夢の中
「どした?奏、会いたいなんて。」
次の日学校で綾乃に話し掛けられた。
「てか奏!日に日にやつれて行くけど大丈夫!?」
そんなびっくりされるような顔をしていたのだろうか。意外と自分で自分の事など分からないもの、と良く言われるが当たっているらしい。
「留守電に残した通り、次の休みの日を聞きたかったの。」
「何か切羽詰まった声だったから少し心配したよ。てかちゃんとご飯食べてるの?」
「全てはあなたのため。」という言葉が頭の中で鳴り響き、そのまま打ち消した。
「私、構ってくれないと死んじゃう病で。」
「..何言ってんの、アホらし。」
うふふ、とお互いに笑う。こういう冗談の間をお互いに楽しめる程には元気で、現実を受け止める程には気力が無い、それは綾乃には伝わらない。
「今度の日曜日なら多分大丈夫よ。何処で会おうか。」
「真面目な話が出来る場所。」
「ん〜そう言われてもなぁ、いつもの川沿いの道とか?」
「ちょっと寒くない?」
「んじゃあ奏の家とか。」
「どうしても綾乃の家、って形にはならないのね。」
「私の家はちょっとなぁ、あんまりうるさく出来ないし狭いから..」
これだけ渋るという事はバレてはまずい私情が色々あるのだろう。彼女は魔法少女であり普通の一般人ではないのだから。
「じゃあ良いよ、私の家で。」
「んじゃあ日曜日は奏のお家にお邪魔するね!」
出来るならそのまま住まわせたい。一緒に暮らせるのなら一生共に暮らしたい。
そう思っていたら綾乃の顔がほんのりと赤くなっていた。あ、そのまま口に出ていたみたいだ。
「ねぇ、土曜日の夜来て泊まって行きなよ。遅くなって良いから。」
「いやぁさすがにそれは悪いから遠慮しとく..」
「良いから。」
「..しょうがないなぁ。」
これじゃまるで自分が子供で綾乃がお姉さんだ。自分の方が人生の苦労を知らない分綾乃に敵う訳もない、それを分かった上で恥ながらも綾乃に甘えてしまう。
綾乃の事は心の底から好きである事には変わりないが、時折お互いに言葉が止まり一瞬見つめ合う瞬間静かに時間が止まった感覚になる事があった。それは奏だけでなく恐らく綾乃の方も。それが何なのか分からないまま時間が動き出し会話が始まるのだが。
綾乃の笑顔、匂い、掌の体温、そういう全てを自分のものにしたいという貪欲さを綾乃は理解してくれる。「付き合ってくれている」のかもしれない。だとしても綾乃の方も嬉しそうだから自分は甘える。かけがえのない友達、友達以上の存在。二人でいる時だけ二人だけの時間が動き出す、その感覚はお互いに共通した言葉にならない「何か」である事には変わり無かった。
土曜日の夜、夜10時過ぎ辺り、月明かりに照らされた綾乃は奏の家にやって来た。何度も来た事があるから場所は知っている。部屋にいる時携帯が鳴り「着いたよー。」と綾乃の声。玄関から招き入れ奏の部屋に招き入れる。
「話って..」
「それは明日。今日の夜は遅くまでお話するの。」
「もういつも話してるじゃん、私ネタ無いよ?仕事の話しか..」
「良いの。いつも通りのお話がしたい。」
奏は魔法少女になりたいという意思を伝える話ではなく関係の無い話をした。会って急にそんな話をして綾乃を困惑させたくなかった。
「今日は仕事早かったの?」
「奏が話あるって言うから少し早めに終わらせて来たんだよ。何とか言って。」
「それは、ごめん。」
「それは良いけど最近の奏大丈夫?何か不安定っていうか..すっかり痩せちゃって..」
綾乃が手を伸ばし少しやつれた頬に触れようとする。何でだろ、綾乃に心配される度に泣きそうになる。何故か嬉しいとかではなく、純粋に心が温まる感覚になる。
「あ、綾乃..」
「あぁまた泣いてほらー。」
奏にハンカチを渡し寄り添って背中を優しく撫でる。そう、この感じがとても不思議と温まる、この感覚が「好き」とは少し違う。教室では無理でも自分の部屋ではありのままの姿を綾乃に曝け出す事が出来る。前は張り切って綾乃を「甘えさせる」と言っていた自分の立場が逆転している、いや、それ程綾乃を甘えさせる事が出来ていたとは思えないけれど。
「何かあったの?」
「う、うぇ、う、う..」
言葉が出ないまま嗚咽をもらし泣き続けた。その姿を見つめ綾乃は泣き止むまで背中をさすってくれる。とりあえずこの時間に甘えていたい。今はその時間を大事にしたかった。
カーテンの隙間から月の光が部屋に差し込んでいる。まるでこの世界に二人しか存在しないような静かな空間。どうしてこの時間がずっと続かないのだろう、奏は泣きながらそんな事を考える。綾乃の温かさ、優しさ、その空気感に安堵を覚えゆっくりと意識が遠退いて行く感覚を覚える。
ーー
その夜、夢を見た。綺麗なれんげ草の咲く花畑で少女が二人手を繋いで笑っている。それに素晴らしく綺麗なメロディーが流れる世界、此処は何処なのだろう、少女が手にした麦わら帽子が風に吹かれて飛んで行く。その飛んで行く麦わら帽子を追い駆けぬまま少女は二人走り去って行った。いつまでも見ていたいその景色が遠くへ消える、私のいるこの場所は何処なのだろう、私は..。
気が付くと安心し切ったまま寝てしまったようで、薄っすらと夜が明けていた。
「あ、綾乃は!?」と周りを見渡すと隣で毛布を掛けて綾乃は眠っていた。私にも毛布を掛けてくれたみたいだった。
綾乃の事は哀しませたくはないのだが、魔法少女になりたい意思は伝えなければならない。その為の休みの日なのだから。ただ、今は綾乃の寝顔を眺めていたくてただぼんやり、薄明かりの部屋の中で綾乃の寝顔をずっと眺めていた。
「ん..朝?あ..奏おはよ..もう、大丈夫?」
「うん、大丈夫。ありがとう、昨日は大分楽になった。」
「それは良いけどさぁ、心配になっちゃうよなぁ。」
「ごめんね、いや、ホントに。」
綾乃の事でひたすら悩み、綾乃に結局癒される、私は何をしてるんだか..ただ前よりも自己嫌悪に陥る感覚が無いように思える。
「午後、川沿いの道、散歩しよ。ちょっと寒いけど。」
「私は良いけど..」
「そこで話す。」
お昼過ぎ、晴れた天気の空の下奏と綾乃は散歩した。キラキラ輝く川沿いの道。いつもの通り道。綾乃と会う前は平凡なただの道。
「やっぱり休みの日の午後は良いねぇ、空気が気持ち良いよ。」
「綾乃と会う前の景色と今とでは全く違う景色に見える。」
そう奏が言うと
「大袈裟だなぁ、同じ景色だよ。」
「いや、違うの。」
奏は語り始める。
「綾乃は私の景色を変えてくれた。景色だけじゃなく世界そのものを。色が無い世界に様々な色を付け加えてくれた、こんなに世界は色が溢れてるんだなぁって。」
「また乙女な事言っちゃってー。」
「冗談じゃない、ホントの事、ただの憧れだった存在が今ではそれ以上の存在になってしまっている、接していられたら良い、じゃなく共にいたいっていう。」
「うーん。」
「そんな大した存在じゃないって綾乃は言うかもしれない、でも違うの、共にいたいっていう..」
「奏..」
「私も、魔法少女になりたい。」
「え..」
「あなたと同じ立場で、あなたと共に生きたいって、それを伝える為に呼んだの。」
「それは..」
とても晴れて綺麗な川沿いの道がキラキラ光っている。爽やかな風が綾乃の前髪を揺らす。いつも眺めているその女の子はいつにも増して光を浴びてキラキラしている、奏の眼には確かにそう映っていた。