苦悩する人の王1
ヒュームの国グランドル
愚王ダーストンが逝去し、新王デュルクとなったグランドル
彼は即位前様々な国と裏でパイプを築いていた
それが今実を結んでいる
貿易も、国交もスムーズに行っている
しかし、前王との禍根が大きい国も当然ある
獣人の国ガルードラもその一つだ
前王ダーストンはガルードラ領内の辺境地の村などを襲い、奴隷として多くの獣人を攫っていた
遠く離れた地であるにもかかわらず、獣人たちを奴隷にしていたのは単純にその体力だ
ダーストンの趣味は奴隷を拷問し、悲鳴をあげさせること
奴隷同士にそれを強要させ楽しんでいた
時には母娘、姉妹といった家族間でやらせることもあった
体力が多種族よりも高い獣人族はなかなか死なない
それゆえに長く苦しむ
前王最後の数日、ガルードラはすでに戦争の準備をしていた
デュルクの就任直後の最初の仕事は戦争の回避だった
すでに戦争を仕掛けるとの通達が来てはいたが、伝令を走らせた
誠意をもって話し合うことで回避するつもりだったからだ
ガルードラの王、ライオニル二世の怒りはすさまじいもので
交渉したいのならばまずヒュームの奴隷をよこせと騒ぎ立てた
奴隷制度を廃止したためそれはできないと断った
代わりに多額の賠償金を払うことで何とか落ち着いたと言ったところか
その賠償金は国の財力のおよそ4分の3にもおよぶもので、財政が一気に傾くこととなったが
魔王国からの支援もあり、持ちこたえることができた
デュルク王の心労は大きい、しかしここで投げ出すわけにはいかない
魔王国との連携を強め、他国との交易に励んだ
「私のやって来たことは間違いでないと思いたい」
「父がなぜあそこまで身勝手な王に変わったのかはわからんが...」
「裏で手をまわしておいて正解だったな」
ガルードラまで手が回らなかったのは単純にその距離の遠さにある
馬車で数ヵ月かかる距離
どうしても行き来には時間がかかる
魔王国と同盟を組んだことによってやっとスムーズな国交がなせたのだ
グランドルとガルードラにはいまだ確執はある
奴隷は解放されたが、中には帰ってこなかったものも当然いる
村だって滅ぼされていた
だが、魔王の計らいでようやく同盟を組めた
「魔王殿には感謝しなくてはな」
「理想はやや暴走気味だが、あそこまで民のことを考え、尽くす王こそ理想だ」
「見習うべき点は、多すぎるほどだな」
苦悩の王デュルクは小さなころの夢を思い出す
まだダーストンが愚王と呼ばれる前の夢
それは、魔王と同じ夢
世界中が、手を取り合う世界
「さて、次はセレニティア聖国聖女王との会合か」
「宗教色の強い排他的な国だが、果たて...」
セレニティア聖国
偉大なる聖王女サリアナ・クラム・セレニティアが治める国
光の女神ルナリアを崇めるルナリア教を信仰している
勇者の物語に書かれている女神シェイナとは別物で
シェイナが太陽なのに対し、ルナリアは月
二人は姉妹とされていた
そのセレニティア聖国は信仰系、クレリック、ドルイドなど治癒治療系の職を持つものが多いのも特徴だ
なぜかこの国ではそういった職適正の者が多く生まれる
まぁ、ルナリア教はルナリア神の思し召しと言っているが
「そろそろ時間か、私は会合へ向かう」
「闇の扉を用意してくれ」
臣下の一人がオーブを持ってくる
「護衛にはわたくしが」
そう言ったのは騎士長のカドラ
「あぁ、頼む」
「ハッ」
デュルクとカドラ、そして、カドラの部下二人の計四人は聖国への扉をくぐった
潜り抜けたその先には、すでに聖王女の御付と思われる女性たちが待ち構えていた
聖国に城はない
あるのは巨大な神殿
そこに聖王女が座している
その神殿は普段は男子禁制
すべての侍女から騎士に至るまで女性で構成されている
こういった会合でもない限り男を入れることは許されなかった
「「「すいません、ここからはデュルク陛下だけでお願いいたします」」」
と、身なりのきっちりした美しい女性が同時に言う
三人の女性がいるが、よく見ると、顔が全く同じだった
ナウラー三姉妹という三つ子で、聖王女の身の回りの世話のほか
司法、財務、騎士(軍備)を担っている
長女ティナ・ナウラーが司法
次女ターニャ・ナウラーが騎士
三女クレリア・ナウラーが財務だ
三姉妹に引き留められたカドラ騎士長は仕方なくそこで立ち止まった
「「「では、おつきの方々はこちらの部屋でお待ちください」」」
「「「デュルク陛下、聖王女様がお待ちです、こちらへどうぞ」」」
きっちりとそろった声は美しいハーモニーを奏でるかのようだ
案内されたのは大きな会議室
その奥に聖王女サリアナが座っている
「お初にお目にかかりますサリアナ聖王女陛下、グランドル国王デュルクです」
「今回はこのような席を設けていただきありがとうございます」
「あらあら、そうかしこまらないでくださいな」
「わたくしのことはどうか、サリアナとお呼びくださいな」
静々しい涼やかな声
年のころはデュルクと変わらないにもかかわらず、その落ち着いた雰囲気が
本来の年よりも上に見せていた
「では、サリアナ様と」
「申し訳ありません、それ以上の敬称の破棄は失礼ですので」
「まぁ、そうですか?わたくしは構いませんのに」
「いえ、そう言うわけには」
「それより、同盟の件なのですが」
「あなた方は魔王と同盟を組んでいるのですよね?」
急に雰囲気が変わった
「は、はい、魔王陛下には援助をしていただいております」
「では、同盟などできないことはお分かりでは?」
「たしかに、昔のような魔王が魔族を率いていたのならばそうでしょう」
「しかし、今魔王陛下は全てが違うのです」
「彼女は、この世界すべての種族が手を取り合うことを目標としております」
デュルクは少し熱くなった
「すべての種族が手を取り合う、ですか...」
「本当にそのようなことが可能だと思いますか?」
「たしかに、難しいとは思います」
「しかし、彼女ならやってくれると信じております」
「彼女はすでに勇者と守護者からの信頼も得ています」
「まぁ、守護者様の?」
「確かにそれなら信頼に値するかもしれません」
守護者の名は有効だった
この国で守護者は女神ルナリアの使いとされているからだ
「しかし、グランドル自体に信頼に値すると思える要素はおありですか?」
「以前のような国ではないと言い切れますか?」
「そこは、私の首をかけて誓います」
「値しないとあればこの首を差し上げます」
デュルクは言い切った
まさに、自らの首をかける決意で来ていた
「そこまでの決意がおありですか」
「いいでしょう、同盟の件、考えさせていただきます」
「ただ、一つだけ条件があります」
「はい」
多少の条件なら飲む気でいた
属国となれなど、民の不利になりそうな条件以外なら
「わたくしと、婚約してください」
「え?」
予想外すぎる条件だった
「ああああの、何をおっしゃっているのか意味が」
「ですから、わたくしの夫となってくださいと申しているのです」
頬を赤らめて恥じらうサリアナ
「いえ、それは、その」
「あら、どなたかお相手がいらっしゃるのですか?」
「いえ、そう言うわけでは」
「なら、よろしいではないですか」
「わたくしたちが夫婦となることで国同士には素晴らしいきずなが生まれますわ」
たしかに、そうなれば同盟よりも太いパイプが築かれる
願ってもない条件ではある
「も、申し訳ありません」
「今すぐには決めかねます」
「えぇ、ゆっくり考えてください」
「いいお答えをお待ちしてますわ」
それで、会合は終わった
同盟はできなかったが好条件が突きつけられている
カドラ騎士長とともに国に戻ったデュルクは悩みに悩みぬいた
たしかに、彼女は美しい
はっきり言ってタイプだ
そんな彼女が同盟を機に婚礼まで申し込んできている
自分にとってもメリットしかないように思える
しかし、そこに裏がないとも言い切れない
何より、自分の一存で決めていいのかもわからない
「うああああああ!」
叫びながら頭を抱える
悩みすぎてその晩は一睡もできなかった
セレニティア聖国ではサリアナがデュルクに思いをはせていた
「あぁ、やはり覚えていてくださらなかったのですね」
「まぁ過去に一度だけですものね」
「わたくしたちが出会ったのは」
「あの時の約束、覚えていないのでしょうか...」
かつて、まだ二人が幼いころ
優しかったころの父ダーストン王に連れられ、デュルクは聖国に来ていた
そこで出会った一人の少女に恋し、いつか結婚しようと約束したあの日
その少女がサリアナだった
デュルクは約束は覚えている
しかし、忙しさの中頭の片隅に追いやっていた
サリアナはずっと待っていた
デュルクがこの国に来るのを
宗教は私自身が無心教なので難しいとこですね