表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/12

綾乃と奏


あの出来事があってから数日、相変わらず(かなで)は綾乃に直接話し掛けられないまま、和気藹々と綾乃の周りに集まるクラスメイトと話をしている綾乃の事を(かなで)はぼんやり眺めていた。


読んでいる小説に、女の子が女の子を救い出す為その主人公が強くなり最終的にその女の子を救い出す、と言う内容の小説を好きで読んでいた。

(かなで)は本の中に自分の理想を見付け照らし合わせ、頭の中で空想を広げながら独りの時間を過ごす、そういう事が昔から癖になっていてその女の子をいつも自分の憧れの女の子だったら誰だろう..そう考えながら楽しむ時間が好きだった。


「綾乃さんだったら、どうかな..」


そんな事を前はふと照らし合わせたりしたが、今となっては綾乃しか思い浮かぶ人物像がいなかった、と言うより彼女の事ばかり考えている。


「ダメだ私、どうしちゃったんだろう..」


憧れで良いはずなのに、それ以上は望まないはずなのに、心がそれを認めようとしない。


「私、綾乃さんの事、好きなんだ..」


そう認めた途端、不思議と心の中が静かに収まって行く、と同時に熱い思いが込み上げながら(かなで)の心を満たして行く。


川沿いの道が、道路を渡る横断歩道が、いつもすれ違う近所の猫が、学校へ向かう長い長い上り坂が、あの日から輝いて見える。あの笑顔を自分に向けられてからこの世界が違う世界に見えてしまう。本の中の世界よりも自分の世界が輝いて見える事なんて、今まで生きて来て初めての事だった。


「明日、話し掛けてみよう、かな。」


(かなで)の世界が広がって行く。同じ日常の中にある現実が色を帯びて見える不思議な世界。あの子を思うだけで心が満たされて行く。


(かなで)は中学生の頃から三つ編みだった。時代遅れの女の子、と言われてもしょうがないが今まで読んで来た本の童話に出て来る女の子は三つ編みが多い。その影響を受けて三つ編みの女の子に憧れ自分もその髪型のまま学校生活を送っていた。

高校生になったら高校デビューをする子達も多くいるが(かなで)はその波に乗れないまま高校生活を送る事になった。多分風変わりな部分もクラスメイトを遠ざけているような、薄々はそれを感じながらも自分を変える事が出来ないまま教室で過ごす日々を送っていた。


しかし綾乃とのあの時間が自分の中の時間までも突き動かし、このままでは駄目だと感じて野暮ったい三つ編みを止め綾乃の可愛らしいショートカットの髪型と同じにする為髪をバッサリ切った。少しでも綾乃に振り向いてもらえるように..が、実際は自分の席の周りの子の方がその姿に食い付いて来た。


(かなで)さん髪切ったの?どうしたの随分バッサリ行ったね!」


当たり障りない感じで接してくれていたクラスメイトがその変貌に驚いて食い付いて来る。実際は綾乃を振り向かせたいが為のイメチェンだったのだが。


「変、かな..」

「ううん、全然良いよ!可愛らしくてお似合いだよ!びっくりしちゃった!」


口振りからして真実なのだろう。と言う事はやはり三つ編みは野暮ったくて似合わない、と心の中では思っていたんだなぁと(かなで)は複雑な気持ちに(さいな)まれる。しかしその努力をまず見せたい相手からの感想を聞かなければ一歩動き出した意味が無いと(かなで)は思った。

しかし綾乃は何と言うかいつも忙しそうで、周りの友達と話しながらもいつも違う世界を見ているようなそんな女の子だった為に自分の変化など気付いた所で気にも留めないだろう、(かなで)はそんな事を思いながら自ら話し掛けるという決め事を成し遂げられないまま日々は過ぎて行ってしまった。


その日の夕方、いつものように図書室に鍵を掛ける為職員室に寄り鍵を借りて図書室に向かっていた。茜色の夕陽が眩しい午後、渡り廊下を歩き音楽室から流れるピアノの音を聴きながら歩いていた。この曲は..何だったっけ、ドビュッシーの..月の光、だったかな。流行り音楽よりもクラシックを聴いている方が肌に合っていた(かなで)は少しだけ立ち止まって聴き入り、またゆっくりと歩き出した。

すると薄暗い踊り場から会話が聞こえて来る。「誰だろう?」と思いながらも(かなで)は素通りするように図書室に向かい階段を上ろうとした瞬間、聞き覚えのある声を耳にする。

「綾乃?」


「..はい、今日も同じくそちらへ向かいます。回避ミッションの基礎訓練資料には大方目を通しました。新しく入る魔法少女の子達の育成に関する..」


「魔法少女?」

(かなで)は悪いと思いながらも綾乃が電話で話をしている会話を興味本位で聞いてしまった。


「私達魔法少女の回避ミッションには(おおむ)ね理解はしていますが、これから携わる事になる新人に関しては..」


「魔法少女?え?」


綾乃が魔法少女?意味が分からず(かなで)の鼓動は静かに高鳴る。どういう事?ミッション?何の事か分からず動揺してしまう。


「了解しました。新人の女の子達には伝えておきます。では。」


電話が切られる。そのまま(かなで)は気付かれないようにと静かに図書室とは逆の方向へ歩き出した、がそこでミスを侵す、チャリーン。


「ん?誰?」


鍵を落としてしまった。マズい、非常にマズい。逃げようにも逃げられない。


「あっ..」

「あ、なんだ(かなで)ちゃんじゃない!」


いつもの綾乃のように明るく、優しい表情を見せる、がしかし一瞬見惚れたと同時に逃げ出そうとする。


(かなで)ちゃん、鍵落としたよ?これ、(かなで)ちゃんのでしょ?」


動揺を隠せず思わず「あ、はい!」とクラスメイトに敬語を使ってしまう。そのまま鍵を貰い立ち去ろうとしたのだがいつもの調子で綾乃が話し掛けて来る。


「あっ、そういえば(かなで)ちゃん髪切った?何か雰囲気変わったなぁって思って!何かさうちのクラスショートの子あまりいなくて髪短い子増えると嬉しくて!」


(かなで)は戸惑う。さっき聞いてしまった内容、このタイミングで髪型を褒められた事、高鳴る鼓動の中にある微かな高揚感。


「に、似合うかな..」

「すっごい可愛いよ!何かこう文学少女から陸上部に転部した爽やかさみたいな..あれ、何か私変な事言ってる?」


そう、このちょっと外れた感じの、人とテンポが違うんだけど許されてしまう可愛さ、それが綾乃の魅力でもあった。半年以上眺めていたのだから細かい部分まで把握しているつもりだ。しかし今はそれどころではない。


「う、嬉しいな..綾乃さんに褒められるととても..」

「ショートの子が増えるとさ、何か同盟作れそうじゃない?その子達で集まって熱く語るの!」


あぁ、この感じ、この感じが綾乃なのだ。悪意の無い無邪気な明るさ、それでいて人を良い気分にさせるキャラクター。綾乃がモテる理由が充分に理解出来る。私には無いそれらを全て綾乃は持っている。


「私、綾乃..さんに..憧れて、この髪型に..」

「え?何?」


声が小さ過ぎて伝わらない。しかし今はこれが最大限の声だった。


「そういえばこの前話した時撫でたアリスちゃん可愛かったなぁ、また触りたいんだけど触らせてくれる?」


思わぬ言葉で(かなで)はさらに戸惑うがうん、うんと頷いた。


「良かったぁ、私動物見ると触りたくなっちゃって、動物といる時が一番幸せなんだぁ。」


その瞬間あれ?と(かなで)は思う。いつも楽しそうな綾乃が動物といる時が一番幸せとはどういう..いつもはそれ程には楽しくないのだろうかと。


「い、いつでも触らせてあげるよ。」

「本当?じゃあさ今週の日曜日あの場所で会おうよ!あの川沿いの道でアリスに会わせて!」


(かなで)はうん、うんと頷く。全て綾乃のペースに乗せられたまま。


「あ、この後用事があるんだ。携帯の番号は後で教えるから!」


そのまま綾乃は小走りに去って行った、あの時と同じように。可憐で無邪気なその姿に見惚れながらも、冷静に過去の記憶を掘り起こす。


「綾乃さんが魔法少女って..どういう..」


そのまま暫く立ち尽くし、思い出したかのように図書室に向かう。

ぼんやりと日常に還るように独りになった途端、(かなで)は思う。綾乃と会うと嵐のような時間が一瞬で去ってしまう感覚、それでいてとてももの哀しい感覚。他のクラスメイトでは感じられないとてつもない空虚感。綾乃という存在は何なのだろう。

憧れであった存在が違う意味で大きなものに思えて来る感覚。とても儚げで散って行くような、夢の中にいるような時間は何なのだろうかと。













評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ