第6節:一進一退
弾き飛ばされた先に転がっていたスタッグ・ブレードを拾い上げて、ジャキン、と再装着したシルバービートは。
「通常攻撃も通じるか。ならば!」
バックルのボタンを、一回叩いた。
『Beetlepower!!』
タキオンリアクターの出力上昇、一時的なパワーアップ状態である【Beetlepower】によって彼の身体機能が飛躍的に上昇する。
「ついて来れるか!?」
シルバービートが、声と共に蹴った大地が破ぜる。
土煙が尾を引くほどの速度で、風切り音を耳元に感じながら、シルバービートは伍号の背後に回り込んでいた。
「デェェアッ!」
神速をもって繰り出されたスタッグ・ブレードが唸る。
それが、伍号の体に届く直前に。
「―――限界機動」
『命令実行』
聞き慣れない言葉が響き。
強化されたシルバービートの知覚でも捉えきれない速度で、伍号が消えた。
スタッグ・ブレードが空を切り。
『限界機動解除』
「―――使う予定、なかったんだけどな」
逆に、自身の背後から聞こえた伍号の声と共に。
喉元に二本の腕が巻き付いてきた。
「ぐ、ぉ!」
ギリギリで、引いていた左腕だけを喉と腕の間に滑り込ませ。
シルバービートは、喉を絞められるのを回避した。
「良い反応だ。でも、不利だぜ?」
伍号の凄まじい力で絞め上げられながら、シルバービートの体が浮き上がる。
外殻の硬度ではシルバービートに軍配が上がったが、パワーは伍号が上のようだった。
自由な右手で引き剥がそうとするが、ビクともしない。
ミシミシと、挟まれた左腕の装甲が軋む音が聞こえた。
―――不味い!
シルバービートは冷や汗を掻いた。
彼の持つアームドライバーは、複数存在する。
今装着しているのは、極地戦闘すら安定して行うことができるスタッグビートルドライバー。
彼の最も愛用する銀色の外殻を纏うドライバーであり、シルバービートの象徴、かつ基本形態でもある。
その信頼に裏打ちされる、高いスペックを持つドライバーなのだが―――。
シルバービートの装甲であるナノ・タキオン・アーマーは、継続的な負荷に弱い。
大気圏から地表にぶつかっても傷一つ付かないとすら言われるほどの強固な装甲であるが、それが唯一の欠点だった。
自身の装甲が立てる異音が大きくなるのを聞きながら。
シルバービートは、必死に打開策を考えていた。
※※※
相手の力が緩み、伍号は少し安堵を覚える。
おそらく、相手が使ったのは一時的に身体能力を強化する技だ。
それが証拠に、さらに腕を絞めるのが容易くなる。
―――このまま落とす!
伍号も本気で締め上げていたが、シルバービートは思いの外粘った。
そして、五秒が過ぎ。
もう少しで締め切れる、そのタイミングで。
シルバービートが、抵抗していた右手を離し、素早くアームギアの脇にあるボタンを三度叩いた。
『StagBeetle!! Limitbreak!!』
「グ、ォォオオオッ!」
アームギアの宣言、そしてシルバービートの雄叫びと共に。
伍号は、スタッグ・ブレードから高出力のエネルギー反応を感知した。
「ちっ、足掻きやがる……!」
本能的に危機を感じた伍号は、極めを解いて自身も必殺の技を宣告した。
「出力解放!」
『命令実行』
伍号の脚部に、コアから供給されたエネルギーが流れ込み、出力供給線が輝いて。
余剰出力が、火花の如く電撃が足の表層を這い回って輝く。
シルバービートが腕に装着したスタッグ・ブレードは。
背部を展開して、内部機構をせり出させていた。
タービンがスパークし、鍬形の顎を思わせる双刃が閉じ、穿孔機めいて回転している。
「シルバービートを……ッ嘗めるなよッ!!」
叫びながら、体の捻りを最大限に利用して。
シルバービートが振り向き様に、全体重を乗せた一撃を放つ。
「―――《黄の回脚》!」
その一撃に合わせて。
黒の伍号も、エネルギーを込めた回し蹴りを撃ち放った。
お互いに、人体と機械が成しうる最大限の螺旋を攻撃に乗せて。
技が、衝突と同時に拮抗する。
「うぉおおおおッ!」
「はぁああああッ!」
全く互角。
周囲すら巻き込む螺旋の力が、二人の周囲に渦を巻くクレーターを生じさせ。
最後に、空中に溜め込まれ続けたエネルギーが炸裂した。
※※※
一秒。
お互いに衝撃を少しでも殺そうと後ろに跳び、防御姿勢を取る。
二秒。
着地の直前にスラスターを吹かして勢いを弱め、地面をきっちり踏んで留まり。
三秒。
気合いと共に無理矢理慣性をキャンセル。再度突撃し。
四秒。
拳を撃ち合わせて、ギギギと力を込める。
五秒。
黒の伍号が言う。
「ッしぶといんだよ! いい加減に……!」
六秒。
「―――くたばりやがれ、はこっちのセリフだッ!」
七秒。
弾きあった拳をそのまま、右のハイキック。
まるで演舞のような相似。
八秒。
「出力解放継続――――!」
『命令実行.継続』
黒の伍号が、足を引いて回り込むように駆けながら、切り札の一つを切る。
九秒。
同様に、逆方向に円を描いて走りながら、華麗な程に素早く、シルバービートが腰のコンテナを展開。
中から紫色のドライバーを抜き取ると逆の手でバックルの取っ手を右に引き、ソリッド部分を露出させる。
十秒―――。
バックル内の銀色のドライバーに重ねるようにソレを挿入し、取っ手をバックルに叩き込んだ。
※※※
「喰らいやがれ……《黄の雷撃》ッ!」
黒の伍号が、全方位型の凶悪な雷撃陣を展開するのと同時に。
『scanningThunder!!』
シルバービートの装甲が展開され、紫色に変色。
全身の装甲が薄く、より流線的な形状となり、腰部及び背部噴射機構が連結、一対の翼のように変形する。
シルバービートの遠距離戦闘特化形態。
「雷撃には……慣れてるっつったろ!?」
雷を操る力を、シルバービートもまた、持っていたのだ。
雷撃陣の攻撃を操り、歪め、さらに弾ききれない分は表層の絶縁体でシャットアウト。
しかしそれでもなお、強烈な雷撃はシルバービートを焼き焦がしていく。
「―――ァアアアッ!」
にも、関わらず。
シルバービートは、ただ伍号だけを見据えていた。
今、彼が使用しているサンダーフォームは。
遠距離型ながら、彼の持つ全形態の中で随一の移動速度を誇っている。
「……正気か!?」
必殺を放っている最中の、動けない伍号に対して。
シルバービートは、衝角型出力銃を突き込み。
零距離で、引き金を引いた。
「ぐ、ぁああああ!」
自身の操る電撃に匹敵する雷の槍を直接注ぎ込まれては、如何に伍号と言えども無傷とはいかない。
お互いを焼き尽くさんとぶつかり合った二人は、お互いの攻撃を終えた時に、体から白煙を上げていた。