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淡い光



「それは許されない。」

「どうして!?」

「奏は..あなたは私を美化し過ぎている。私も..悪かった。こういう事になるんなら、誰とも仲良くするんじゃ..」

「何でそんな言い方するのよ!!」


綾乃は真剣な話になると奏ではなく「あなた」と呼ぶ。それに感情のこもらない、淡々とした言い方をした。


「あなたと私とでは立場が違う。生活する世界も違う。私には守るべきものが..無い、だからこそ魔法少女としての仕事が全う出来る。この惑星を守るという、一般常識では想像出来ない事を何も考えずに出来る。私には義務がある、私には私にしか出来ない事..」

「だから同じ立場になって綾乃と同じ世界に行く、私はそう言ってるの!それを伝える為にこうしてここに呼んで..」

「あなたにそれが出来るとは私には思えないなぁ。」


急に鼻に付くような言い方をして来る。


「..いっつも平凡な暮らしが約束されてて、家族がいて他に友達もいるような環境に慣らされた人がさ、こんな過酷な事出来るはずがないよね、そもそも考え方が甘過ぎだよ。あんまりこの仕事甘く見ないで欲しいな。そりゃ私だって悪かった、誰かと仲良くするってさ、考えれば普通分かる事なのに..こんな事になるんなら出逢う事自体最初から無かった方が良かっ..」


綾乃が淡々と嫌われるように語る。奏は分かっている。わざと嫌われて自分の目の前から消えようとしている。私達が築いた絆の深さは私達にしか分からない。だから綾乃が何をしようと手に取るように分かってしまう。


「..綾乃..」

「..何よ。」

「ねぇ。」


奏が歩み寄り綾乃をそっと抱き締める。そこで綾乃は言葉を止める。奏は静かに泣いている。綾乃は抱き締めて来ない。

奏は洋服の肩が少し濡れている事に気付く。綾乃が泣いていた。初めて泣いているその表情を見る事は無かったがそのまま優しく抱き締め続ける。


綾乃は不器用な女の子だ。嘘を付く事も出来ないし上手く立ち回る事も出来ない。純粋で素直で、魔法少女としては素晴らしくても普通の女の子である事には変わりない。

綾乃にとって奏は特別な存在になっている。だからこそどうしたら良いのかが綾乃には分からない、お互いに抱えたものは同じだった。奏は綾乃の事を知っている。綾乃は奏の事「しか」知らない。


そのままお互いに立ちすくみ泣いたままその姿を夕日が静かに照らし続ける。答えが出ないまま、今はその必要が無いままで良いと訴えかけるように、静かに淡い景色が二人を照らし揺らしていた。


魔法少女になりその仕事を全うし散ってしまうと人々の記憶からその魔法少女の記憶は消えるという。誰の記憶にも残らずこの惑星を守る為だけの存在。自分が魔法少女である事を周りに言う事は厳禁、守られない場合は機関で抹消される。しかし、万が一魔法少女である事が知られてしまった場合、相手のその部分の記憶を消す事が可能、もしくはそれを知った相手は「魔法少女になる権利」が与えられるという。


あれから一週間程経ち、今度は綾乃から携帯に連絡が入った。「今度は家で話そう。」綾乃が自分の部屋へ来て欲しいと言った。入った事も無い、一度も行った事の無い綾乃の部屋。私達が話して来た中で一番重要な事を話そうとしている、奏は悟り川沿いの通り道で綾乃を待つ。隣街にある綾乃の住む街。バスを乗り継ぎ向かう途中奏は「こうして二人で登校したかったな。」と淡い思いを抱いたが、すぐにその思いを打ち消した。バスを降りた近くで電車の走る音が聞こえる。そうか、待ち合わせで使った駅の近くに綾乃の家はあったんだ、そう思いながら静かに佇む集合団地の景色を眺めながら歩いて行く。


綾乃に案内され向かった先にある古びた二階建てのアパート。そのアパートの階段を上った二階の左隅にある部屋で立ち止まると綾乃が鍵を差し込み部屋へ招き入れる。こんな所で生活していたのか、と少し驚き周りを見渡すと殺風景な部屋にはほとんど何も無く全身を映す鏡、資料らしき紙の束、生活感を感じさせない薄暗い空間に奏は息を呑み、こんな所で毎日生活を送っていた綾乃を思うと胸が締め付けられるような、改めて綾乃の事を何も知らなかった事を思い知らされ自分の不甲斐無さを肌で感じたが、不思議と綾乃らしいといえば綾乃らしい、何故かそう思わせる空間に心が静けさを取り戻すような、そんな感覚を覚えていると綾乃に座るように促され、テーブルの下にある座布団に座り綾乃の言葉を待った。


「私..」

「なろうと思えば、なれる。」


綾乃が答える。静かな空間に綾乃の声が鳴り響く。


「機関は魔法少女の数は多ければ多い程良いと考えている。こういう場合奏の記憶を消す、か奏が魔法少女になるか、を選択出来る。」

「記憶を消さなかったのは..」

「奏は信用出来る人だったから、周りに言わない人だって。それと..一番最初に遊んだあの日、あの記憶が消されるのは、自分にとってとても哀しかった..」


一番最初に遊んだあの日、綾乃は自分が魔法少女である事を知った奏の記憶を消す為に近付いた。しかし遊んでいるうちにその時間の記憶が相手から消える事を怖れたのだという。


「どうしても消せなかった、自分でも分からない。あんな思いを味わったのは初めてだったから。」

「私もその記憶を残して置きたい。」


奏だけが知っている秘密、綾乃が魔法少女だという事、そして奏は決断する。


「綾乃..良いのね?」

「私は..奏が決める事なら、止めない。」


家族、友達、奏は今ある現実世界を切り捨てる覚悟を決める。綾乃には良く考えて欲しいと言われた。優しくない、本当に厳しい世界でしかない、後悔しても助けてあげる事は出来ない..奏は少し躊躇(ちゅうちょ)したが、それでも綾乃との時間を選ぶ、そう決めた。


「魔法少女になったら私達は友達ではなくなる。共に戦う戦友になってしまう。だから今までの関係ではいられない。それに..もう命の保証は出来ない。」

「うん、良いよ。分かってる。私は綾乃を選ぶ。」

「そう..」


哀しそうな、なんとも言えない綾乃の顔を見て奏も少し心が動く。自分の甘さ、愚かさ、未熟さ..これから同じ世界で生きるのだと、今まで自分が生きて来た世界を全て捨て去って。


魔法少女は記憶として残らない。消えてしまったら最初から存在しなかったものとして人々の記憶は書き換えられる。唯一信じられるのは魔法少女でいる時だけの記憶、やがて散ってしまう記憶。それだけを胸に、魔法少女は今日もこの惑星を守る為にずっと戦い続けている。


ーーー


私は魔法少女として生きて行く上で意味が欲しいと思っていた。何の為に私は魔法少女をやっているのか、魔法少女とはそもそも何なのか..。奏と接して行く中で生まれた「守りたい」という意識の変化、守るものがあるからこそ生きて行ける、限られた中でも精一杯現実に向かって行ける、そう信じていた中で守りたい存在が私と一緒の立場で共に生きたいという思いを言葉で向けられた時私はどうしたら良いのかが分からなくなった。


対等の立場で生きる、一緒に生きたいというその事を尊重するべきなのか否定するべきなのか。独りでいる事、孤独の中で生きて行く事には責任は生まれないが、こういう場合相手の人生を考えるとすれば魔法少女の道は絶対に示すべきではない事は分かっていたはずなのに、私は止める事が出来なかった。嫌われても、拒絶されてもこっちの世界に招き入れてはならない、そう決めていたのに許してしまった。


大切な存在を守るとはいったいどういう事なのだろう。もしかしたらそう考える事自体が自分のエゴなのではないか、そういう事をずっと考えた。守る事自体が生き甲斐、確かにそうなのかもしれない、けれど私と共に生きたいという思いを拒否する権利が私にはあるのだろうか、何故こういう事で迷ってしまうのだろうか。

私は今まで誰かの事を真剣に考えた事が無かった、私が背負ったものは私が責任を持って生きて行く、そういうものだとずっと思って生きて来た。それを一緒に背負って生きて行きたいと言った女の子。それを止められなかったのは、もう他人では無かったから。守りたいからこそ、もうそれ以上の存在になっていた事。私にとってとても大切な存在だからこそ意思を止められなかった事。それは私の責任、とはもう違った思い。一緒にいてくれる、ただその言葉だけが純粋に嬉しかった。私と一緒に戦ってくれる、その思いだけが私の心をそっと開いてくれた。


ねぇ奏、口にはしないけど、あなたの事ずっと忘れない。あなたと出逢えた事を心から嬉しく思ってる。偉そうな態度取ってごめんね。もうあなたと私は一緒の魔法少女、一緒にいてくれると言ってくれてありがとう。その思いだけで短い時間を生きて行ける。

口にはしないけどね、奏。













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