5 闇の侵攻2
ヒュームの国、グランドル
首都、グラハート
一人の男が訃報を伝えに謁見の間へと向かう
男の名はドランド・マクフィリ
下からもたらされた情報を上へと報告する諜報員だ
この日、ヒューム族の都市のひとつが陥落した
それも、長年沈黙していた魔族の手によって
国家転覆罪をもくろんだ魔族を処刑したところ、その報復に来たと思われる
ドランドの足取りは重かった
元冒険者とはいえ、今はしがない諜報員
自分で選んだ道だった
それでも、これから会うのは一国の王
ヒュームの頂点である王なのだ
ただの王ならまだいい
賢王ならむしろ喜んで会いに行っただろう
そう、これから会うのは稀代の愚王
ダーストン・マックル・クロプロプス
ただ亜人が嫌いという理由だけで戦争を起こすような馬鹿なのだ
亜人より圧倒的にヒュームの数は多い
それでも度重なる戦争によってヒューム兵の数は着実に減っている
今後も考えられるような愚王に何を言っても無駄だろう
なんせ取り巻きはただただほめたたえ、褒美をもらうためだけにいる
唯一のこの国の救いは
次代である息子のデュルク・エウス・クロプロプス王子が
14歳にしてその類い稀なる才華を発揮していることだろう
王の座に着けば確実に歴代最高の王となると言われている
あぁ、とうとうついてしまった
あの愚王がいやがる場所に
扉の前を守る兵に言う
「諜報部のドラントです。陛下にご報告が」
「急ぎか?」
「はい」
「少しここで待て」
そういうと兵は中へ入って確認しているようだ」
「よし、いいぞ、入れ」
「はい」
ドラントはダーストン王の前に来ると、すぐに傅き、頭を下げた
「面を上げい」
と、ねっとりとした声がする
顔をあげると、かなり体を持て余した、いわゆる肥満の王が巨大なベッドに横になっていた
太りすぎたために座ることができず、もっぱらベッドの上で生活しているのだ
その周りには美しい召使いが体を拭いたり、食べ物を食べさせたりと世話を焼いている
っち、見るに堪えんな
ドラントはいつもそう思う
「陛下、アークロが陥落いたしました」
ややあって帰ってくる返答
「ほぉ、それがどうした?」
「敵は、魔族です」
「ふん、そんなことは知らん、宰相のソロストイにでも言うがよい」
「わしに言うな」
「いいか、わしがやるのは命令だけだ」
これが、一国の王のいう言葉か!
ドラントはもはや道端のごみを見るような目で王を見ていた
王子はいまだ忙しく国のため尽力しているというのに
目の前の王はただ堕落しているだけだった
こんなもの、王ではない!
その気持ちをぐっと飲み込み、「失礼いたしました」と、宰相ソロストイのもとへ向かう
宰相の部屋は王のいる謁見の間から一階下り、別棟に行ったところ
その奥にある
ドアを軽くノックすると、中からすがすがしい声が聞こえた
中に入るドラント
「失礼いたします、ソロストイ様」
「やぁ、君かドラント、久しいな」
「妻子は息災かい?」
「はい、おかげさまで」
彼はソロストイ
突如王都に現れ、その才覚で瞬く間に宰相にまで上り詰めた王子とともに国を支える一人だ
年のころは二十代後半から三十代前半
全体的にさわやかな印象があるのに
顔の深い傷とその傷の上にある左目の眼帯が異様な雰囲気を出していた
髪は長く、一部を後ろでまとめている
傷がなければ人目を惹くほどのイケメン、というやつだ
まぁ、顔の傷も人目を引くのに一役買っているのだが
「それで、どうしたんだい?」
「はい、先ほど陛下にもお伝えしたのですが、ソロストイ様に判断を仰げとのことですので」
「そうですか」
優しく微笑む彼にドラントの憤りは消えた
ソロストイが天然の人たらしと言われるのはこういったところだろう
「アークロが陥落しました」
「見たことのない魔族が大量のマリオネットを率いていまして」
「おそらく、処刑されたマリオネットの報復と思われます」
何をやって処刑されたかは言わない
そんなことはすでにソロストイの耳には入っているだろうし
魔族や亜人の処刑はこの国では珍しくないからだ
「そうですか、アークロが」
「そこにいた聖女様はどうなりました?」
「彼女は逃げのびたのですか?」
「いえ、死体はなかったのですが、姿はありません」
「周辺を調査し、捜索しましたが見つからないということは恐らく」
「魔族に、攫われたのでしょうね」
「しかし、聖魔法や治療魔法の使い手であるハノラ様を攫う理由がわからないですね」
「聖魔法は魔族の弱点ですし、治療魔法などなくても魔族には技術と驚異的な回復力があるはずです」
「ええ、そこは我々も情報が乏しく、理由も全くつかめておりません」
「まぁ、そう言った調査はこちらで行っておきましょう」
「あなたは都市部を回って魔族の動きを警戒してください」
「はっ!拝承致しました!」
深々と頭を下げたドラント
やはりこの方は素晴らしい
どっかの馬鹿な豚と大違いだ
頼りになる
速く王子に代替わりし、この方と素晴らしい国を作ってもらいたいものだ
そう思いながら任務へと戻るドラント
ドラントが出ていくと、ソロストイは息を吐いた
「魔族が、いまさら何を動き出している」
「まさか、この世界の勇者、もしくは転生者と魔王が接触したか?」
「いや、転生する創造主のかけらを持った者は全て回収し、始末したはずだ」
「七番目が観測していた世界の転生者も殺したと報告があった」
「三番目が観測していた世界の扉ももうじき開く」
「まさか、見落としが?」
「いや、だからと言ってわれらの計画に変更などない」
「もうじきすべての門が開く」
「我らがすべての世界を掌握し、作り変える」
「観測者よ、見ているだけが関の山のお前たちには変えることはできん」
その後ろから丸い球体が現れ、天使のような翼をもつ男が現れた
「ソロストイさん、セグマッドからの報告です」
「扉が開いたようです」
「そうか、後はここの一つのみ」
「破壊した世界の扉の様子はどうだ?」
「ぬかりないですよ、もう開いてます」
「あとは本当にここだけということになりますね」
「あぁ、では、始めようか」
「我らと観測者の最後のボードゲームを」
彼らは、彼らのこの世界での名前は
「大いなる闇」
いよいよ前作、前々作の最後と繋がってきます