シオン様は素晴らしい主である(とある下僕視点)
(とある下僕視点)
俺の名前は…いや、名乗るほどのものではない。強いてこの場で与えるべき情報があるとすれば、シオン様の下僕であるということのみであろう。
シオン様は素晴らしい主である。
俺の親の爵位は低い。この学園において、誰の下っ端になるかというのは死活問題であった。しかし、その死活問題を解決する前に俺に難題が立ち塞がった。なんと、いじめの対象となったのだ。たいした家の出ではないくせに成績がちょっと平均を上回った程度で放課後お呼びだし、ふるぼっこコースである。困ったことである。反撃しようと思えば出来るが、相手の爵位が上である以上、これは難しい。どうしたものか。
そんな難問を解決してくれたのがシオン様である。
今日も今日とて放課後サンドバッグタイムを過ごしているところへ、シオン様は現れた。
シオン様といえば、学業、剣術に秀で、品行方正、誰に対しても柔らかな物腰を崩さない素晴らしい評判の持ち主である。
怯む加害者たちを前にシオン様はおっしゃった。
「見物していいか?」
普通は止めるところだろ!!と俺は叫びたかったが、王族に突っ込んでいいはずがなく、俺は殴られ続けた。次の日も、次の日も、シオン様は放課後、俺が殴られている校舎裏に現れた。何もせず、何も言わずに、ただ見ることだけを続けるシオン様である。しかし、俺は相手の殴る勢いがだんだんと弱くなっていることに気が付いた。
そして、数日後。
「もういいよ!!」
主犯格の伯爵令息が叫び、俺のふるぼっこタイムは終わりを続けた。
さすが貴族のご令息だけあって根性がない。父の領地は田舎であるため、俺は幼少の頃から近所の悪ガキどもに揉まれて生活していた。最初、彼らの輪の中に入るときの苦労に比べればこの程度たいしたものではない。
ご令息どもは「今後は自分の身分を弁えるんだな!!」と捨て台詞を残して去っていった。つくづく小者である。
一方、シオン様は「え?もう終わるの?」という顔をしている。本当に、何をしに来たのだこの御仁は…
「お前さあ、殴られてる時にさりげなく身体のダメージ少なくなるようにしてたけど、なんか習ってんの?」
「はい。一応、柔術を」
「なるほど。そうか、お前の領地はハイタス帝国の近くか」
柔術とはハイタス帝国に伝わる武術であり、剣などの得物を使わず相手を倒すことができる。
「じゃあ、俺の駒になれよ」
そう言ってうっそりと笑うシオン様は、美しくその姿には後光が射していた。
それ以来、シオン様の目となり耳となり、時には手足となり、この学園で生活してきた。
そして、半年前、新しくできた下僕仲間がマリア・シャルロッテである。入学時より、アンナ・ソワーヌの下っ端とその巨体をして有名であった。当時の俺はその処世術に憧れを抱いたものである。その彼女が、いつの間にかシオン様へと主人を代えたことには驚いたものだ。そして、あっという間に痩せ細り、成績も急上昇した。下僕にそのような素晴らしい結果をもたらすとは、やはりあの時シオン様に仕えようと思った俺は正しかったようだ。
そして、先日、彼女は定期試験の不正疑惑で生徒会室に呼び出されたようだ。これが認められると退学である。連絡事項のため数回話した程度の仲であるが、下僕仲間としては由々しき事態である。
心配のあまり校舎の玄関で待ち受ける俺を見つけると、彼女はさっと周囲に気を配ったあと「リリーの会の勧誘、無事に受けられました」とだけ伝えて立ち去った。
待て。不正疑惑の結果はどうなんだ。というか、リリーの会…ユリア様主宰のあの恐ろしき女の園か。シオン様のためとはいえ、俺には出来ない任務であるが。とりあえず、俺に今できることはこの情報をいち早くシオン様に届けることである。待っていてください、シオン様。