休息
傷だらけの身体を鏡に映し、少しだけぼんやりとしてから魔法少女の姿を解除し、疲れ切った身体を横にする。魔法少女の姿を解除すれば、傷跡は何も残らないのに身体中が痛い。日常生活を送る時ぐらい痛みも無くしてくれたら良いのに..魔法少女のシステムのそういう部分にいつも綾乃はうんざりしていた。
それでも、何ともない顔をして学校では過ごさなければ変に心配されたり気を使われたり、そういう事だけは綾乃は避けたかった事で必死に隠しながら教室では穏やかさを演じて振舞っていた。
辛いとか、哀しいとか、多分昔の自分だったら沢山あったであろうそういう思いは何処かへ行ってしまったような、それが当たり前である事に慣れてしまうと逆に気持ちが楽になれるような、ずっとそういう感覚で生きて来てしまったから今更そういう事は考えなかった事でも、自分の事を知ってくれている人がいる、その存在が一人いるだけでも気持ちが楽になれる、綾乃は最近そういう思いを抱いている自分に気付いた。
魔法少女は知られてはいけない存在、そもそも、信じてくれる人なんかいる訳がない..その常識が綾乃の中で崩れかけて身体の痛みが心の中に隙間が出来る事によって少しだけでも忘れられるような感覚。
綾乃は横になりながらぼんやりそういう事を考えて、ゆっくりと眠りに就いて行く。
ーーー
綾乃との時間を過ごすうちに、奏は綾乃の事を色々知る事が出来た。好きな食べ物、行ってみたい場所、好きな動物は何なのか..綾乃との出逢いで奏の世界は全く違う世界に変わっていた。お昼休み、二人で帰るちょっとした時間、その一瞬の煌めきが奏の心の中でずっと輝いている。
「ねぇ綾乃。」
「何?奏。」
「綾乃は生きて来て一番幸せを感じた瞬間ってどういう時?」
そういう普通の人になら聞けないような、信頼しているからこそ聞ける会話を奏は大事にしていた。
「幸せか〜そうだなぁ、何ていうか、動物触っている時って何か幸せ感じられる、って思うかなぁ。」
「綾乃動物好きだもんね。」
「言葉が無くても相手を見てる、信用してるような、その純粋な感じが好きなのかなぁ..ってあんまり幸せについてなんて考えた事無いからなぁ。」
「私は綾乃と出逢えた事が幸せそのものなの。だからどの時間も大切。」
「いや、だからそういう恥ずかしい事良く平気で..奏は乙女だから困るなぁ。」
奏は綾乃の性格を知っているからどういう言い方をすれば気恥ずかしい表情を見せるか知っている。その表情を焼き付けるように奏は綾乃の表情をいつも見ている。
「..うん、でも今もとても幸せだよ、こんな風にありふれた時間を友達と過ごせる日が来るとは思ってなかったからね。」
「綾乃は私と違って友達多いじゃない。」
「話し掛けてくれる子は沢山いるけど..魔法少女やってます、ってのを知ってるのは奏だけだよ。それを知ってる人と知らない人とではとんでもない差があるからね。」
「私は綾乃にとって特別な存在になれてる?」
「いや、だからそういう恥ずかしい事は..」
「どう?」
「..奏は私にとって精神的な支えだよ。」
それを聞いて奏は満たされる。満たされた分満たしてあげたいという循環を繰り返す。
「綾乃が他にやりたい事って無いの?」
「他にやりたい事..毎日魔法少女やってたからそんな事考える暇も無かったなぁ。」
「やって欲しい事とか。」
「ん〜何だろう、マッサージ?」
「何それ、そんなんで良いの?」
「身体酷使するから疲れるんだぁ、どれだけ鍛えていても、やっぱり負担は大きいから。」
「じゃあ私が全身マッサージ毎日してあげる。」
「ま、毎日は良いよ!時間が無いし。でも..お願いする事は増えるかも。」
「了解です。」
そんな会話をしながらお互いに笑い合う。自分が味わいたかった綾乃との時間、綾乃が欲しかったありふれた時間、お互いに求めていたものをお互いに埋め合う、そうする中で奏の心の中は徐々に変化して行く。
「魔法少女って、どうすればなれるんだろう。」
絶対に口にはしないが、その事を考える時間が増えて行った。綾乃の為になる事、より近い存在になれる事、それには自分も魔法少女になれば同じ立場になれる、と奏は考えるようになった。
私にとって一番の幸せ、命が美しいものであるのならそれを綾乃に捧げたい、共に過ごすうちに奏の中で芽生えた思い、私は綾乃の為だけの存在になりたいと。
ーーー
綾乃はいつも魔法少女の姿になる時、人目に付かない、人気の無い薄暗い場所で魔法少女の姿に変化させ決められた仕事へと向かう。その度に、少しだけいつも頭を過る事があった。
「魔法少女っていったい、なんなんだろう。」
明確な答えが無いその問いを自分に少しだけ問いかけて、頭からその問いを打ち消して決められた場所へと向かう日々。当たり前の事として今まで生きて来たが、昔からふと思っていた事に対し最近明確な答えが欲しくなった気持ちの変化、奏と出逢ってから色濃くその問いが頭の中を染めて行くような感じ。心の隙間は命取り、そう分かっているつもりでも最近魔法少女の姿になると考える時間が増えている事に気付く。
魔法少女にはそもそも意味は無い、意味なんか存在しない、それが答えで考えるだけ時間の無駄、それが命取りになる危険な事である事を知っているはずなのにその「意味」が欲しい..綾乃は初めてそういうものを求めている自分に気付く。
魔法少女とは何なのか、何の意味があるのか、いつものように飛び出しながら綾乃はその問いを打ち消して行った。