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イザナリアの詩  作者: 細野田津興
7/10

第7話

これは、ファンタジー世界「クナウザス」およびその一人用コンピュータTRPGとして開発された「クナウザスRPG」を題材にした小説です。

公式ホームページ:https://soyucircle.jimdo.com/

クナウザスRPGダウンロード:https://freegame-mugen.jp/roleplaying/game_5667.html

「危ない」

「きゃ」

 ルッソがマリンを抱きかかえて飛び出す、と同時にそれまでマリンがいた場所に砕けた巨大な天井石が降り注いだ。そのままいれば、のしイカのようになっていただろう。

「きたみたいね」

 マリンがルッソから離れて爪を引き出し天井を見上げて唸る。とうとうモンスターたちが牙城を崩し始めたらしかった。遠吠えだったうめき声は最早直接二人の耳に届き始めている。砂と小石がまた降り注ぎ、マリンはせき込んだ。

「どうしよう?」

 相も変わらずルッソは緊張感がない。絶望的状況だとわかっているが、命に執着が薄く実感が湧かないのだ。

「当たって砕けろ、よ」

 マリンにはもちろんそんなつもりはない、夢を語りそれに歩みだす勇気を得た彼女はもはや以前のそれではない。足掻き喚き、絶対に生き残ってやる、覚悟を決めた強い意志が全身を鼓舞しているのだ。

「天井が崩れるわ!」

「わあ」

 天井に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、まばゆい外光が降り注ぐ。だが、それはすぐに巨大な白い手によって遮られた。モンスターの手だ。不快なあの叫び声が洞窟に響いて木霊する。

「来たわ!」

 降り注ぐ天井の石片を躱しつつマリンが叫ぶ。手がルッソ目がけて伸びていく、やはり狙いはルッソ一直線だ。

「走るのよ!」

「走ってるよ」

 走っていても、逃げ場はない。入り口は塞がれ天井は遥か上空だ。策があるわけではない、しかし逃げねば潰されるだけだ。

「にゃっ‼」

 マリンが苦し紛れに手の隅っこを引っ掻いた。食い込んだ爪が皮膚を切り裂くが、血も流れない。

「ダメ!」

 ルッソは石を投げてみるが、感覚すら与えられたのかすら怪しい。そもそもソーンの魔法でも揺るぎもしない耐久力なのだ。

「きゃあ!」

「わー」

 手の風圧で、二人は紙のように吹き飛ばされ強かに石の床にたたきつけられる。戦いではない、死ぬのを必死に先延ばしにしているだけだ。

 そんな二人の前に、躍り出る影があった。

「見つけたぞ!」

「⁉」

 その影はマリンを抱きすくめると、首を抑えてルッソを威圧する。ルッソがそれが何かを理解するのに、数秒を要した。

片足に、ぼろぼろのロープ、灰色に赤い刺青の露わな肌がその隙間から伺える。

「あ、さっきの」

 ソーンである。余裕のある雰囲気は消え、目は血走り、より暴力性が増している。

「は、はなしなさい!」

 マリンがソーンの戒めから逃れようと必死に足掻く。だがソーンの力には抗えなかった。

「私が諦めると思うか!」

 マリンがソーンの腕に爪を立てるが、ソーンはちらと見るだけで何も感じていないようだった。モンスターとの遭遇が余程堪えたのだろう、一種の興奮状態に陥っているのだ。

「マリンを―」

 ルッソは最後まで言い切れなった。自分を包み込まんとする手の陰に覆われ、逃れることを余儀なくされる。

「そいつを黙らせろ!」

「ええ?」

 辛うじて躱したルッソは、ソーンの言葉に当惑する。

「どうやって?」

「お前の仲間だろ! 黙らせろ」

「そんな無茶苦茶な……」

 言いかけたルッソは、迫る指にあわてて身を屈めた。当然ながらモンスターは待ってくれない。

「早くしろ!」

「あ、あんたおかしいんじゃないの⁉」

 マリンの声も届いていない。ソーンは半ば錯乱状態である。

「薬草摘みにきたのに」

 思わずルッソは愚痴りその事実にハッとする。今まではそんなことを思うことすらしなかったのだ。

(やっぱり僕は変わってきてるのかな)

 必死に逃げつつも、ルッソはそう述懐する。

「“ソニックファング”‼」

 ソーンがモンスターに向けて風魔法を放った、ダメージこそ与えられないが、衝撃でわずかに後退させることはできる。だが、続々モンスターが入ってくればいずれ質量で押しつぶされてしまうだろう。

「離して!」

「うるさい!」

 ソーンがマリンを殴った。

「あ」

 ルッソは金縛りにあったようにその光景を見て体が動かなくなった。何かわからないが、心の奥底がざわめく予感が身を襲ったのだ。

「おい少年動くな、私の―」

 駆けだしていた。

 ルッソは一心不乱に駆けだしていた。

 モンスターも、マリンすらも見えていないのかもしれない、ただただソーンに向かって駆けだしていた。

「⁉ 止まれ!」

 ソーンが声をあげるがルッソは足を少しもゆるめなかった。

「ちい!」

 ソーンが炎魔法を放った、狙いはルッソではない、地面をえぐった石の破片である。

「‼」

 砕けた石の一部がぶつかってルッソはよろめく。

「―‼」

「ルッソ‼」

 モンスターはそこを見逃さなかった。巨大な手でルッソを地面ごと握り込み捉える。

「くっ、だめか」

 ソーンが毒づく、あの巨兵とルッソには何か関係があるのではないかという推測だったが、それも泡沫と消えた。かくなる上は移動魔法で逃げるが勝ちだ。

「とお」

 と、ルッソがモンスターの手のひらから零れ落ちた、なまじ巨大なために開いてしまった隙間から抜け出たのだ。

「マリンを離し―」

 ルッソは最後まで言い切れなかった、零れ落ちたのは彼ばかりではなく一緒に掬い上げた土石もなのだ。その大きな破片が、ルッソを押しつぶした。

「いやああ⁉」

「なっ」

 マリンが絶叫し、ソーンが絶句する。モンスターすらも、動きを止めた。

「ルッソ‼」

「う、動くな!」

 ソーンがマリンを抑える。モンスターが慌てた様子で石をどかせた。

「ん」

「ルッソ‼ 大丈夫⁉」

「うん、なんともないよ」

 マリンは言葉を失った。ルッソの左足が、無い。千切れていた。

「おっと」

 バランスを崩してルッソが倒れこむ、だがそれも支えを失って倒れただけ、痛みを感じている様子がまるでなかった。

「あ」

「あ、ああ……」

 マリンがガタガタと震えだす、ルッソの大怪我は踏破者生活でみたこともない凄まじいものだ。頭がパニックを起こしてまともに働かない。

「こ、これもか?」

 ソーンも例外ではなかった、『古代魔法』の効果は予想していたが、これはそういう技術の問題なのだろうか? まるで―

「まさか……」

 ソーンの頭に、ひとつの疑念が浮かんだ。

「ルッソ!」

 そのすきを逃さずにマリンは戒めを解いてルッソに駆け寄った。気味悪がったり、異常性を問うのは二の次だ。とにかくルッソを助けたかった。

「やあ」

「ああ、ああ」

 マリンはルッソの足を持ってあたふたする、どうしたらいいのか全く分からない。

「マリン、落ち着けよ」

「く、薬!」

 マリンは大慌てで薬草粉をかけるが千切れた傷には意味がない。動転して、ルッソの言動の変化にも気づかなかった。

「そうか」

 ソーンが呟いた。

「お前は、死体なのか」

 応じるように、モンスターが咆哮した。

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