「……おい……おい!!」
呼びかけるけれど、返事はない。
死んでしまったのか。
確認しようとした瞬間、背後から爆発音が聞こえた。
「クソ野郎おおおおおおおおおおお!!」
林の中に消えたはずのスパイダーが、凄まじい勢いでこちらに近づいてくる。
「てめぇを! 殺して!! 俺が!!! 一番に、なるんだあああああああ!!!」
「訳の分からねぇ事を言ってんじゃ、ねええええええ!!!」
シルベ博士が死んだんじゃないかとか、娘の事はどうするんだとか。
色んな事で頭がパンクした。
もう、この、クソ野郎をぶっ飛ばすしかない。
目の前に現れたスパイダーの拳を紙一重で躱す。
さっきみたいにヤツの動きがよく見える。
だから、こちらの攻撃も、さっきと同じ。
体中の力を、右の拳に集中させる。
限界を超えて、右腕を引いて。
力を爆発させるように、振り抜く。
憎たらしいスパイダーの顔面に、必殺の一撃を!
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
一瞬、意識を失っていたみたいだ。
気がついたら、目の前からスパイダーは消えていた。
ただ、俺の前。
ヤツがいたあたりから林の方まで、地面がえぐれたようになっているから。
きっと、倒したんだろう。
スパイダーを。
そう思ったら、身体の力が一気に抜けた。
正直立っている事すらつらい。
でも、あの人。シルベ博士は死んでしまったのか。
それを、確認しないと。
あの人のおかげで脱走できたんだ。
一緒に逃げた方が、きっといい。
なんとか身体を動かそうとした、その時。
「緊急連絡、緊急連絡。実験体が脱走した。警備隊は直ちに確保せよ。繰り返す……」
サイレンと共に、いつも俺が脱走した時に流れるアナウンスが聞こえてきた。
このままでは、すぐに捕まってしまう。
逃げないと。
でも、シルベ博士を置いていっていいのか。
どうする、俺。
ふと、ズボンのポケットの中に何かが入っている事に気付く。
自分で入れた事をすっかり忘れていた、娘さんの写真。
ここで自分が捕まってしまえば、彼女まで危ない。
逃げよう。
逃げて、娘さんを助けて、恩返しをするんだ。
身体はまだ怠いけど、なんとか走れる。
生きて、生き抜いて、こんな訳の分からない連中をぶっ飛ばしてやるんだ。
・ ・ ・
暗闇の中、俺はやつらへの復讐を誓いながら、林の中を駆け抜けた。
だから、気付かなかった。
スパイダーとの戦いで疲れていたし。
普段だとアナウンスの後はすぐに捕まっていたから、何が何でも逃げようと必死だったのもある。
ちょっとでも後ろを見れば、これまでの事が茶番だった事が分かるはずだったのに。
結局気付けないまま、俺は林を抜けてシルベ博士の娘の所へ走っていった。
だから、これから起きる事は、俺の中ではヤツらへの復讐劇なんだけど。
実は、花婿修行だったんだ。
それに気付いたのは、全部終わった後なんだけど。
・ ・ ・
「博士、ご無事ですか」
「あぁ、問題ない。彼は行ったか」
「はい。計画通りに彼女の元へ向かっていると思われます」
「そうか……」
「どうか、されましたか?」
「いや、娘と思って接してきた彼女に、彼氏ができると思うと……」
「……なんだか、歯がゆい。とか?」
「うむ……。そういうことなんだろうか。妙に落ち着かないな」
「まだ、そうなると決まったわけではありませんから。じっくりと試験を重ねていきましょう」
「そうだな。うん、うまくいかない場合もあるしな」
「そうなることを楽しみにしているように聞こえますね」
「そういうわけではないんだがなぁ……」
呼んで頂きありがとうございます。
仕事が落ち着いてきたので、また頑張って作品を作っていきたいと思います。




