日本が最弱の国になるシナリオ
「オーケー。確かに君の言う通りだとは思う。核爆弾には凄まじい破壊力を持っているからこその戦争を抑止する効果があるね。
でも、果たしてそれはいつまでも続くのだろうか?」
そう吉田誠一が言ったのは、核抑止力による戦争減少の効果を熱心に信じている奴と軽い議論になっている最中のことで、僕はそれを聞きながら“面倒臭そうだから、あまり本気にならないでくれ”なんて思っていた。
吉田という男はかなりのマイペースで、相手が誰だろうが物怖じせずに諭そうとする。そして“だからこそ厄介”と言うべきだと思うのだけど、こいつは変な知識が豊富だったり、小理屈を捏ねるのが妙に得意だったりで、大体の相手を論破してしまうのだ(少なくとも僕は吉田が論戦で負けているのを見た事がない)。
ただそれは、時と場合と相手を選んでやるべきだと僕は思う。
「どういう事だよ?」
と、吉田の言葉を聞いて相手の男は言った。
何故なら、その時の相手は“よく言えば信念が強い。悪く言えば思い込みが激しい”タイプで、ま、簡単に言えば論破されそうになったら怒り出しかねないように思えたからだ。
もっとも、だからと言って僕には何か口を挟むつもりは毛頭なかった。僕が言ったって吉田は態度を変えるような奴じゃないし、巻き込まれるのはご免だし。
「条件が変わればどんな方略が優れているのかは変わって来る。これは当然分かるよね?
では、もし仮に核武装する事が、それほど重要じゃない状況下が訪れたとしたらどうなるだろう?」
その吉田の説明に相手の男は首を傾げた。
「そんな状況がある訳ないだろうが!」
と、それからそう言う。声を少し荒げていたけど、吉田はその程度で気圧されるような奴じゃない。淡々と語り始める。
「ムーアの法則っていうのを知っているかい? 半導体の性能は指数関数的に成長するという経験則の事だ。
これは常識的な技術発達では凡そ考えられないほどの急成長で、だからこそ、数年前のスーパーコンピューターと同等の処理能力を手の平サイズのスマートフォンが備えているなんて異常な現象も起こっている。そして近年の人工知能の著しい発達に、それはもちろん大きく影響を与えている」
一見は突拍子もなく説明を始めたように思えるかもしれない。だけど、吉田はいつもこんな感じで話して確りと元の話に繋げて来るんだ。「それがどうした……」と言いかける男の言葉を遮って吉田はこう言った。
「人工知能は、もちろん、軍事兵器への応用も可能だ」
それで男は黙った。
「コンピューター性能の向上が、いくら常軌を逸していたとしても、それが単純な計算能力にしか結びつかないというのなら、それほど脅威ではないかもしれない。だけど、近年に入り、著しく発達し得るある特性をコンピュータは身に付けたんだ」
そこで吉田は言葉を切る。そして、「“カンブリア爆発”って知っているかい?」と、再び突拍子もない発言をした。今度は男は何も言わない。
「カンブリア紀に起こった生物の急速な進化をこう言うのだけど、この原因の説の一つに“生物が光を感じる能力を手にした”というものがあるんだ。目の獲得により“脳”が急速に発達したというのだね。
実は人工知能についても、これと同様の事が起こる可能性が示唆されている。カメラと人間以上の高度な画像解析能力を手にした人工知能は急速に発達するかもしれないんだ」
その説明を聞き終えると男は数度頷いてこう言った。
「話は分かったが、それがどう核抑止力と結びつくんだよ? 核兵器が脅威って点は変わらないだろう?」
吉田は即答する。
「分からない? 今のミサイル迎撃能力の性能はそれほど高くはない。だけど、今後、このまま人工知能が進化していけば、もしかしたらほぼ100%迎撃できるレベルに達する可能性だってあるんだ。
そうなったら、いくら核兵器を持っていても無駄だよね。全て撃墜されてしまうのだから。
もちろん、こういうのはいたちごっこになるのが普通だ。けど、それでも随分と核兵器の重要性は低くなるはずだよ」
それを聞いて男は黙った。吉田はそこに向けて更に続けた。
「この話にはこんな不安を喚起するような話がある。
人工知能の成長は、学習させる為のデータをどれだけ多く提供できるかにかかっていると言われている。法律に縛られている日本はこの点で随分不利らしいのだけど、専制国家でかつ膨大な人口を抱える中国は非常に有利らしいんだ。
しかも、ここ最近、中国は人工知能を用いた監視カメラを異常な程に設置している。これは国民を監視する為だと言われているけど、或いは“急速に人工知能を進化させる為”という目的もあるのかもしれない。
近い将来、中国は人工知能を用いた高精度の迎撃システムを完成させるかもね」
吉田が説明を終えると、男は神妙な表情を浮かべた。それは例え日本が核武装したとしても、中国から一方的に攻撃されかねない現実を意味しているからだ。そうなれば、日本の核兵器は全て迎撃されてしまうのだから。“防御は最大の攻撃”って訳だ。
「いや、もし仮にそうなったとしても、日本だって馬鹿じゃない。直ぐに追いついて、高精度の迎撃システムを完成させるさ」
男は俄かに覚えたのだろう危機感を払拭するかのようにそう言った。吉田はそれにも淡々と返す。
「だと良いね。でも、そうなったとしても日本はまだ全然安心できない」
不安そうな表情を浮かべ、「どうしてだよ?」と、それに男。
「日本は狭い地域に原子力発電所を造り過ぎているからだよ。しかも、通常のものよりも遥かに危険なプルサーマル方式の原発を含めた多くの原発を日本中で稼働させようとしてすらいる」
「それが何だって言うんだ?」
「日本のほぼ全土は、電磁パルス攻撃の範囲内に入ってしまうんだよ」
「電磁パルス攻撃?」
「上空で核爆発を起こし、電磁パルスを発生させ、それで電子機器の類を破壊するっていう攻撃方法さ。
都市機能が麻痺をするのはもちろんだけど、原子力発電所も制御不能に陥る可能性がかなり高いと予想できる。
日本全国で稼働している原発が全て制御不能に陥ったなら、それだけで日本は崩壊するかもしれないよね?
そして、上空に向けてミサイルが放たれるこの攻撃は、通常のミサイル攻撃などよりも遥かに迎撃がし難い。物理的なスピードの限界で間に合わないからだけど。だから、高精度の迎撃システムを完成させても無駄だ」
男はそれに対して「なら、日本だって電磁パルス攻撃をすれば……」と反論しかけて口を止めた。
多分、気付いたんだろう。
仮に中国が相手だとした場合、国土が広大すぎるからいくら広範囲の電磁パルス攻撃でもカバーし切れない。日本ほど、原発が密集している訳でもない。中国以外の国の場合、そもそも原発を建設していないか圧倒的に少ないなんて事もある。
吉田は駄目押しとばかりにまた口を開いた。
「つまり、高精度の迎撃システムが実現化すれば、核抑止力は随分と低下してしまうけど、電磁パルス攻撃ならば行うことができ、それに無防備な原発は、その状況下でも容易に爆破が可能なんだね。
これは他の国に防御不能の核兵器をプレゼントしてしいるみたいなもんだんよ。これがどれだけ防衛上問題か分かるよね?
そしてもちろん、実際に電磁パルス攻撃が行われなくても充分に脅威だ。それができるってだけで日本は外交上とても弱い立場なるんだから。
僕は日本のトップの方に人達が、ちゃんとこういう事を考えて原発推進をしようとしているのかはかなり怪しいと踏んでいる。
因みに核爆発以外でも電磁パルス攻撃は可能らしいよ。そもそも、それ以外でも原発は脆弱だけどね」




