パペットマスター
ヒュームの国グランドル王国
その都市の一つ、アークロと呼ばれる都市
そこに、一人のマリオネットの少女が捕まっていた
まもなく処刑されるらしい
そう聞いた人々は我先にそのショーを観戦せんと広場に集まっていた
その中に、聖女と呼ばれる女性、ハノラ・ベリオラが忌まわし気にその処刑台を見ている
手足はもがれ、ガラスの目玉は砕かれた哀れな異形種の少女
罪状は国家転覆罪
ヒュームに被害は出ていない
ただ、少女はヒュームの一都市を裏で操り、内乱を画策していた
その都市がここ、アークロだ
マリオネット、キムタムの能力の一つ
糸を張り付けた相手を操作できる“人形劇”
最大百人までを操ることのできるその能力は
くしくも王国随一の頭脳を誇る魔導士、ボルドー・シャルハタスに破られてしまった
ただ破られただけではない。居場所まで突き止められ、こうして捕まり、処刑されることとなった
国家転覆罪は死罪たしか、国の法典にもそう書かれていた
しかし、拷問までしていい通りはない
ハノラは拷問を受けたと思われるその異形種の少女を見る
人は、残酷だ
ヒュームは特に多種族を毛嫌いする傾向にある
そんなヒュームをいさめることのできない自分の不甲斐なさにも腹が立った
処刑台の横で罪状が読み上げられる
これもショーの一環だ
何をして、どうして裁かれるのかを民衆に理解させる
その罪人の首が飛ぶのをより楽しませるために
この国では多種族の処刑がもはや娯楽となりつつあった
何人もの罪もない多種族の首が飛ぶのを幾度となく見てきた
そのたびに非力さを嘆く
もっと力があれば、助けられる命もあったのではないだろうか
「私は、無力です」
「今も無駄に見世物にされる少女を、楽にしてあげることもできない」
助けるとは言わない
少女は確かに罪を犯しているから
苦しませずに逝かせるのが処刑人の務め
それを放棄している処刑人も罪深い
そして、断頭台ではなく
さび付いた切れ味の悪い丸太鋸が用意される
ハノラは目を見開いた
あれでは苦痛を与えるだけではないか!
ヒュームの罪深さにもはや憐れみを通り越してあきれるしかなかった
刑は、執行される
ゆっくりと、ゆっくりと鋸が引かれる
苦痛に顔をゆがめ、痛みのあまり声を上げ続ける少女
それを見て高らかに笑う民衆
狂っている
人間は、狂っている
やがて少女の頭が転がった
中は空洞、マリオネットに血液はない
それでも、痛みはあるのだ
ハノラは彼女の冥福を祈った
せめて、蒼天の女神、アウロラにその魂が届くように
そのとき、街を守るようにして囲っている塀の一角が崩れた
街の中心部からは離れているが、それでも遠目からそれが見えた
崩れ落ちる塀、その瓦礫の奥、街の外から何かがうごめきながら侵入してくる
大量のマリオネットの群れ
どれも顔の形、服装が違うが、明らかに今処刑したマリオネットの仲間と思われる
そのマリオネットの先頭に、先ほど処刑したマリオネットとまったく同じ顔の少女が立っていた
その少女はマリオネットではない
関節もヒュームと同様、球体関節ではない
その少女はむっとした表情をしていた
それだけ見ればふてくされて頬を膨らませる可愛い少女だが
その手には幾重にも糸が巻き付いていた
その糸が後ろのマリオネットの大群を操っているのだ
少女が口を開く
「私のお気に入り、壊した」
「許さない」
その目はヒュームを虫を見るがごとく捕らえていた
手を胸元まで上げ、くいと指を動かす
その動作で一斉にマリオネットが動き出した
その手に様々な武器を持って
地獄絵図だ
阿鼻叫喚だ
ヒュームはなすすべなく蹂躙され、その日のうちに大都市アークロは壊滅した
パペットマスターキムタム
マリオネットはその眷属だ
全てのマリオネットはキムタムの支配下にあり、溺愛されている
キムタムはお気に入りのマリオネット
キムタムⅡ型の体を回収した
「よく、がんばったな、安らかに眠れ」
そういうとキムタムⅡ型の体は砂のように崩れ去った
ハノラは剣をその身に受け、薄れゆく意識の中思った
これは、ヒュームへの天罰だと
いたずらに多種族を殺した罪
それを止められなかった私の、罪......
意識を取り戻したのは二日後だ
見知らぬ場所、どこかの建物の部屋のようだ
そのすぐそばには街を壊滅させた少女と、見知らぬ少女が座っていた
「目が覚めたみたいよ~キムタムちゃん~」
「そうか、治療してもらって悪かったね、バニエイラ」
「じゃぁさっそく、食べちゃおっか」
その言葉にハノラはゾッとした
冗談で言っている目ではなかったからだ
「それは困るぞ、この子は魔王様のものになるのだからな」
「ちぇ~、じゃぁいらなくなったら頂戴って魔王様に頼もっと~」
「私が骨も残さず食べたげるから~」
魔王という単語に耳を疑う
「もう用はないから出ていってくれ」
「え~、冷たくない?冷たいよね?」
ハノラに同意を求めるバニエイラ
あまりのことに戸惑うハノラ
「すまん、君を傷つけるつもりはなかった」
「もとより、君はこちらに引き込むつもりだったからな」
「聖女、ハノラさん」
「わ、私をご存じなのですか?」
「あぁ、街のことは情報収集済みだ」
「聖女ハノラ、ヒュームの中でも突出した治療魔法の使い手」
「アークロの街の教会付きシスターだったな」
「は、はい」
「教会に来る病人や怪我人を治療し、その裏で多種族の治療にも尽力していた」
「な、なぜそれを!」
「言っただろう、あの町のことは調査済みだ」
「表も、裏もな」
「君はまさに聖女と言っていい」
「そのやさしさ、バニエイラやシャーズロットの奴にも見習わせたいな」
ハノラは何が何だかわからない
なぜ、自分がここにいるのか
なぜ今私はキムタムと呼ばれた少女とこんな会話を?
「なぁ、われらとともに世界を変えたいとは思わないか?」
突拍子もないことを言われ、ポカンと口を開けたまま思考が停止する
「我らが魔王陛下は争いのない、すべての種族が手を取り合う世界にしたいと考えておられる」
「その目標のため、我らについてはくれないか?」
「あの、それは一体」
「仲間になれと言っているんだ」
魔族が、何を言って?
魔王やその配下は勇者、世界の敵のはずだ
「すでに勇者様と守護者様は魔王と手を取り合い、平和の道を模索している」
「え?な、に、を...」
「勇者、さま?」
そんなものはおとぎ話でしか聞いたことがない
いや、魔王ですらおとぎ話だった
魔族は確かにいる
それでも、魔王という存在が信じられないのは皮肉にも勇者の話が物語として語られていたためだ
小さなころは信じるが、大人になれば所詮は物語だと嘲笑される
そんなおとぎ話の二人が手を組んだ?
到底信じれないが
一つの都市を落としたこの少女が魔王陛下と敬愛する存在がいる
それが、現実味を増していた
「なぜ、勇者様は魔王様と手を?」
無意識に魔王を様付でよんでいる
「勇者様が魔王様の理想に賛同されたからだ」
「いや、これはある意味必然だろうな」
「魔王様は妖精女王様に代々その役を仰せつかっているのだから」
また、おとぎ話の名前が出た
妖精女王?もう訳が分からない
勇者を助けたという妖精女王
最後までヒトビトが争うのを悲しみ、憂いた慈悲深き女王
訳が分からないが、その魔王の理想と、自分の夢が一致した
迷いは、ない
気づけば、「よろしくお願いします」と、キムタムに声を発していた
はい、キムタムちゃんはめちゃくちゃ強いです
数の暴力です




