俺の下僕(シオン視点)
(シオン視点)
初めてマリア・シャルロッテを認識したのは随分昔のことである。
俺の婚約者候補のアンナ・ソワンヌの下っ端としてである。アンナ・ソワンヌは幼少の頃から俺に付きまとい、公爵令嬢でなければ少々手荒な手段を用いて排除していたところだった。そのアンナは学園に入学してから下っ端として身分の低い容姿の美しくない令嬢を二人選んだようだった。言うことを何でも聞き、使い捨てできる存在を選ぶその貴族らしさ。容姿の美しくない女を選ぶのは比較対象として自分を美しく見せるためか。
その下っ端の片割れがマリア・シャルロッテ。巨体を揺らし、いつもアンナの後ろにいる。ここまで醜いと嫌悪感を覚えそうなところだが、あまり気にならない。なぜかというと、この女、動作が柔らかく礼儀作法が完璧なのである。
この学園においてはあまり使われていないルールだが、社交界においては上の身分の者が声をかけるまで下の身分の者は目を合わせてはいけない。
俺の顔立ちが整っているのは自覚しているし、そのため女生徒たちは少しでも印象を残そうとこちらを熱っぽい瞳で見つめる。しかし、マリア・シャルロッテは俺を一切見ない。肉に埋もれた瞳が美しい紫紺であることに気付いたのはいつだろうか。その目に俺を写したいような気もしたが、一瞬の気の迷いだと切って捨てた。
しかし、どうやら神は面白い展開を与えたようだ。放課後の教室で小刀を握りしめるマリア・シャルロッテ。さすがにこの時ばかりは俺をためらいなく見つめている。まあ俺が遊んでる女の机に傷をつけているのだからな。俺は王になる気はないので、好き勝手に遊ばさせてもらってる。母は身分の低い家の出の側室である。若くして死んだ。たいした後ろ楯もないし、王位を継承したければ公爵令嬢アンナを婚約者にすべきだろう。実際、娘を溺愛している公爵家からもそのような申し出はある。しかし、王になったところで何が楽しいのか。
小刀を握りしめていたマリア・シャルロッテに声をかけたが、動じない。それどころか俺に媚びを売るのか。頭は悪くないらしい。それならいい。権力が欲しければくれてやる。王になるのもいいだろう。だが、とりあえず飽きっぽい俺を退屈させないほどの逸材かどうか、見せてもらおう。
それから、マリア・シャルロッテは生まれ変わったかのように努力し始めた。元々、潜在能力は高かったのだろう。彼女の父の男爵はかつて期待のもてる男として有名だった。溌剌とした美しさで社交界でひそかに有名だった子爵令嬢が嫁いだだけのことはある。弟もまあ容姿は以前のマリア・シャルロッテと似たり寄ったりだが学業成績は優秀である。使える駒が増えた。そう喜んでいたのだが、予想外の事態である。
ユリアが興味を持つのは分かりきっていたが、不正疑惑で生徒会室に呼び出しという情報を入手した。定期試験における不正は場合によっては退学である。この学園を追放されると、貴族としての未来はない。そして、敵地とも言える生徒会室である。俺の子飼いであることはまだバレていないだろうが、万一のことがある。
剣術や暗殺術を身に付けようかと申し出たあれに必要ないと言ったことを悔やむ。護身術程度は身に付けさせるべきだったか。
実際、王位継承のために暗殺騒動が起こる代もあるが、今代は父である王が現役として強い睨みを利かせており、そのような事態はそうそう起こらないだろう。
しかし、護身術。あいつ最近無駄に色っぽいから自衛くらいはさせるべきだったか。
ユリアと俺は産まれたときからあまり接触がないので、どう出てくるか分からないが一応、生徒会長としては公明正大で通っている。
そこまで理不尽なことにはならないだろう。しかし、報告を待っている間、俺は苛ついていたらしい。風邪を引いているアムナートを呼び出したところ先程からめんどくさそうな視線を浴びている。子飼い伝手にマリアから報告が入った。
「無事にリリーの会、スカウトされました」
不正疑惑はどうなった?と問いたいがリリーの会に勧誘されたということは否決となるのだろう。
肩の力を抜き、紅茶のカップに手をかけるとアムナートがめんどくささを隠しもせずに言った。
「シオン、それ、冷めてる」