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デート


綾乃と約束して数日、(かなで)は毎日ドキドキしていた。


「今週の日曜日綾乃さんと会える..」


高校に入学して半年、友達らしい友達も出来ないまま部活にも入部せず、自分の殻に閉じこもり生きて来た(かなで)にとってそれは一大イベントになっていた。しかもそれがあの憧れの綾乃と言う女の子。


「何を話そうかなぁ..」


話題らしい話題も見付からないまま自分の引き出しの無さに愕然とし、本の話をしても退屈させてしまうだろうと考え色々自分の中で弾むような時間を作れるように考えた。しかし友達らしい友達もいない(かなで)にとって素敵な時間を提供するというのは頭の中では出来ても実践するとなれば無理な事ばかりだった。


「綾乃さんは、何が好きなんだろう..」


そんな事を考え始めると全く想像が付かず、本当に自分は綾乃の事を何も知らないんだなと分かりその事にも愕然とした気持ちになってしまう。


「魔法、少女..あの事については触れない方が良いのかな..」


ずっと気になっていた「魔法少女」と言う言葉。絶対に触れてはいけないような、そんな領域の話。


「いや、止めておこう。誰にも言えない事ってあるんだし..」


部屋で独り綾乃の事を考えては一喜一憂し、自分の心が良く動いた。誰かの事を思うって、こんなに感情が良く動くのね..その事自体が(かなで)にとって初めてで、高校生活に色が付いている証拠になっていた。


金曜日になりその日の授業が終わった頃、いつもは早く足早に帰る綾乃が(かなで)の元にやって来る。


(かなで)ちゃん!」


はっ、と一瞬何が起きたか分からずに、床に落としたボールペンを拾い上げ見上げた。


「ね、(かなで)ちゃん、日曜日遊ぶ約束してたよね?これが私の携帯の番号、今かけて私に番号教えて!」


無邪気な少女が紙切れを渡す。(かなで)は急いでその番号に電話をかける。


「よし!これでおっけー!土曜日の夜電話するね、あまり遅い時間にならないと思うけど待っててくれると嬉しいな!」


綾乃がそう言うと足早に教室から出て行った。相変わらず嵐のように去って行く女の子。その清々しさも(かなで)の野暮ったい気持ちを吹き飛ばしてくれる清涼剤のようなものになっていた。


クラスメイトと電話で話をするなんて、この半年では一度も無い。その初めての相手が憧れの女の子からだと思うと興奮して夜も眠れなかった。本の世界の出来事より、この現実の出来事の方が何倍も価値がある、そう思い(かなで)は思わず顔がほころんでしまう。彼女が魔法少女、であるかどうかなどもう何処かに忘れたような、そんな感覚になって行った。


土曜日の夜、夕食を済ませた後部屋でじっと携帯電話の画面を眺めていた。まだかな、まだかな、焦る気持ちと高揚する気持ちを抑えるように、ベッドの上に寝転びながら画面をずっと眺めていた。


「こんな事、普通の人なら普通の事なんだろうな..」


そんな事を考えていたその瞬間、待っていたその時がやって来た。


「もしもし(かなで)ちゃん?綾乃だよ!」

「あ、綾乃さん!こんばんは..」

「私達クラスメイトなんだから呼び捨てで良いよ。」

「あ、いや、でも..」

「じゃあちゃん付けで呼び合おうよ。」


相変わらず綾乃の会話のテンポが良過ぎて呑まれる。でもそれが心地良い。


「じゃあ、綾乃、ちゃん?」

「うん(かなで)ちゃん!それでね明日なんだけど、ただアリスを触るだけだと何か物足りないなぁって思って、だから街に出て一緒に遊ばない?」

「え、ええ!良いのかな..」

(かなで)ちゃんが良かったらなんだけど!」


綾乃と街で遊ぶ..何となく前に夢見たそれが叶おうとしている。


「え、あの、勿論一緒に遊びたいと..」

「じゃあ決定ね!私も久々のお休みだから楽しみだなぁ!」


この無邪気な声を聞いているだけで心が嬉しくなる。多分今人に見られたらとんでもなく引かれる顔をしている事だけは想像が出来る。


「じゃあどこで待ち合わせしよっか?」

「え、ええと、それじゃあ駅前で。」

「おっけー!じゃあ10時頃に駅で待ち合わせねー!」

「あっはい!」


そう言うと電話が切れた。相変わらずの一瞬の嵐。(かなで)は戸惑った。予想を遥かに超えるイベントが増えてしまったから。


「な、何を着て行こう..」


乙女趣味の(かなで)にはファッションの事が良く分からず、少し子供っぽいような私服しか持っておらずより頭を悩ませる事になった。


「あぁでも折角の機会なんだから少し大人っぽく..」


白いシャツに黒いカーディガン、チェック柄の赤いスカート。


「ちょっと学生服っぽいけどこんな感じで良いよね..」


その日は普段は絶対にやらないアイロンがけをし、高揚した気持ちのままベッドに潜り込む。

カーテンの隙間から月の光が差し込む。少し開いたままの窓の外から犬の吠える声が微かに聞こえる。躍動感を持ったまま眠る夜なんていつ以来だろう、そんな事を考えながらも静かに意識が遠退いて行った。



あまり良く眠れないままぼやけた意識でバスに乗り、隣街の待ち合わせとなる駅まで向かった。


「綾乃さんはどんな格好なんだろ..」


普段学生服でしかクラスメイトの格好は見た事が無く、私服の格好なんてほとんど(かなで)は見た事が無い。


「変、じゃないよね..」


そうこうするうちにバスは駅に着き、お金を払いバスを降りた。駅の何処で待ち合わせ、とまでは決めておらず、とりあえず少し早いその時間で周りを見渡す。今日は陽射しが強い。それに暖かく、遊ぶには丁度良い体感温度だった。


「おーい!(かなで)ちゃーん!」


見上げた空から顔を下ろし、正面を見ると前から可憐な少女がこちらに向かって手を振り、笑顔を振りまいている。まるでその女の子がこの日の為に清々しい天気に創り上げたような空気感。


「ごめん、少し遅れちゃった。」


白いシャツに白いカーディガン、紺色のチェックスカートに黒のハイソックス、血色の白い可憐な少女は(かなで)に走って来た息遣いを吹きかける。


「あ、綾乃ちゃん..その格好..」

「あれ?変かな。」

「いえ!可愛過..可愛いです!とても!」

「えへへ、そうかなぁ、あ!(かなで)ちゃんも可愛いねぇ!てか何かあたしら服装似てない?」


確かに比べると私服の感じは綾乃と似ていた。何というか違う高校の制服のような。というか綾乃からはとても良い匂いがした。


「えへへ、じゃあ何処行こっか!映画も良いし、ゲーセンも..んでその後は何処かでお茶したり!」


無邪気な少女は無邪気に一人喋りをする。この瞬間の一瞬一瞬を大事にするように。その姿を見ていられるだけで(かなで)は幸せな気持ちになる。


「わ、私は綾乃さんが行きたい所なら何処でも..」

(かなで)ちゃん、綾乃ちゃんって呼ぶって言ったでしょ。」

「あ、綾乃ちゃんが行きたい所なら何処でも..」

「よし!まずは記念に二人でプリクラ撮ろう!」


何もかも押され気味の(かなで)にとって綾乃の勢いはとても凄いものに感じた、がとてもそれが心地良く、心の中を満たして行く。


「わ、私なんかとプリクラ撮ってもそんな..」

「何言ってるの!私が撮りたいんだから良いでしょ!」


本当にコロコロ表情が豊かに変わる。笑ったり拗ねたり、見ていて美しいと言うよりも、全く飽きない。

ゲームセンターに入ってプリクラを撮り、それをお互い携帯の裏側に貼りながらお喋りをし、前から気になっていた喫茶店で昼食を取り、映画を観ようと綾乃が言い出して恋愛モノの映画を観ては綾乃だけが涙を流し、外を歩くと「泣けたね〜。」などと言いながらあーでもないこーでもない、綾乃はお喋りを続けた。


「あれ?(かなで)ちゃん、何か嬉しい事でもあった?」


そう言われ気が付いた。(かなで)はずっと笑っていた。笑顔でひたすら綾乃の事を見つめていた事に自分で気付けずにいた。


「あっ、いやそのこれは..」

「笑った顔も可愛いぞこのこの!」


この少年のような可憐な少女は本当に楽しそうに話をする。クラスメイトが魅了されるのもこうして接しているとそりゃそうだと納得せざるを得ない。


「あ、綾乃ちゃんは休みの日とかは何をして過ごしてるの..」

「え、私?私はねぇ..ん〜寝たりゲームしたり、寝たり、かな!」


活発に動いているかと思えば意外と自分と似ているんだな、と(かなで)は思った。無邪気で純粋な風貌からは想像がつかない、何となく謎が多いミステリアスな部分も(かなで)は魅力を感じていた部分だった。


「普段はやらなきゃいけない事が多くてねぇ〜なかなか休みが取れなくて。こういう羽を伸ばせるような時は思いっ切り遊んでやらないと時間が勿体無いって感じだからさぁ〜。」


普段やらなきゃいけない事。「魔法、少女」、その言葉が頭をよぎったが静かにそれを打ち消した。


「わ、私なんかで良かったの、かな..他の女の子達とかの方が楽しめたり..」

「何言ってるの!私は(かなで)ちゃんと遊ぶ為に今日張り切って来たのに!」


少し怒られた。怒ったその顔も可愛い。


「ご、ごめんなさい。なんだか私こういうの慣れてなくて..」

「実は私もこういう誰かと思いっ切り遊ぶって事全然無かったんだ〜中々そういう機会無くて。」


え、ちょっと意外。(かなで)はそう思ったが口にはしなかった。


「だから今日は存分に遊んでやろうと思ってさ〜あれ?結構迷惑だった?」

「い、いいえ!あの実は私も綾乃さ..綾乃ちゃんとずっと遊びたいって思ってて、それが叶ってずっと楽しかったんです。」

「それは良かったなぁ、あ!そうそう、そういえばこれ!」


綾乃はバッグから何やら取り出した。


「じゃん!この黒いリボン付けようか迷ったんだけど今付けようかな。」


実は(かなで)も赤いリボンを持って来ていた。ただ気恥ずかしくて付けずにバッグに入れていた。


「わ、私も赤いリボン持って来て..」

「じゃあお互いそれ付けて今日は過ごそうよ!初めて遊んだ記念に!」


(かなで)は内心喜んだ。内心でなくても喜んでいるのだけど。憧れの女の子とリボンをお互いに付けて遊ぶ。それ以上の喜びは(かなで)には無かったのだから。


お互いに頭の横に小さいリボンを付けて夕方まで遊んだ。


「あ、あの..」

「ん?どうしたの(かなで)ちゃん。」

「その、お願いがあって..」

「何?」

「プリクラ..リボン付けたままでもう一回お願い出来ないかな?嫌なら良いんだけど..」

「何だそんな事、何回でも良いよ!撮ろ、撮ろ!」


小さな赤いリボンと黒いリボンを付けた二人の女の子。二人が映ったプリクラをもう一枚携帯に貼り、(かなで)はそのプリクラを一生の宝にしようと誓い、帰ったその日一日部屋の中で写真を眺めて過ごした。


お互いに愛犬アリスの事はすっかり忘れたままで。











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