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イザナリアの詩  作者: 細野田津興
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第1話

これは、ファンタジー世界「クナウザス」およびその一人用コンピュータTRPGとして開発された「クナウザスRPG」を題材にした小説です。

公式ホームページ:https://soyucircle.jimdo.com/

クナウザスRPGダウンロード:https://freegame-mugen.jp/roleplaying/game_5667.html

「いいルッソ? 冒険者には注意力が必要なのよ」

「へえ」

「常に周りを見て、異変がないか察知するのよ。それができないと一人前になれないんだから。そもそもー」

「ねえ、マリン」

「っ、何よ、話の途中よ」

「ハンカチ落としてる」

「え? 嘘? あ……こ、これはあんたが注意力をちゃんと働かせてるか試すために落としたのよ!」

「そうなんだ」

「本当よ!」

 森の中の小道を、少年と少女が歩いていた。森と言っても、木々に覆われ太陽の差し込まない鬱蒼とした樹海ではない。道は舗装され、その周囲の刈り取られ手入れが行き届いていた草木は往来の多さを物語っていた。

「まったく……」

 マリンと呼ばれた少女は、ハンカチをしまうとむすっとした顔のままで歩き出した。  

彼女はスクージ―である、一言でいえば猫の獣人族だ。体毛は茶色で、猫目は緑。ワンピース仕立ての薄いピンクの服の上から、赤いローブを羽織っていた。ひとまとめにした髪を縛る紐についた鈴が、歩くたびに音を凛々と音を立てていて、大きな耳がその音に反応し絶えずぴくぴくと動いていた。リボンが結んである長いしっぽが、まるで別の生き物のようにしなやかに踊る。

「待ってよ」

 そのあとを追う少年ルッソ――その姿はエバダム(異次元入植者の末裔)に似ている――は褐色の肌に青い髪、瞳は茶。纏っているのは薄く白いローブだ。背はマリンよりも少し低く、どこかぼんやりした感じを全身に纏っている。

取り立てて目を引くところのない彼を際立たせているのは、腕に刻まれた『111』の刺青である。刺青は罪人に刻まれるものではなく、今となっては廃れているが奴隷に打つ商品番号であった。

「だいたいこんなの、依頼なんて言えないんだから」

「え、なんで?」

 マリンが、手提げの箱を軽く叩く。それを咎めるように、ルッソが奪い取って大事そうに抱きかかえた。

「隣町まで持っていけなんて、ただの御遣いじゃない」

「まあ、そうかもしれないけど」

「あの店主、あたしを子供だと思って舐めてるのよ」

 マリンが髭をピンと立てて、猫そっくりに唸った。手の伸ばして触れようとしたルッソの手を、ぴしゃりと叩く。

「まあいいわ、一流の冒険者は一度受けた依頼をちゃんと最後までやるんだから」

「ふうん」

 マリンは、こほんと咳ばらいを一つすると意味深な視線を投げかけてルッソに身を寄せる。ルッソは、その真意には気づかず大きな耳をじっと見ていた。

「で、ルッソ。あんたはどうするの?」

「どうって?」

「あんなボロ宿屋の下働きでいいの? 冒険者になりたくない?」

「う~ん……」

 ルッソは立ち止まり、考える。とはいえ、本当に考えているかは怪しいものだった。どうにもこの少年には自我というもが希薄な感じがある。浮世離れしていると言っても言い、場違いな何かがその身にあるのだ。

マリンは苛立ったように足で耳の裏を掻く。

「もう、どうなのよ」

「だって、いきなり言うから」

 マリンの髭が、また不機嫌そうにピンと立つ。

「いい、このあたしがあんたみたいな冴えないやつをパーティに加えてあげてもいいって言ってるのよ? 喜んでって言うのが普通じゃない」

「パーティって、マリン一人じゃないか」

 ルッソの一言に、マリンは虚を突かれたように後ずさった。

「こ、これから集まるの! もういいわよ!」

 マリンはぷいとそっぽを向いて早足で歩き始めた。ルッソはそのあとを追うが、獣人種のスクージーと良くも悪くも常人的なエバダムでは差が広がる一方だった。

「もっとゆっくり歩いてよ」

「知らないわよ! そもそもこの依頼だってあたし一人でできるんだから……」

 マリンは一人愚痴る。大体なんでルッソはこうもぼんやりなんだろう、もっと活発になってもいいのに。そうすればもっともっと楽しいのに、せっかくの初めてのパーティなのに、そんな思いばかりが募る。だが、それも……。

「マリンってば~」

「さっさとしないよノロマ!」

 苛立たし気に、遠くに見えるルッソを確認しながらマリンは小石を蹴飛ばした。

「んもっ」

「んも?」

 自分でも、ルッソのでもない声の主をマリンは探り発見し凍り付いた。

「んも……」

道の真ん中に一匹のモンスターが横たわっていたのだ。『筍ボア』、牙が筍の大猪である。牙は成長していき竹に変り、抜け落ちてまた筍から生え変わる。肉と筍は美味で、抜け落ちた竹の牙はそのまま武器になる。

大人しいモンスターではあるが、今蹴飛ばした小石で寝ていたところを起こされたのだろう、不機嫌そうな瞳でこちらを睨んでいた。

まだ若い個体だ、牙は小さく体も大きくない。といっても、マリンの優に3倍はあるが。

「やっと追いついたよ。もう、一人で―」

「し、静かにしなさい」

 能天気な声をあげていたルッソも、ボアを見てさすがに言葉を切った。

 ボアはこちらを睨んでいる、単なる通りがかりか害を成す敵か、判断しかねているようだった。できる限り戦いはしたくない、負ければ死、勝っても体力を消耗する。命にかかわらない限りは不可侵なのが自然である。

「……! きゃっ」

「おっと」

 後ずさりし、転びそうになったマリンをルッソが受け止める。華奢な見た目に似合わないルッソの肉体の力強さをマリンは敏感に感じ取った。

「大丈夫?」

「あ、当り前よ」

 ルッソはマリンを抱きかかえたまま、少しづつ後ろに下がっていく。できれば、ボアの視界から外れたい。

「このまま逃げよう? しばらくしたらまた寝るか、どっかに行ってくれるかもしれないよ」

「……っ」

 反論しようとしたマリンだが、ボアの荒い鼻息の音に我に返った。戦って勝てる相手ではない、それがわからないほど愚かでもなかった。未熟でも冒険者である、基本中の基本である相手の力量を量る眼力はそれなりに自信がある。

「わ、わかったわよ」

「うん、ゆっくり下がるね」

 ルッソに身を任せ運ばれるマリンは、ルッソの肉体に違和感を感じていた。やはり、なにかがおかしい。危機的状況なのに、なぜかそこだけがはっきりと意識の中で認識できていた。

「ぶあああああああ!」

「‼ だ、ダメ! 怒っちゃった!」

 ボアが雄たけびを上げる、どうやら二人を敵とみなしたようだった。前足で地面を掻いて、寝起きの体を起こそうと鼓舞している。

「……」

「ほら、早く逃げるのよ!」

 ルッソの手を解いて逃れたマリンは、手を引いて森へ逃げ込もうと走った。

無論、ボアの方が地に明るい一帯は彼の縄張りに違いなかった、そこに逃げるというのは愚の骨頂だ。だが、遮蔽物もないもない小道にいるよりはましなはずだ。幸いマリンには種族の強みである俊敏さがある。囮になれば、どんくさいルッソを逃がすことくらいはできるだろう。

「……」

「! な、なにしてるの⁉」

 だが、ルッソは、その愚すら行おうとしなかった。ルッソがしたのは、マリンに握られた手を離し、今にも突進してこようとしているボアにまっすぐに向き合うことだった。

「ルッソ⁉」

「大丈夫、だと思うよ。これお願い」

 そういって、ルッソは手提げの箱をマリンに渡す。

「何言って―」

「ぶあっ‼」

 ボアが、まっすぐに突っ込んできた。

牙がまだ幼い彼が選んだのは、その巨体を利用した単純な体当たりである。今までも、数多の敵を打倒してきた。まして目の前のチビならば、粉々にできると確信している。逃げようともしないのだ。

 

ずしん。

 

軽く地響きが鳴り、揺れる木々から小鳥が飛び立った。ボアの強烈な体当たりが、ルッソに炸裂したのだ。巨木でも易々砕く一撃だ、ひとたまりもない。

「うそ……?」

「⁉」

 だが、そこには信じられない光景が広がっていた。ルッソが、ボアの体当たりを受け止めてそこに留めていたのだった。ボアが加減をしているわけではない。証拠にその巨躯は力を籠め続け細かく震えている。何より見開かれた目が、彼の混乱を十二分に物語っていた。

 マリンは、阿呆のように口をぽかんと開けてそれを眺めているしかなかった。全てが想像の外にあった、口には笑みさえ浮いている。

「ぼあ……」

「何もしないよ」

「……」

「ぼくたちは、何もしない」

 ルッソは、それ以上何もしなかった。ボアの鼻先を受け止めたまま、じっとよどんだその目で、ボアをのぞき込み続けた。

「……」

 やや間があって、ボアはふっと力を抜くとルッソから鼻先を引き、早足に森へ消えていった。怪力に怯えたというよりは、何か得体のしれないものに出くわしてしまった不気味さが彼に逃走を選択させたのだ。

 ルッソはボアを見送ると、手提げ箱を拾い上げ、マリンに手を差し伸べた。

「大丈夫、マリン?」

「あ……」

 ようやく我に返ったマリンは、ルッソに駆け寄り飛びついた。

「ばか! びっくりするじゃない!」

「そう? ごめん」

「あんたこそ大丈夫なの⁉ 怪我は?」

「なんともないよ」

 マリンはルッソをしげしげと眺めた。あれだけの巨躯を受け止めたのに、その体には痣一つ見受けられなかった。踏ん張って体重のかかっているはずの足元にも、食い込んだあとがない。力ではない、ならば魔法か? だがルッソにそんなことをしている仕草は見えなかった。

「へ、平気なの?」

「僕丈夫だから」

「そ、そういうもの? なんであんなこと……」

「う~ん、できると思ったから」

 ルッソはどこまでものんびりと答えた。あまりにも能天気な態度に、マリンも思わず脱力する。

「あんた、ひょっとしたらすごい奴なんじゃない?」

「そうかな?」

「だってあんなの……う~、何よ何よ、あたしがリーダーなんだからねっ」

「マリンが無事でよかったよ」

「! そ、そういうの真顔でいわないでよ!」

 マリンが慌てて照れを隠すようにそっぽを向いた。

「?」

「ほ、ほら、いくわよ!」

 再び歩き出したマリンをルッソは追う。

 マリンは、体毛のおかげで顔の紅潮がわかりにくいことに内心感謝していた。そして、この奇妙な同行者にますます興味を惹かれていた。

「そういえばあんた、前に言ってた、なんだっけ、あの…… そうそう、あんたの記憶喪失と関係あるのよ。そうじゃなくて?」

「どうかなあ」

「ったく、あんたのことじゃんよ」

 ルッソには、記憶がない。どこからきた誰なのか、少しもわからなかった。

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