約束
理不尽な死が世の中には溢れている。こうしている間にも何処かの国では子供が死に、動物までもが人間によって殺傷されている。
「人間なんて、嫌い。」
奏は中学生の頃良くそんな事を考えていた。平凡な日常の中にある窮屈な空気感、家庭の中に蔓延る不安定で不穏な空気、奏は自分とは何なのか、世の中とは何なのか、そんな事を考える誰とも馴染む事の出来ない、馴染む術を知らないそういう女の子だった。毎日独りで過ごすうちに、いつも出る一つの疑問。
「生きてる意味って、あるのかな。」
その答えが出ないまま普通に高校に入学し、何も期待しない学校生活が始まるはずだった、少なくともその時までは。
「奏ちゃんおはよー。」
「奏ちゃん髪切った?凄い可愛いね!」
「奏、どうした?何かあった?」
「奏、大丈夫。どこにも行ったりしないから。」
この女の子との出逢いで私の全ての答えが出た。私の生きる意味、生きて行く意味。例えそれが短い時間であっても大切にしなければならない時間と存在。
アリスとダイヤはその日に願った。私達の願い事。私達の過去の記憶。
お互いに手を繋ぎ合い願った瞬間辺りは光に包まれて視界がぼやける。霧の中にいるような感覚が二人を包み込む。次第に景色が鮮明になり、現実世界とは違う景色が目の前に広がり始める。
奏の過去とは何なのか。綾乃の過去とは何なのか。それぞれ違う記憶を辿りその世界に身を委ねる。
「う、え、う、う、う」
一人の少女がれんげ草の花畑で泣いている。転んで膝を怪我してしまったらしい。
「ほら泣かないの。大丈夫だから。」
「う、え、う..おねぇ..ちゃん..」
そうか、私には前の人生では姉がいたんだ、奏はその光景をただ見つめる。頭には可愛らしい黒いリボン。
「擦りむいたぐらいで泣かないの。ほら、おねぇちゃんのリボン付けてあげるから。」
そうか、私にはちゃんと過去があったんだ、それに可愛らしい妹まで。良かった、ちゃんと私にも過去があったのね..。
綾乃はそう思い一筋の涙を流す。
綾乃、奏..。
そこでお互いに見つめ合う。何故か同じ記憶の景色を二人で見つめている。どういう事なのだろう。そこでお互いに同じ言葉を心の中で呟く。
私達、姉妹だったの..
奏は思い出す。自分が泣いた時綾乃が側にいてくれた時の異様な安心感、泣き終えるとそのまま安心し切って眠くなってしまう事。
綾乃は思い出す。奏の事が心配で心配で仕方が無かった事。あの子は大丈夫だろうか。ちゃんと眠れているだろうか、ちゃんとご飯を食べているだろうか。
私達..
そのまま奏と綾乃は咲き乱れる花畑の景色の中二人の少女のやり取りを眺めていた。
「ほら、行くよ!」
「ま、まって..おねぇちゃん!」
ーーー
桜の花びらが散る季節、前は一人で歩いた桜並木の下、初めて二人で歩いた桜道、散って行く花びらがとても綺麗だった。散った桜の花びらを掬い上げその花びらが風に吹かれて飛んで行く姿を自分と照らし合せているのか、もう見れないという思いを抱きながら眺めているのかを想像した。
たまに帰りに一緒に買って食べたクレープ、お互いに一口づつ交換し合いながら。いつも通い慣れた道、通い慣れた店、食べ歩きながら夕陽に照らされ帰った平穏で穏やかな二人だけの時間。ゆっくりとした時の流れを感じながら歩いたいつもの帰り道。
近所の夏祭り、初めてのお互いの浴衣姿。小さい屋台を二人で回って歩いた。川沿いで見た打上花火、私達もこんな風に儚く散って行くのかな、そう思うと凄く寂しかったけれどとても綺麗な花火に酔いしれた夜、最初で最後の夏の思い出。
奏が渡した片方のイヤフォン、綾乃が知らない音楽をお互いに目を瞑り共有する。目を瞑ると私達が知らない世界が頭の中で広がり、暗闇の中に広がる星々を眺めるプラネタリウムのような空想の鮮やかな景色、多分二人共同じ景色を想像して聴いていた、私が一番聴かせたかった美しい音楽。
空から舞い降りる粉雪、冬服の肩に降り積もる真っ白な雪。いつもの帰り道が鮮やかに輝く真っ白な世界。手袋で掬った雪を空に散らしこの世界そのものを何も無い白に染めるような澄んだ空気の空の下、白い吐息を弾ませはしゃいだ帰り道。頬を赤くし笑顔を見せる女の子。
愛犬のアリス、やはり可愛いと綾乃はひたすら撫でていた。最初に触った時も、きっとアリスは喜んでいた。動物はね、世界を救ってくれる人が分かるんだって、ありがとうって言っていたんだと思う。でもごめんね、もう逢えないけれど、あなたの事は忘れない。
ーーね、綾乃。桜綺麗だったね、あの時何を思ってたの?
ーーね、綾乃。あのクレープ、美味しかったね。いっつも同じの頼んでたけど。
ーーね、綾乃。浴衣姿綺麗だったよ、髪飾りなんか付けちゃって、らしくないっていうか。
ーーね、綾乃。一緒に聴いた曲どうだった?初めて聴いたって言ってたね、うっとりした顔覚えてる。
ーーね、綾乃。一緒に巻いたマフラー、温かかったね。あなたのその無邪気さがズルかった。
ね、綾乃。この世界は素晴らしいって事、教えてくれてありがとう、絶対口にはしないけど。
私達の時間が終わる。私達の青春の時間。永遠と続くように思われる時間も実は大した時間の長さではなく一瞬の煌めきのようなもの。私達の歴史はたった十数年間のように思われるが、長い長い繋がりの中で生かされている事、廻り巡ってこうして同じ出逢いを繰り返す、そんな存在でしかない。
私達の出逢いはこれで終わりではない。何度でも繰り返すその運命を受け入れ、また新しい世界を共に生きて行く。その素晴らしい出逢いを次に果たす為、私達はこの惑星を守る為に存在する魔法少女。
「ねぇダイヤ。」
「何?アリス。」
「今度逢う時はさ、黒いリボンじゃなくて赤いリボンにしようよ。それでお互いのリボンを交換するの。」
「それ、良いね。そうしよう。さぁ行くよ!アリス!」
「うん行こう!ダイヤ!」
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昔、この惑星に大きな隕石が堕ち甚大な被害が出たのだという。大きな数の死傷者が出たという話。今日がその日にあたるらしいが、本当の所は分からない。小さい女の子は歴史の絵本を読んで過ごしていた。意味が分かっていたのかは良く分からないが。
この街に引っ越して来て初日。親の都合で住んでいた場所が変わり、今日から新しい生活が始まった。赤いリボンをした女の子はぼんやり親の荷物出しを眺めていた。何もする事が無いらしい。
「彩音〜こっちいらっしゃい!お隣さんに挨拶しに行くから!」
お母さんが呼んでいる。はっとぼやけた眼を開き、お母さんの元へと駆け寄る。今日は日差しが強い。お母さんが彩音に麦わら帽子を被せる。
「ホントすみませんバタバタしちゃって、これから少しうるさくなりますが..これつまらないものですがもし良かったら..」
お母さんがお隣さんと何かを喋っている、とその家の扉の奥から女の子が覗いている。
「あら、お子さんですか?可愛い女の子!うちのと同じくらいの..」
「あ、そうなんです、ほら楓、挨拶しなさい。」
「こ、こんにちわ..」
「こ、こんにちわ..あ、その赤いリボン可愛いね!」
今日もこの蒼い惑星は廻っている。何かに守られながらも、静かなようでいて、早いスピードで。その時間に逆らう事無く、素晴らしい出逢いを微かに願い生きる人々の希望と願いを乗せながら、多分静かに、ゆっくりと。