また逢おう
「ねぇ、ダイヤ。」
「何?アリス。」
「今度逢う時はさ、黒いリボンじゃなくて赤いリボンにしようよ。それでお互いのリボンを交換するの。」
「それ、良いね、そうしよう。さぁ行くよ!アリス!」
「うん行こう!ダイヤ!」
ーーーーーーーーーーーーーーー
奏は読書が好きだった。その日の夕方も部屋でぼんやり本を読んでいた。読む本と言えばファンタジー、乙女が恋する恋愛小説、そういう非現実な物語の中に自ら入り込む事によって空想の旅に出る、そういう事が好きな女の子だった。
高校1年生だと言うのにこういう子供染みた事から抜けられず、誰かと一緒に過ごす事よりも独りで過ごす事が好きな、そんな女の子だった。
クラスの中でも奏は目立つ女の子ではなく、一歩引いて周りを眺めているような大人しい性格で周りに馴染むというよりは周りに合わせる、そうする事で孤立しないようにやり過ごす、そんな学校生活を送っていた。
そんな奏にも気になる、というより憧れている女の子がクラスにいた。綾乃と言う女の子だ。彼女の周りにはいつも人が集まっていてクラスの中でも人気者の1人で、だからと言って偉ぶった態度も無く、分け隔てなく周りの人達と接して笑顔が絶えない魅力的なショートカットの女の子。それを後ろ離れた席からぼんやり、奏は眺めながら毎日を過ごしていた。
彼女に惹かれたのはその周りの人達を集めるような華やかさ、そういう理由もあったが奏が綾乃に1番惹かれたのは時折見せる儚さ、何処か遠くへ行ってしまいそうな掴み所が無い雰囲気、そして透き通るような肌の白さ、そういう非現実的な存在を象徴させるような空気感に魅せられて自分から話掛けた事は無いが、遠くから眺めているだけでも充分に満たされた気持ちになっていた。
高校生活が始まり半年、特別仲が良いと言える友達も出来ないまま図書室管理という部活とは言えないものに所属しながら1人毎日帰っていた。帰り道いつも通る川沿いの道から照らす夕日を眺めながら、こんな風に高校生活はあっという間に終わってしまうんだろうな、そんな事をいつも考えながら休日は自分の部屋で過ごす事が多い日々を送っていた。
奏は赤いリボンが好きで休みの日は頭に小さな赤いリボンを付けて過ごした。こんな少女趣味をクラスの人達に知られては恥ずかしい、せめて休みの日くらいは...そう思いながら小さな赤いリボンを髪に付け、日課の愛犬の散歩に出掛ける。ただその日は運が悪かったのか、自分にとってツイてない出来事が起こる。愛犬のミニチュアダックスの首輪が外れ、予期せぬ方向へ走って行く。本当にツイていないと分かったのはその先にある光景を目にした後だった。1人の少女が愛犬を優しく撫でている。その撫でている女の子がクラスの綾乃だったのだ。
「あれ?奏ちゃん?」
「あ、綾乃さん⁉︎何でここに...」
「ちょっと頼まれごとがあってこっちの方来たんだ。奏ちゃんの家ってこの辺なの?」
「え、えぇそうなんです..休みの日はこの辺を歩いてうちの愛犬を散歩させてて..」
「わ、この子可愛いね!名前は?」
そう聞かれた途端戸惑った。少女趣味が行き過ぎたせいか幼い頃親に泣きながら犬の名前をせがんで付けさせたのがあるからだ。
「名前は..アリスです。」
「アリスかぁー可愛いね!女の子?男の子?」
キラキラした女の子がキラキラした瞳で聞いて来る。吸い込まれそうな瞳。とても幸せな気持ち半分、残念な気持ち半分。
「女の子。」
「女の子かぁ、私達と一緒だね!」
そう言いながら綾乃はひたすら愛犬をわしゃわしゃ撫でている。こんな可憐で無邪気な少女の前で立ち尽くす自分、少し惨めな気持ちになって行く。それと同時に心臓が止まるような、とてつもない事を彼女は指摘して来た。
「あれ?奏ちゃん、その頭に付けてるの...」
しまった。愛犬に必死になっていて外すのを忘れていた。しかもそれを見られたのが憧れである綾乃と言う女の子である事実を自分が受け止めきれていない。
「こ、これは...」
「可愛いリボンだね!私も頭に付けてるんだぁ。」
そう言って綾乃は頭の横に付けている小さな黒いリボンを奏に見せる。
「え..」
素っ頓狂な表情を綾乃に見せてしまいますます残念な気持ちになってしまう。それと同時に同じように頭にリボンを付けている女の子が目の前にいる事、それが綾乃である事に驚きを隠せない。
「綾乃さんも..」
「私こういうリボン好きなんだけど、流石に学校で付けてたらちょっと変かなぁって思ってて、こういう外にいるような時はこうして付けて出歩くのが好きなんだ。」
「そ、そうなんですか。あはは..」
奏は情けない声でそう呟き、驚きと安心が入り混じった溜息を漏らしてそのまま綾乃にあやされているアリスをぼんやり眺めていた。
「く、黒いリボンなんて珍しいですね..」
憧れの女の子の前では上手く口が回らない。
「そうなんだぁ、昔から黒いリボンが好きでね、髪の毛に付ける時もあれば腕に付ける時もあるんだよ。こうして頭に付けてる所見られるのはちょっと恥ずかしいかなぁ。」
屈託無く話す綾乃の表情はとても輝いて見えて、よりみずぼらしく赤リボンを付けた自分が際立つように思えた。
「私血色白くて、結構それがコンプレックスでね、黒いモノ好きって言うか、白猫よりは黒猫、光よりは漆黒の闇みたいな。」
そう言いながら綾乃は笑う。この時間がいつまでも続けば良いのに、そんな事を考えている自分に気付く。
「あ、もうこんな時間だ!そろそろ行かないと!バイバイ奏ちゃん!さよならアリス!」
そう言いながら綾乃は小走りに去って行った。憧れの女の子との束の間の時間。こんな幸せな時間を過ごしたのはこの半年間であっただろうか、そんな事を考えながら抱き抱えたアリスに外れた首輪を付けてやる。不思議とアリスも嬉しそうな表情をしている、ように見えた。