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イザナリアの詩  作者: 細野田津興
8/10

第8話

これは、ファンタジー世界「クナウザス」およびその一人用コンピュータTRPGとして開発された「クナウザスRPG」を題材にした小説です。

公式ホームページ:https://soyucircle.jimdo.com/

クナウザスRPGダウンロード:https://freegame-mugen.jp/roleplaying/game_5667.html


「俺が死体?」

 ルッソが、ソーンの言葉をそのまま反芻するようにつぶやいた。

「ああ」

 ソーンは、直前の狂乱が嘘のように落ち着いていた。否、放心といった表現の方が近いだろう。予測の一つとしてあったものの、その事実を飲み込むのには時間がかかる。

死体蘇生術ネクロマンスの一種か? しかし本物を―」

「と、とりあえず包帯を―」

 マリンはそんな二人のことはつゆ知らず、必死にソーンの傷口に包帯を巻きつけていた。モンスターと同じく、血が滲みもしないことには気付かない。

「―」

 ルッソの脚をもいだ……といっても事故のようなものだが、モンスターはおろおろと途方に暮れたように佇んでいた。それは直前までの操り人形のようなものでなく、これから起こる何かに怯えているようでもあった。

「―」

 突如、そのモンスターの動きが止まり、灰と化した。降り注ぐ灰にマリンはせき込み、毛に絡まったのを払うべく体をぶるっと震わせた。

「⁉」

 他のモンスターも、恐れおののいた様子で身を引いた。

 ソーンの仕業ではない、ルッソも違う、ましてマリンでもなかった。何か別の、大いなる力がそれを成したのだ。

(……しめた)

 呆気にとられた3人の中で、一番初めに我に返ったソーンの体に力がよみがえる。何かは解らないが、モンスターは引いている。今ならルッソを手に入れるチャンスだ。

「おっと、動くなよ」

 ルッソが釘を刺し、ソーンは思わず動かしかけた足を止めた。

 少し前までの、ぼんやりした少年の姿はそこにない。まるで別人のような抜け目ない顔をしたルッソがそこにいた。3人が3人とも、この短時間に一様に変貌を遂げているが、状況や決意で代わったソーンとマリンと違い、ルッソのそれは何かが違った。

「俺は腕がいい」

 小石をもてあそびながらルッソが言う。

「……小石で私をどうにかできるとでも?」

「さあな……けど当たるとあんたでも痛いだろう?」

 にやり、そんな表現が似合う笑みをルッソが浮かべる。マリンを抱きすくめると、それを支えにするように片足で立った。

「ちょ、ちょっとルッソ⁉」

「あわてるなよマリン」

 立場は既に逆転している。慌てふためくマリンをルッソが宥めて、この場を逃げようとしているのだ。

「だ、大丈夫なの⁉」

「ああ、痛くない」

「そ、それって余計危ないんじゃない?」

「……あ~、少し痛いかな?」

「よ、よかった」

(かなり動転してるな)

 ルッソが冷静に分析する、そしてそれに若干の戸惑いを覚えていた。つい今しがたまで、自分はそれについて何もわかっていなかったはずなのに、今は手に取るようにわかっている。なのにそこに至る過程がまだ思い出せないのだ、生まれ育って形成された人格の所以がわからないというのは、実に気味が悪かった。そして、ソーンの言葉が正しければ自分は『死体』なのだという。

 ゾンビだとでも言うのだろうか? 信じられないが、そうでもなければこの体の状態は説明がつかニ。

「まずはあの禿げ野郎をなんとかしないとな」

 ルッソがソーンを睨んだ。ルッソがそうしているように、ソーンもルッソの隙を虎視眈々と狙っているのだ。

「そ、そうね」

「モンスターは?」

「入ってこないわ」

 ならば、ソーンに集中するべきだ。ルッソはそう思った。

 ソーンの魔法は強大だ、体術もマリンを手玉に取るほどである、真正面から向かうのは得策ではない。ルッソの身を盾に接近し数の利を活かすべきであるが、肝心の機動力がない。

(ちくしょう)

 足がつぶれたことがつくづく悔やまれる。

「る、ルッソ?」

「ああ」

 悔やむ暇はない、ソーンをどうにかしないと。

「“ファイヤーボール”‼」

 ソーンが火球を放つ、これはマリンを狙ったものだった。

「避けろ!」

 言われずとも、マリンは避ける。これ自体はそれほど難しいものではない。

「どこまで逃げ切れるかな?」

 ソーンの声に、自信めいたものが混じっていた。

「くそったれが!」

 ルッソには毒づく事しかできない。マリンの回避行動は容易である、問題はどこまで体力が続くかだ。

 ソーンの魔力も無限ではない、いずれ魔力切れを起こすはずだが、あの様子では相当の自信を持っているようだった。モンスターとの戦闘で消耗しているはずなのに、かなりのスタミナだ。

「にゃっ……」

 反撃に転じようとしたマリンが、それを見透かされて放たれた魔法を辛うじて躱す。ソーンは、完全にマリンの動きを見切っていた。

「くっ!」 

 どうにか立とうとしたルッソだが、片足ではふらふらと立つのがやっと、動くことなど及びもつかなそうだ。先ほど威嚇していた石も、座った状態では大した攻撃にならない。

「マリン、逃げろ!」

「してるわよ!」

「そうじゃなくて! ここからだ!」

 ルッソの言わんとしていることは明白だ、自分を置いて、逃げろ。結局のところ、ソーンにしろモンスターにしろルッソを狙っているのだ、マリンを追ってはいない。

「できるわけないでしょ!」

 そしてそれを理解できていても、マリンは拒否した。ヒロイズムに酔っている側面もあるが、彼女の心がそれをさせなかった。

「 “ソニックファング”」

 ソーンの放った魔法は、はるかマリンの手前に着弾する。

「どこ狙ってんのよ下手くそ!」

「ばか! 違う!」

 ルッソの言葉通りだった、地面をえぐった風魔法は以前よりも威力が落ちている。それは意図したものだった、地面を然程貫通せずに解放された風の塊は、砂と小石を巻き上げて二人に降り注ぐ。

「くっ」

「 “ソニックファング”」

「きゃあ!」

「マリン!」

 一発目は囮、二発目の本命がマリンを直撃する。巻き上げらえた埃が途切れて軌道は読めた、だが、目を塞がれていては避けようもない。嫌らしく、威力をわざと下げてある。足止めが目的だ。

「 “ソニックファング”」

 本命の2発目を、ルッソが辛うじてわが身を盾に防いだ。かき消える魔法を見ると、いったい自分は何なのだろうかという不安がことさら大きくなっていく。

「ルッソ!」

「何ともない」

 何ともないが、状況は悪くなる一方だった。

打開策は何もなく、ひたすら消耗していくのみである。

(もう少し……)

 ソーンは必死にはやる気持ちを抑える。もう少しで手に……。

「?」

「……浮いた⁉」

 ソーンは浮いた、それ自体は珍しくもない。ただ、この場でする意味が全く分からなかったし、自分で意図したものではなかった。

「なん―」

 それが、フィンダース、ソン・ソーンの最期の言葉だった。彼は内部から腐敗し弾ける果物のごとく、その身を破裂させた。


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