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談話室四号室にて






「談話室四号室にて19時に待つ」


寮に戻るとそのような投げ文が先に入っていた。この寮の消灯は23時であり、談話室は22時まで使用できる。放課後すぐなら談話室は比較的空いているが19時となるとなかなかの混雑である。予約制であるがどうやってもぎ取ったのだろう。王族クオリティか。寮は男子寮と女子寮に別れており、その間に食堂と呼ぶには豪華すぎる食堂と談話室がある。女子寮に通じる廊下の前には警備員が立っている。しかし、談話室も個室であり男女で入れば疑わしい事態などいくらでも起こり得るが、そこは貴族の良識に任せられているのだろう。一応、建前として婚前交渉は否定されている。しかし、社交界には悪女などと謳われる女性もいるので、実際のところはどうだか。

制服を脱ぎ、ワンピースに着替える。灰色の飾り気のないワンピースが制服であるが寮では私服が認められている。アンナ様など身分の高いご令嬢はどこのパーティーに行くのだというドレスを私服としているが、それもメイド付きが許される身分だからだろう。ちなみに、寮では身分次第でメイドを付けることができるが、校舎には入ることができない。つまりは、かつての私はアンナ様の校舎内におけるメイドだったわけだ。今の私はシオン様の下僕であるが。

制服のサイズが変化し、私服なども一新しなければならなくなった私は、地味なワンピースを愛用している。元々ドレスなどを着ていたようだが、あんな動きづらい上にお金のかかるものは遠慮したい。白いワンピースに黒いショールを羽織る。王国設立の学園だけあって暖房は行き届いているがそれでも寒い季節である。

時計を見ると18時半である。そろそろ談話室に向かおう。シオン様を待たせるような愚は避けたい。


談話室四号室。そこを一応ノックすると内側から扉が開き手を掴まれ引きずり込まれた。15分前に着いたにも関わらず、シオン様はそこにいた。待たせてしまったようだ。


「座れ」


眉を寄せて不機嫌そうなシオン様に促され、部屋の真ん中の応接セットのソファーに腰かける。正面にはいい笑顔の美形。悪魔のような笑顔ではなく対外的な王子様の微笑みである。しかし、黒い瞳は笑っていない。怖い。怖すぎる。

シオン様は黒いシャツに黒いズボンという私服であった。そういえば、初めて私服を見たかもしれない。細い体を覆うそれはさらに彼を悪魔に見せていた。しかし、今は報告である。リリーの会の勧誘について述べようかと思いきや、シオン様から口火を切った。


「で?不正疑惑は?」


「否決になるそうです」


「そうか。よかったな」


とシオン様が真顔になる。それほど気になる案件だったのだろうか。という疑問が顔に出ていたのだろう。シオン様が片眉を上げながら言った。


「お前、不正が認められたら退学になるって分かってたのか?」


「……は?」


分かってなかったのか…とため息を吐くシオン様はいちいち様になるほどに美しい人だが、


「は?」


「校則読んどけよ」


シオン様が緑の表紙の冊子を机に投げ出す。そういえば、私の部屋にもあったような気がする。しかし、マリア・シャルロッテは読んでいなかったらしい。


「で?校則も知らずにのーてんきにお前は生徒会室に行ったわけだ」


シオン様が手を伸ばし、私の頭を鷲掴みにする。予備動作はなかった。プロの業である。


「痛い!痛いです!!」


これは前世で言うところのアイアンクロー。手加減はされてるようだが私の痛がる顔を見ていつもの悪魔のようないい笑顔のシオン様。思っていたより大変な事態だったようなので罰は甘んじて受けるが痛い。ひとしきり楽しんだあと、シオン様は私の頭から手を離した。私は何気なくその手を掴む。


「シオン様は手が大きいんですね。あ、剣だこ」


主に対しては無礼かもしれないがアイアンクローをするような主だ。構わないだろう。ところが、シオン様は手をさっと引っ込めると、こちらを無表情で見つめた。


「誰と比べている?」


空気が重い。こいつ悪魔と契約して重力すら扱えるようになったのか。黒い瞳は感情を宿さずにこちらを見ている。冗談など許されないことが察せられる。


「………」


「………」


「ユリア様、です」


「……は?お前あいつに何された?」


先程までの重苦しい空気が霧散したあと、シオン様の怒濤の質問が始まり、私は生徒会室での一部始終を余すところなく説明することとなった。シオン様は放送禁止用語および差別用語でユリア様をひとしきり罵った。そして、リリーの会への潜入捜査について女だからと言って油断するなと何度も口にした。それからようやく落ち着きを取り戻したらしく、先程の校則の冊子を指差して言った。


「来年、お前も生徒会に入れるから一言一句違わず頭に叩き込んでおけ」


「…は?」


今日はお互いその反応が多いな…とシオン様が苦笑する。


「いや、生徒会って、私しがない男爵令嬢ですけれども」


「それくらい何とでもする。あとはお前が試験の順位を上げて納得させろ」


「かしこまりました」


この男の命令は絶対である。最終学年となる春までにはあと一回しか定期試験はない。学年末試験。範囲は12歳から学園に入学してから今までに授業で習ったこと全て。基礎のできていないマリア・シャルロッテには厳しいがやるしかないことはやるしかないのである。主が何とかすると言っているのだこちらも全力を尽くすしかない。


報告が終わり、談話室を出る前にシオン様が振り返って言った。

「そのワンピース、似合ってるな。じゃ、おやすみ」

その時の笑顔は作り物めいた王子様の微笑みでもなく、悪魔のような微笑みでもなかった。ただの笑顔。

「初めて見たかもしれない…」

あの悪魔は、忘れがちだが普段は恐ろしい女たらしである。毎回別れ際にたらしこむのは通常運転なのか…。慣れようと心に決めた。とりあえず、明日の放課後はリリーの会の説明をソフィア様にうかがう予定である。勉強時間も増やさねばなるまい。最近、ダンスの練習が出来ていない。太る兆候はないが体が鈍る。シオン様の勧めで春から護身術を習うこととなったが、ついていけるかどうか。今のところ、課題は山積みであるが一つ一つ片付けていくしかない。

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