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イザナリアの詩  作者: 細野田津興
2/10

第2話

これは、ファンタジー世界「クナウザス」およびその一人用コンピュータTRPGとして開発された「クナウザスRPG」を題材にした小説です。

公式ホームページ:https://soyucircle.jimdo.com/

クナウザスRPGダウンロード:https://freegame-mugen.jp/roleplaying/game_5667.html

 その少年の一番古い記憶は、宿屋『コマドリ亭』のゴミ捨て場から始まる。

「おい、よそで寝な。こっちゃ客商売だ」

「ん……」

 最初に視界に飛び込んできたのは、赤ら顔で禿げ頭の中年男だった。顔が丸い、鼻が丸い、体も丸い、全てが丸っこい。

「……」

「ほら、いったいった」

中年男、いや『コマドリ亭』の店主がそういってそこで寝ていた少年をたたき起こした。とはいえ、これでも穏便な処置である、ここでは、根無し草など犬猫以下に扱うものが大半だ。

少年は大きく伸びをすると、周囲を見回した。腕に刻まれた『111』の刺青を、店主はめざくと見逃さながった。

「あ~……ここどこ?」

「あん? ……そうか、そう来たか」

「?」

「おいらはこの道なげえんだ。お前みたいなやつらのやり口なんざお見通しよ」

「ぼくを知ってるの?」

「おう、おめえは御可哀想なみなしごよ。気合入ったことしやがって」

 店主は少年の刺青をぴしゃりと叩いた。

「けどな、おめえなんぞまだまだよ。てめえで足腕切り落とすのもいるんだ、刺青なんぞ安い安い」

「ふうん」

 少年は、空を見上げた。といっても、『オシドリ亭』と隣の民家の屋根のすき間から見える細長い曇り空だったが。彼は、ひどく小さく見えるそれを掴もうと手を伸ばしたが、空を切るばかりだった。


 こうして、『まだまだな』根無し草の少年とぼろ宿屋の店主の出会いは終わるはずだった。

だが、少年は『コマドリ亭』にいつの間にやら居ついてしまった。

 いや、それは正しくない。要はたまたま腰を痛めていた店主が、容貌がそれなりで大人し気な少年に価値を見出していただけである。 

「おい、掃除しろ『111』」

「うん」

刺青にちなんで『111』と呼ばれるようになった少年は、店主により宿屋の見習いとなった。そう言うと聞こえはいいが、無論給料は出ない、寝床と食事のみを与えるだけだ。

にも拘らず少年はよく働いた、手際がいいわけではないが、不平も不満も何も言わなかった。感情が薄いのだ、辛くはないが楽でもない彼は自分自身をよく理解できていなかった。ともあれ腹は減るし、生活はしなければならない。一月もせずに、店主は寝ているだけでいいくらいになった。

「どっかの召使だったのかもな」

「召使?」

 ある夜、夕食を囲みながら、店主は『111』にそういった。建前上、奴隷に相当する身分は撤廃されている。だが、なくなってはいない、名を変え姿を変え確かに存在していたのだ。

「脱走したんだ、きっとそうだ」

「へえ」

「どうもぼうっとした野郎だなおめえは、まあ何にも覚えてないんならそれでいい。よっぽど嫌だったんだろう、そのほうが楽だ」

 何を言われてもいまいちピンとこないが、この店主の推理だけはどこか納得できた。懐かしい感じがするのだ。その一方で、記憶がないのにそれを知りたくないのは不思議な感じだった。


「依頼、ある?」

 そのスクージーの少女は、『コマドリ亭』を訪れるなり開口一番こういった。

「踏破者かい、お嬢さん」

「当たり前でしょ、もうベテランよ」

 宿屋で依頼を受け、その報酬を受け取るか自給自足で食べていくかが、踏破者の一般的な生き方である。

「配達ならあるがな」

「何よ、もっとパッとしたのないの? 折角あたしがこんな辺鄙なとこのボロ宿屋に来てあげたのに」

「こんな辺鄙なとこのボロ宿屋にはそんなのしかねえんだよ」

「ふん、まあいいわ」

 尻尾を動かしつつ少女は依頼書と手提げの箱を店主から受け取った。依頼書には、配達先と受け取った場合に確認印を押す場所がセットになっている。これは本人同士でしかわからない。

「じゃあ、行ってくるから部屋を一つと―」

「おっと、こいつも一緒に連れて行ってもらおうか」

 そう言って、店主はぼんやりした『111』を少女に差し出した。

「なによこいつ」

「あんたの見張りだ、お嬢さん」

 少女が緑の目でキッと店主を睨む。

「何よ、信用してないの?」

「そらあ基本だお嬢さん」

 自由を愛し、自由に生きる。そういえば聞こえはいいが、踏破者は基本無法者である。 まっとうに生きるものもいるが性質の悪いものだと山賊野盗とそう変わりはしないのだ。

 店主の物言いは礼を欠いているが、防衛手段でもある。その気になれば少女は配達物を盗んで雲隠れすることだってできる。

「……っち、あんた名前は?」

 揉めるだけ時間の無駄と判断した少女は、ぶっきらぼうに少年に名を尋ねた。

「『111』」

「はあ?」

「名無しだよそいつは、刺青で呼んでんだ」

「『11……』もう、呼びにくいわね。……ルッソ、ルッソでいいわ」

 少女は咄嗟に少年に、棚にあった酒の銘柄の名をつけた。

「ルッソ?」

「さっさとついてきなさい」

「うん」

 少年は、2度目に得た名前を噛みしめながら少女の後についていった。

 これがルッソと、マリンの出会いである。


「戻ったわよ」

「お、早かったじゃねえか」

「あたしにかかれば簡単よ。さ、さっさと依頼料頂戴」

 配達を終えた二人は、「コマドリ亭」に戻り店主に仔細を報告した。店主は確認印の押してある紙を見て、満足そうに笑いマリンに報酬を渡す。

「どうだったい?」

「楽勝よ、もちろん」

 マリンがボアの事を隠して、ふんぞり返って言う。それは傲慢というよりは、必死に己を大きく見せようとする子供の虚勢だった。

「そうかいそうかい」

店主が気づかないわけがない、だが彼はそれを指摘しなかった。思いのほか役に立つ彼女を、もう少しおだてておきたかったからだ。

「『111』、お嬢さんに迷惑をかけなかっただろうな?」

「ボアが出たよ」

「ボアだあ?」

 マリンが慌ててルッソの口を塞ぐ。ルッソはマリンの手の毛皮に鼻をくすぐられてもがいた。掌の肉球の柔らかい触感がルッソには新鮮に感じられる。

「そ、あたしが追い払ったけどね」

「へえ、やるなあ」

 店主のおだてに僅かに混じった侮りに、マリンは気づかない。最も、店主もルッソがボアを退けたとは思いもよらなかったが。

「そうよ、一流なんだから」

 マリンはルッソを離して、得意げに胸を張った。ルッソは理解こそできなかったものの、マリンがボアの事を聞きたくないのだろうと思い、黙って飲み物を用意することにした。

「よしよし、ところで新しいの依頼があるんだけどな」

「え? 嫌よ戻ったばっかりだし」

「まあまあ聞け」

 ルッソが、マリンと店主に甘蜜サワーを出した。マリンは少しだけ、ほんの少しだけ頭を下げる、礼のつもりなのだろう。

「報酬は払うし、今晩の宿代は無しにしてやる」

「え、う~ん」

 マリンは悩む。依頼内容にもよるが、中々魅力的な提案だった。

「……何をするの?」

「薬草取ってきて欲しい。風呂に使うんでな」

「客にお風呂の用意させるつもり?」

「丁度薬草が切れてんだ、素湯でもおいらはいいんだけどな」

 マリンは呆れて肩を竦め、ルッソに視線を移した。

「あんたもそうなの?」

「う~ん……」

 ルッソは答えられない。湯に何かを思ったことなどないのだ。

「わかった、飯代もいい。湯にも飯にも使える薬草だからな。こいつが腕を奮って飯をつくるぞ、中々うまいんだ」

「あんた、料理できるの?」

「ずっと作ってるよ」

「ふうん……」

 マリンは暫し思案するようにひげをいじった後、腰をあげる。

「わかったわよ、いくわよルッソ」

「おいおい、そいつはもうつけねえよ」

「え?」

 きょとんとして、マリンが立ち止まる。

「見張りなんて野暮は言わねえ、お嬢さんを信用したんだぜおいら」

「そ、そう……」

 無論、店主の言葉は額面通りではない。マリンが逃げないと踏んだのもあるが、この後の諸々の仕事をルッソにやらせねばならないのだ。

「つ、つい言っちゃっただけよ。さ、籠頂戴。すぐに」

「ぼくもいくよ」

 マリンも、店主も、ルッソ自身もその言葉に驚いていた。マリンの不安げな顔を見て、自然に口をついて出ていたのだ。

「おめえ何を―」

「と、当然よね、パーティだもん。いくわよルッソ!」

「うん」

 マリンはルッソの手を握ると、声をあげようとする店主を置いて宿屋を飛び出した。顔には、勝ち誇った笑みが浮かんでいた。

「くそっ!」

 店主は浮かしかけた腰を下ろし、マリンが口をつけなかった甘蜜サワーを飲み干した。

「誰が宿の仕事すんだい、困ったやつだ」

 悪態をつきつつも、店主の顔には奇妙な笑みが浮かんでいた。それは、親離れの始まった子に向けるものだった。


「全く、足手まといは嫌になるわ。ルッソ、踏破者っていうのはね」

「こっちだよ」

「! わ、わかってるわよ。あんたが気づくか試したんだからね」

 ルッソの指摘に、マリンは慌てて歩む先を変える。

「あんたがついてこなくたって一人でできるんだからね」

「うん」

 マリンは口と裏腹に嬉しそうだった。ルッソも、それがどうしてかなんとなくわかってきていた。

(記憶が戻ってるのかな)

 嬉しいのかどうかはわからないが、悪い気分でない。ルッソはそう感じていた。


「……」

 そんな二人を見つめる者がいた。体毛はなく、灰色の肌に幾何学の赤い刺青、何より目を引くのは一本足である。いずれもフィンダースと呼ばれる魔族の帰化した人類の特徴であり珍しいものではない。彼の場合は、それを補うかつらや義足をつけていないことが、古代種の系統に誇りを持ち、人に近づくのを堕落と見なしている保守的な思考の一派『ナザール』であることを主張していた。最も、その知識を持つ者のいないこの村では意味がないことではある。

「あの魔法は……」

 ソン・ソーンという名を持つ彼が目を惹かれたのは、ルッソにである。常人には知るべくもないが、彼の全身にはこれまで見たことない魔力が纏わりついていたのだ。魔術師の身としては見過ごせない。そもそもこの村に寄ったのは、仲間内の集会に参加した帰りに休憩をとるためである。懇意にしている者の研究が予想以上に好調であることに若干の焦りを感じていたのだ。

 そこに降ってわいた興味深い研究対象。幸いにも、それはスクージ―の娘とともに人目のある村から離れていく。これ幸いと、ソーンは一本足を軽やかに滑らせ、二人の追跡を始めた。

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