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悲劇のヒーロー、そんな自分

 巧は歩く。

 人工芝のグラウンドとは打って変わって、道はアスファルトだ。硬い地面の感触を味わうようにゆっくりと歩く。

 本来、暗いはずの正門への道は、目が慣れたせいで全くそのことを感じさせなかった。

 ただ、虚無感だけが心を支配している。真っ黒な感覚が、ただ、ある。

 色のない世界を外から見たら、きっとこのように見えるだろう。何もないということは、暗いのだ。

 ボンヤリとそう考えた。

 さっきまで鳴っていた耳鳴りはもう気にならなかった。BGMのようだ。

『本当はちょっと待ってたんですよ』

 なぜか、猫実さんの台詞が声とともに鮮明に思い出された。

 あの日、猫実さんを追いかけた日だ。巧が、耳が悪いのを持ち出して、彼女の気持ちを理解しようとしなかった。そのせいで、怒らせてしまった。

『本当はちょっと待ってたんですよ』

 こんなに鮮明に思い出せるのはなぜだろう。

 思えば、よく話す人が彼女以外にいないからかもしれない。

 大切な人だった。

 こんなにお互いの心をさらけ出しあった経験はなかったから。他の人の会話すら入っていけなかった自分にとって初めての経験だった。疲れたけど、楽しかった。

 明日の部活は休もうかな。

 その明日も。

 メールは来るかな。あ、まだ知らないや猫実さんのメールアドレス。その程度の関係だったのか。

 もしかしたら、猫実さんには他に友達もたくさんいて、自分はその1人のうちに過ぎないのかもしれない。

 いい人だもんなあ猫実さんは。

 つまらない思考が何度も巧の頭の中をぐるぐる回っている。

 きっとどこかで、「誰か」を見下してる。

 こんなことで悩んでいるのは自分だけだと。耳の聞こえている普通の人はどうせわからないのだと。

 みんなが言う、悲劇のヒロインぶるってこういうことだろうな。

 こうやって、悲しい気持ちに浸るのも、慣れきってしまった。

 冬が好きなひとが寒さを愛するように、悲しさを少し好きになってしまった。

 誰も、わかってくれないからと言い訳して、わかってもらう努力を諦めて、そして1人になって、慰めてくれるひとがいないから、自分でこうやって、珍しくてかわいそうな境遇に酔って。

 気持ち悪い。

 人間の内臓って、同じ人間だって知っていてもグロテスクだ。それと同じで心の中だって中をのぞいたら、醜いものだろう。生々しくて、とても見れたもんじゃない。

『巧さん』

 声が聞こえたような気がして後ろを振り返る。

 校舎と広いグラウンド。さっき抜け出してきた昇降口のガラス戸。

 またこうやって、期待してる。

 どうしたらいいんだ。

 戻って謝るのか。そうしたら、すべて解決するのか。

 そうしたら、自分の耳は聞こえるようになるのか。

 そうは思えなかった。

 走ろう。

 巧は、意識的に自分をこの状況から追い出そうとした。気持ち悪いぐらい醜い自分を忘れるために。

 追いかけて来るのを待ってゆっくり歩くのはやめよう。

 不思議とすんなり足は動いた。

 駅まで、全力で、なるべく速く。

 硬い地面を蹴り出す。高速で流れ出す景色。

 息を吸う音が、耳鳴りをかき消して、地面を蹴る足が、思考を打ち砕いてくれるように祈りながら。

 案の定、学校から出たらすぐに息が切れた。

 体力はない。

 それにバッグを持ちながらでは、うまく走れない。

 それでも、歩くのはやめない。執念だけで前に行こうと思った。少なくともこうやって辛い思いをしているのが彼女への罪滅ぼしだと思った。

 呼吸を整えてまた走った。

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