第6話
これは、ファンタジー世界「クナウザス」およびその一人用コンピュータTRPGとして開発された「クナウザスRPG」を題材にした小説です。
公式ホームページ:https://soyucircle.jimdo.com/
クナウザスRPGダウンロード:https://freegame-mugen.jp/roleplaying/game_5667.html
「ふう……」
力なく硬い石床に身を横たえたマリンの口から洩れたのは安堵ではなく、諦念のため息だった。
「―」
「―」
分厚い岩窟を通って、モンスターの呻きと地鳴りが伝わってくる。時折剥がれ落ちてくる石壁を見るに、『入る』ことを諦めて地盤ごと『こじ開け』ようとしているらしかった。彼らにはクルミを割るようなものなのだろう、時間も手間もかかりはするが無茶ではない。
「これ以上いけないね」
奥に行っていたルッソが感慨もなく言い終え、マリンの隣に座った。いつもなら腹の一つも立つところだが、今は却ってそれがありがたかった。こうなればもう、腹を括るしかない。
「どうしよう?」
「あんた魔法使える?」
「使えない……と思うよ」
「ちょっとやってみなさいよ」
「むう」
ルッソは言われたとおりに、ソーンの真似で強く念じてみる。
「ソニ……ソニット……」
「“ソニックファング”よ」
「“ソニックファング”」
何も起こらない。
「はあ……」
マリンは匙を投げた。ルッソに関しては考えても仕方ないのかもしれない。
「―」
咆哮がわずかに大きくなっている気がする、少しづつだが確実に手は迫っているらしかった。
「ごめんね」
察したわけではないが、ルッソはマリンの項垂れた様を見て謝罪した。
「なんで謝るのよ」
「だって僕のせいじゃないの?」
「ああもう」
マリンは焦れたようにルッソの目を覗き込む。
「あんたはあたしを助けたでしょ? それは良いこと……何言ってるのよあたしは」
「?」
「もう」
相変わらず意思の疎通は難しい。あれこれ考えるよりも休むべきとマリンは判断した。
いずれ洞窟を突き破ってくるだろうモンスターから逃げるための体力を回復しておかなければいけない。
「あのモンスター、本当に知らないの?」
「うん」
「関係はしてるんだろうけど……あんたの主人関係かもしれないわね」
「主人?」
「だからあんたは逃げ出したわけじゃない? それを追いかけてあれをよこしたってわけよ」
ルッソは顔も存在も定かでない主人を思う、果たしてその意図は何なのだろう。奴隷を逃さないにしても、ここまでやらなければいけない理由にもならない。それとも、ルッソには別に価値があるというのか。
「本当に何も覚えてないの?」
「うん、でもなんだか少しづつ気持ちがわかってるような気もするよ」
「はあ」
マリンは体中に被った土を払い丁寧に舐める。自慢の毛並みが台無しだ。
「全くこんなの初めてよ」
「冒険してきて初めて?」
「まあ、そうね」
ルッソはどこか納得したように手をポンと叩いた。
「ならしょうがないね」
「……」
マリンは呆れて匙を投げた。
「本当にもう」
「そういえばマリンの話は?」
「は?」
「ぼく、マリンのこと全然知らない」
「し、知りたいの?」
もじおもじしながら言うマリンに、ルッソは頷く。残念なことに彼には赤らめた頬がわからない、もともとスクージーは目以外で感情を察するのが難しい種族ではあるが。
どうしてそういうセリフをこう平気で言えるんだろうとマリンは内心ため息をついた。
「……いいわよ、どうせ他にすることもないしね」
「ありがとう」
「あたしの家族は全員踏破者だったのよ」
「すごいね」
「で、あたしも当然そういうふうに育てられたの。訓練して、本を読んで」
語るマリンの言葉には、誇らしさはにじみ出ていなかった。どこか自嘲的で覇気がない。
「そして今……今」
マリンは言葉を切って、たっぷり深呼吸をした。
「初めての冒険に出てるの。見習の最後よ」
マリンは言い終えて、恐々とルッソを伺う。旅に出て初めて真実を打ち明けた相手だった。
「え、ベテランじゃないの?」
「だから今まで……察しなさいよバカ!」
「?」
マリンは再び大の字に寝転ぶ、顔に天井の砂埃が落ちてきた、モンスターたちはさらに近くに迫っているようだった。
「みんな“踏破者”だとあたしだけ別の事したいって言えないのよ!」
「別の事って?」
「……笑わない?」
「たぶん」
「そこは笑わないって嘘でもいうの!」
マリンは天井をみたままで答える。
「……小説家」
「小説を書く人?」
「それ以外なにがあるのよ」
「ふうん」
ルッソはそれを聞いた、否、聞くだけだった。どういうことを意味するかよくわからなかった。だから、思った通りに言うことにした。
「いいんじゃない?」
「……そう思う?」
「うん」
マリンは神経質に髭を撫でる。
「本当に?」
「? うん」
ルッソは頷く。なんとなく、羨ましかった自分にはそういったものがなにもないのだ。
「応援、してくれるの?」
「そうだね」
マリンがようやく笑顔を見せた。始めて夢を明かせたことによる安堵で、危機的状況にも関わらずつい出てしまった。
周囲、家族にも彼女は一度もその夢を語ったことがない。スクージーには物書きになるものが少なく、種族的な観念から奇異の目で
見られるのが常だった。それに自分が本当になれるかもわからない、彼女は逃げたのだ、夢に向かって砕けるよりも己を誤魔化すほうが楽だ。
だが、砕けてみるのも悪くないと思い始めた。
「ルッソ、あんたを助手にしてあげる」
「助手?」
「作家の助手よ、こき使ってあげるんだから」