ちっちゃなイズナの大冒険7
上層部中腹
吹雪は一層激しさを増し、行く手を阻む
深い雪と硬い氷が体力を奪い、ペースを落としていった
「ナズミ、大丈夫か?」
「はい、なんとか」
「お二人は?」
「私は大丈夫よ」
「もう死んでるしね」
「私もだ」
「もとより寒さは感じていないからな」
シャーズロットとクスクの体はエレメント体と幽体
寒さ暑さを感じることはないが、核を傷つけられれば消滅する
前方に何かが見えてくる
巨大すぎる氷の塊だ
それが行く手を遮っている
「何これ、こんなものなかったはずなんだけど・・・」
もう少し下の階層ならまだしも、上層部にここまで巨大な氷塊はないはずだった
それがなぜか目の前にある
「通れないわ」
「ね、ナズミちゃん、これ、溶かせないかしら?」
「やって、みます」
「・・・・・」
「御神降ろし!ヒノカズツチ!」
今度は体から炎が吹き出ている
「黄泉業火(よもつごうか)!」
体の炎が指先に集約し、氷塊に飛ばす
ぽとりと氷塊に当たると一気に燃え上がり、炎に包まれた
氷塊は蒸発
してはいない
「!」
「溶けない?」
その時、氷塊がゴロリと転がり、見えていなかった反対側がこちらを向いた
その氷塊と目があう
「え?」
「嘘・・・でしょ?」
「どうしたクスク?これが何なのか知っているのか?」
「えぇ、えぇ、よく知ってるわ」
「数百年前、麓で、村人、家族、そして私自身の命を奪った・・・」
「危険度、厄災級の魔神・・・」
「霜の巨人よ・・・」
霜の巨人、かつてこの山より突如として現れ、麓の村を破壊しつくした後
様々な国で暴れまわり、当時のSSSランク冒険者20名に倒された厄災
そのSSSランク冒険者たちも生き残ったのはたった一人だけだった
「逃げ」
逃げてと言いかけたが間に合わなかった
霜の巨人の拳が振り下ろされ、三人を襲った
「あああ!!」
雪ごと地面をえぐり、周囲を三人ごと吹き飛ばす
たったの一撃
ただそれだけでナズミは死にかけ、シャーズロットの核は傷ついた
残ったのはクスクただ一人
「グフッ」
砕かれた骨が内臓を傷つけたのか、ナズミが大量に吐血している
体がだんだん体温を失い、青ざめていく
「そんな・・・こんな、とこで・・・」
「こいつに会うなんて・・・」
「でも、逃げるわけには・・・!」
「ナズミちゃん、シャーズロット、もう少しこらえて!」
悪霊であるクスクに死という概念はない
しかし、霜の巨人への恨みはある
「あの時も、そうだった」
「私の家族を、友達を、嬉しそうに食いちぎってたわね・・・」
「あの時の恨み、あんたに晴らさせてもらうわよ!」
変化していた太った大男の姿を解く
可憐な少女の姿へと戻ると力を解放した
「開け、ヴァルハラの扉よ」
「我が召喚に応じたまえ!」
「来たれエインヘリャル!シグルズ!」
その言葉に、召喚に応じ、古の英雄の魂エインヘリャルであるシグルズが顕現した
クスク最大の召喚術、英雄召喚
かつての英雄霊を呼び出す術だ
聖剣バルムンクを構え、霜の巨人と対峙する
「お願いシグルズ!」
シグルズはコクリとうなずくと霜の巨人に向かって走り出した
恐るべき神速の剣技で霜の巨人を切り刻む
しかしそれでも霜の巨人の体はかすり傷程度にしか削れない
巨人のターゲットがシグルズに移る
その巨大な拳を振り下ろし、シグルズを押しつぶさんと迫る
それをバルムンクで受け止めると、そのまま流し、切りつけ続ける
ほんの少しだが、腕にひびが入り始めているようだ
それでもかまわず腕を振り下ろし続ける巨人
おこった雪崩も気にせず殴り続ける
雪崩から倒れた二人を守るためクスクは最大限に自分の周りにシールドを張る
「っく!」
自分を召喚した主を心配してか、シグルズの気がそれた
そのすきを逃さず、巨人はシグルズを掴んだ
「!!」
驚いた表情のシグルズを、巨人は、ゆっくりと握りつぶした
「嘘・・・シグルズが・・・」
「嘘よ・・・」
自分の最大の召喚術が破られ絶望感に苛まれる
もはや打つ手はない
自分は死ぬことはない
しかし、仲間は・・・
そう思うと力がわいた
仲間を守りたい、妹に似たナズミを、友人と呼べるシャーズロットを
「負けてらんないっての!」
「あたしは、あんたなんかに!」
その時上から声が聞こえた
「その意気やよし!!」
「俺が救ってやろうぞ」
その声の持ち主
優しい炎に包まれた翼
黄金に光るその姿
翼人族に似ているが、はるかに神々しい
「その命尽きるまで燃え盛れ煉獄の炎よ」
「獄炎呪、断罪の炎!」
真っ黒な炎が巨人を包み込むと、巨人は暴れる間もなくその身を焦がし、蒸発した
「厄災級を、一撃・・・?」
「あな、た、は?」
「久しいな少女よ!」
「俺はフェニックス族、セイル・ファンク」
「またこのような危険な場所に来るとは、愚かだぞ!」
彼はかつてクスクを救ったフェニックスだった
「申し訳ありません、ですが、どうか、私の仲間をお救い下さい!」
土下座をするように頭を下げる
「ふむ、死にかかっているな」
「どれ、見せてみろ」
セイルがナズミとシャーズロットに手をかざす
「聖者の炎」
美しく暖かな炎が二人を優しく包み込む
それがみるみる傷を癒していった
「う、うぅ、ん」
目を覚ます二人
「クスクさん、巨人は?」
「大丈夫よ、この方が助けてくれたの」
ナズミが見上げると、優しそうに笑うセイルの姿があった
「あなたは、もしかして、フェニックス族の方ですか?」
頷くセイル
「おお、そうだぞ少女よ」
「それより、お前たちは何故ここにいる?」
「わけを話してみよ」
ナズミはこれまでの経緯を語った
「ふむ、なるほど、友のためか」
「・・・」
「残念だが俺は行くことはできん」
その言葉にショックを受ける
「そん、な・・・」
泣きそうになるナズミ
「まぁ待て」
「悲しむのは速いぞ少女」
「これを持っていけ」
懐から何かを取り出す
渡されたのはただの透明な瓶
「これは?」
「俺の炎を分けてやる」
「一度だけどんな傷でも癒すことができるぞ」
「お前たちがフルヒールと呼んでいる魔法の正体だ」
これは誰も知らなかったこと
恐らくはフェニックスしか知らない
驚くことに伝え聞いていたフルヒールは魔法ではなく種族スキルだった
「なんて温かい輝き・・・」
「ありがとう、ございます!」
「さて、急ぐのだろう?」
「麓まで送ろう」
セイルが口笛を吹くと、頂上から三人のフェニックス族が飛んできた
女性一人に男二人
いずれも顔立ちの整った美形
「彼らが運ぶ」
「それでは、達者でな」
出会いから別れまで30分程度
それでも、その時間だけで彼の人柄が分かった
偉大で、優しいフェニックスの王
無事麓まで戻った三人は、送ってくれたフェニックスたちにお礼を言うと、村に戻った
「これで、コニアンを・・・」
「よかったわね、ナズミちゃん」
「はい、皆さんには、感謝してもしきれません!」
「いいさ、同じ魔王軍の仲間だからな」
「気にすることはない」
「それじゃぁね、あたしは山の管理に戻るわ」
「またなんかあったら来なさいよね」
「あぁ、また来るさ、今度は遊びにな」
「えぇ、その時はナズミちゃん、あなたの友達も連れてきなさい」
「歓迎するわ」
「はい!」
こうしてちっちゃなイズナの冒険は終わり
イズナの少女は大きく成長し、魔王国の者を驚かせた
持ち帰った聖者の炎により、コニアンの足も元通り歩けるように
「ナズミ、ありがとう、ありがとうなのですよ」
「ナズミ、ニューミャ、ふたりは、最高の親友です!」
三人は抱き合って喜んだ
「ん?何か忘れている気がするが・・・」
「思い出せないということは大したことではないのだろう」
シャーズロットが凍ったバニエイラを思い出すのにそれから三日がかかった・・・
ちっちゃなイズナの冒険、これにて終了




