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イザナリアの詩  作者: 細野田津興
3/10

第3話

これは、ファンタジー世界「クナウザス」およびその一人用コンピュータTRPGとして開発された「クナウザスRPG」を題材にした小説です。

公式ホームページ:https://soyucircle.jimdo.com/

クナウザスRPGダウンロード:https://freegame-mugen.jp/roleplaying/game_5667.html

 ルッソとマリンが、二人を追跡しているソーンに気付かないのは未熟さもあるがソーンの追跡術が優れていたからである。魔法による足音体臭諸々の隠ぺいは、初歩の初歩。それらを完璧にこなしているかどうかで、その使い手の腕をある程度察することができる。

それを踏まえて、ソーンは凄腕といっていい。スクージ―の種族特性として察知能力に優れているマリンを完全に欺いていたからだ。

歩み一つをもってしても、その動きに至るまでの長い積み重ねを感じさせられた。

(もし、もし私の読みが正しければ、あれは古代魔法のはずだ)

 栄誉も栄華も、ソーンには縁遠かった。彼は決して非凡ではない、だがそれ以上でもない。だからこそ、熱意が募る。久しく忘れていた、いや忘れたつもりだった野心に火が付いたのだ。今や伝承の彼方、おとぎ話とすら言われていた古代魔法を手中に収めることができたなら……。

(あの娘が邪魔だな……)

 今や、ソーンは“それ”を完全に手中に収めた狩人である。銃口を向けられた哀れな子羊二匹は、他愛無い雑談に花を咲かせていた。

「ふうん、召使ね」

「店長はそういってたよ」

 マリンが探るようにルッソの全身を見回す。

「あんたはそう思うの?」

「うん」

「いい? 奴隷は禁止されてるのよ、せかっく逃げてきたんだから人生を有意義にすごさなきゃ」

「う~ん」

 と言われても、ルッソにはピンとこない。奴隷がよくないものだとはなんとなくわかるのだが、その感覚がどうにも薄い。結局は己の感性一つで地獄も天国だ。

「あんなところにいつまでもいたくないでしょ? どう、踏破者は」

「う~ん」

「もう、あたしはねー」

 マリンはルッソを誘いたいが素直に言えず、ルッソはそれに気づけない。なんとももどかしくちぐはぐな二人だった。

「むっ」

「どうしたの?」

「前の茂み、何かいるわね」

 マリンが足を止めたのを合図にするように。茂みから2匹のゴブリンが飛び出してきた。 

餓鬼のような腹だけ出た緑色の肉体に、べたつく不快な汚れを纏い、敵意に満ちた卑しい目で二人を睨んで涎を地面に吸いたい放題に垂れ流していた。

マリンはルッソを庇うように腕で制して、後ずさり襲撃に備える。当のルッソはと言えば、ゴブリンに珍しさを感じている有様だが。マリンがいなければ、頭を撫でるつもりで近づいて行っていたかもしれない。

「魔物?」

「そ、ゴブリンよ」

「よく気づいたね」

「踏破者の基本よ。あたしから隠れるのなんて無理なんだから」

 得意げに言うマリンに、後方の木陰にいたソーンは思わず苦笑する。

「で、どうすればいいの?」

「こんなゴブリンあたしの相手じゃないわ、戦いっていうものを見せてあげる」

 マリンはゴブリンから目を離さずに、低く構えを取る。スクージーらしく、恵まれた身体能力を活かした格闘戦が彼女の戦法だ。

「あんたは下がってなさい。素人にはゴブリンだって危ないんだから」

「大丈夫?」

「ゴブリンなんかにあたしが苦戦すると思う? 黙ってなさい」

「でも、ボアの時―」

「な、なんのことかしら?」

「かあっ!」

 焦れたように、ゴブリンが飛びかかってきた。通常群れる上に、木の枝や石などで最低限の武装をしているのが常だがこの2匹にはそのどちらもない。はぐれものが食糧に事欠いて、とりあえず近場の獲物に襲い掛かったのだろう。

「よっと」

 マリンは軽やかにゴブリンの引っ掻きを避ける。当たるわけもない遅い振りに加え、被弾したところで大した傷にもならないが、黄ばんで垢の貯まった爪とそのあとに続く噛みつきの熱烈な歓迎は是非とも避けたかった。

「にゃ!」

 お返しとばかりに、マリンの爪がゴブリンを薙いだ。太古から培ったその刃は、何もせずとも小刀並みの切れ味を誇っている。強手ともなると鎧を易々と切り裂くほどである。

「き」

 ゴブリンは断末魔の叫び声をあげることもなく斃れ伏した。もう一匹は、それに恐れをなしたように茂みに飛び込んで逃げ出した。

 マリンは外連味たっぷりの動作で爪を仕舞い、髭を撫でつけ気取って一礼した。

「ま、こんなもんね」

「おお~」

 ルッソは拍手を送る。感嘆の意思はまだまだ薄いが、それでもそうすべきだと店主に教え込まれていた。

「拍手が小さいわよ」

「あ、ごめん」

 マリンは得意満面だった。ようやく誇らしい姿を見せられたのだから当然である。

(小娘だと思っていたが中々やるな)

 そしてそれは追跡者たるソーンにも少なからず影響を与えていた。場合によっては実力行使も考えていたソーンだが、その考えを改めざるを得ない。未熟ではあるが、そう楽に突破できる相手でもなさそうだ。

「こんなのは序の口なんだから」

 そういうと、マリンは見せびらかすように服から小さな宝石を取り出して、斃れたゴブリンに翳した。

「?」

ルッソの見ている前で、ゴブリンの躯が宝石から放たれた光に包まれると音もなく、数枚の金貨に変わった。

「あれ?」

「冒険者の必需品『換金石』よ」

 マリンが金貨を拾い上げて言う。要は、手数料を徴収される代わりにその場で対象を金貨に変えてもらう魔法の道具である。無論、全てを自分でやれば手間賃は節約できるが、時間と労力を秤にかければ自ずとどちらが楽かはわかる。駆け出しの“踏破者”程この道具に頼る傾向があった。

「それ格好いいね」

「そう? 欲しい?」

 思いがけないルッソの言葉に、マリンは撒き餌をちらつかせながら誘う。

「う~ん……うん、欲しい」

「じゃ、じゃ、あたしと一緒にくる?」

 その言葉は、マリンが随分勇気を振り絞って出したものだった。

「ん? なんで?」

「は?」

「売ってるところとか、あるとこを教えてくれれば自分で行くよ」

「! ばか!」

 マリンは全身の毛を逆立てて、猫そっくりに唸った。尻尾は倍ほどに膨れて、見開かれた黒目が丸くなる。

「ばかばかばか!」

「? ごめん」

「そういうのがばかなのよ! このばか!」

「? ?」

 つくづく、かみ合わない二人だった。

「もう知らない! あんたなんか知らない!」

 吐き捨てるように言い捨てて、マリンは小走りに森の奥に走っていった。

 ルッソは、立ち尽くしていた。自分が悲しいかどうかは解らないが、マリンが怒っていることは解る。追いかけるべきなのか、だがそれが余計に怒らせてしまわないか。

「……なんかやだな」

 初めてルッソは、感情がない自分を『嫌だ』と感じた。掴みかけていたなにかが形を現しているようだった。


「そこの君」

 ここでソーンはルッソ声をかけた。丁度二人が別れたところ、理想的な一瞬だった。魔術も解除し、その身を晒す。

「?」

 できる限りの温和な笑顔を浮かべて、ソーンはルッソに一歩歩み寄った。これだけ近いと、探らずともルッソの纏う魔力が感じられる。

(思った通りだ)

 凡そ感じたことのない魔力は、秘匿の古代魔法という自身の推理への自信をより強めてくれていた。目の前の少年には、何かある。

「少し頼みたいことが―」

「駄目よ!」

 マリンが躍り出て、ルッソとソーンの間に立ちふさがった。

「マリン」

「全く、目を離すとこれなんだから」

 ソーンは危うく舌打ちしそうになるのをこらえて、歩みを止める。出来るだけ不信感を抱かせることは避けたい。乱入者の存在を全く予知していなかったわけではないのだ。

 マリンは警戒するようにピンと耳を立ててソーンを睨む。啖呵を切ったはいいものの、寂しくなってどう戻ろうかと様子を見たところに謎の男がいた。おまけに、どうにも気に入らない怪しげな雰囲気だ。

「誰よあんた」

「私はソーン、ソン・ソーンと言う」

 努めて冷静に挨拶するソーンに、マリンはますます不信感を露にする。

「で、何の用なのよ」

「どうしたの、マリン?」

(くそ、余計なことを)

 ソーンは内心毒づいた、マリンの登場でルッソにも不信が僅かに移っているようだ。追跡の様子から、口車に乗せさえすれば案外簡単にいくかもしれないという目論見は泡沫に消え去った。

 マリンはソーンを睨みつけながら、じりじりとルッソを押して後退している。

(こうなったら……)

 ソーンが次に選んだのは、嘘をつかないということだった。ここからまた交渉に繋げられるし、下手に隠すとマリンは煩そうだ。

「君に興味があるんだ。それだけなんだ」

「ぼく?」

「ああ、君には非常に珍しい魔術が施されている。是非研究させてもらいたいのだ」

「魔術?」

ルッソの態度には嘘があるように思えなかった。そしてそれが却って真実味を増しているようにソーンには見受けられた。

「ああ、金を払ってもかまわん。出来るだけの―」

「だ、だめよ!」

 ソーンの言葉を遮って、マリンがルッソの肩を掴んで大きく後ずさった。

「何故だ? 不安なら、君がいてくれてもいい」

 マリンがソーンから目を離さないまま、首を大きく横に振る。それには不信感以上に、嫌悪の気が大きく出ていた。

「る、ルッソまずいわよ!」

「なにが?」

「こいつ子供が好きなのよ」

「な」

「ダメなの?」

「そういう好きじゃないの。えっと……と、とにかくまずいわよ」

「な、なに? 違うぞ⁉」

 ソーンには寝耳に水だった。無論彼にそんな趣味はない。

「騙そうとしてもそうはいかないわよ! この前、“踏破者”のギルドで聞いたやり口そのまんまじゃない!」

「は、はあ⁉ ち、違う!」

 ソーンは否定するしかない、だがそれはますます疑惑を深める事にしかならなかった。彼の不幸は、学究の意思表示がたまたまこの時期に流行っていた変質者の誘い文句と一言一句違わなかったことである。

「違うって言ってるよ?」

「だってお金って……ダメよ、あんたはいろいろわかってないんだから!」

「だから違う! 聞け!」

 もはやそれまでの態度はかなぐり捨てていた、このままではルッソに逃げられるどころか名誉すら汚されてしまう。フィンダースの、それも保守派の彼には耐えられない恥辱だ。

「逃げるわよ!」

「わあ」

 マリンはルッソを連れて一目散に逃げ出した。

「待て!」

 もとよりその作戦は想定のあったが、ソーンは尊厳のためにも二人を捕まえなければいけなかった。

「逃がさんぞ!」

「来ないでよ変態!」

 ソーンの鬼気迫る迫真は、ますますマリンを恐怖させる。

「マリン、さっきはごめんね」

 ルッソは、よく状況がわからないのでとりあえずマリンに任せることにして遅れないように走った。

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