試験の朝は目玉焼き
さて、試験当日である。今日も今日とて5時に起き、試験範囲の最終確認をさらっと済ませる。大丈夫。努力は嘘をつかない。というか、基礎の出来ていない私の頭で一ヶ月で結果を出すのはなかなか厳しいかと思っていたが、マリア・シャルロッテの頭は意外と優秀であった。あとは前世で培った要領のよさで何とかしたわけである。過去の試験問題から各担当教官の出題傾向も把握した。もちろん、何度も放課後、質問にも行った。先生方は最初、面食らっていたが前回の試験結果の伸びから、私がやる気を出したのだと察し、親身になって指導してくれた。やる気のある生徒に先生が優しいのは万国共通らしい。
前世では文学部という完全なる文系であり、数学すらも記憶力で誤魔化して乗りきっていた私であるが、マリア・シャルロッテはどうやら理系の頭だったらしく、数理学という学問が楽しい。とても楽しい。権力とかいらないから、このまま数理学の研究をするという未来を選択しようかと思ったが、あの悪魔が許してくれるかどうか。もちろん、その他の科目もきちんと学習させていただきました。地理学の年老いた先生は「あの問題児がなあ…」と呟いていた。問題児だったのか、マリア・シャルロッテ。それを本人の前で言ってしまうのか先生よ。でも、実際、私はアンナ様の命令で数々の嫌がらせを行い、学業怠慢だったし、そりゃ問題児だわと納得してしまう。
寮の食堂で朝食をとる。前世では試験の朝は目玉焼きと母が決めていた。いつもは自分でトーストを焼き、コーヒーを飲みながら新聞を読むのだが、その期間だけ母が目玉焼きを作ってくれる。そして、チョコレートを渡し、送り出してくれた。そんなことを思い出しながら、私はバイキングで目玉焼きとサラダとトーストを選ぶ。チョコレートはどうやらこの世界にはないらしい。無類のチョコレート好きだった私としては至極残念である。
それから、教室に移動するが、その間、話しかけてくる人間は皆無である。ぼっち…ああ、ぼっちなのね。問題児だった頃にあちらこちらで恨みを買い、アンナ様に捨てられた今、それは誰も話しかけないだろう。元々この学園においては爵位は高くない。いじめられても不思議のない環境であるが、はて、なぜいじめられないのだろうか。
とりあえず、今は試験である。
試験が終わった。燃え尽きたとはならない。至って冷静に振り返る。分からない問題が各教科、二、三ヶ所あったが、配点の高いところではないし、この学園の平均点は低い。第二王子シオン様は飄々と毎回満点を叩き出し一人でトップを独走しているが、あれは規格外である。悪魔と契約でもしてるんじゃないだろうか。
今回の試験は20位に入り、掲示板に載ることが目的である。ケアレスミスがあることを想定しつつ、いい線をいっているのではないだろうか。結果発表は二週間後、楽しみである。と、思っていたら、一週間後、寮の部屋に投げ文が入っていた。シオン様からのお呼びだしである。
「よくやった」
「は?」
放課後の地理学の研究室。年老いた先生は、私は何も聞いてませんよーという顔で本を読んでいる。とりあえず、呼び出された場所を疑いつつも来たが、そこでシオン様は優雅に紅茶を飲んでいた。
「つまりは、このじいさんもぐるで…となると、試験結果のことですか?」
「じいさんとは失礼な…」
と白いアゴヒゲを撫でながら地理学教官、トキナイ先生は言う。
「そういうことだ。結果は7位だ。来週には貼り出される。よって、よくやった」
「ちなみに、聞いても無駄ですがシオン様は?」
「ミスはないはずだが、どうだった、トキナイ」
「全教科満点でしたのう」
やはり悪魔と契約してるんじゃないだろうか。
「それはさておき、恐らく近いうちにユリアが接触してくる。心得ておけよ」
「かしこまりました」
「お前からユリアの学年の廊下に行くことはないだろうから、あの女の方から来るだろう」
確かに。私は基本的に自分のクラスからあまり出ない。アンナ様に付き従っていた頃は隣のクラスのシオン様の元に馳せ参じる恋する乙女についていったこともある。それか嫌がらせ業務以外で教室から出ることはあまりなかった。醜い自分の容姿をあまりさらしたくなかったのだという感情の記憶はある。今は、ぼっちが何の用もないのに他のクラスに出入りするのもおかしな話であるため、出歩くことはない。ましてや、上級生の階の廊下など私が歩けば不審者である。
「……お前、寂しくはないのか?」
「はい?」
「一人だろう、今」
「ああ、別にこれといって特には寂しくありません」
むしろ、前世でも友達はいたが女の子同士のベタベタした関係が苦手だった。一人でご飯、一人で教室移動、何の苦にもならない。アンナ様とメアリとべったりだった三ヶ月の方がストレスがたまった。
「そうか」
シオン様は聞いたわりにはどうてもよさそうである。なるほど。
「安心してください。久しぶりの女友達に浮かれて任務を忘れることはありません」
「…ふん、ならいい」
ふぉっふぉっ、と横からトキナイ先生の笑い声が上がった。
「シオン様も人間だったんですのう」
いや、悪魔だろ。
「何かあればこの研究室に来なさい。いつでも歓迎しましょう、マリア・シャルロッテ」
パチリと左目でウインクをしながらトキナイ先生は言う。
シオン様は苦虫を噛み潰したような顔をしている。珍しい表情である。
「トキナイはこの学園の理事でもある。何かあれば頼れ」
それだけ言うとヒラリと部屋から出ていった。
「トキナイ先生、シオン様って動作綺麗なのに何でいちいち悪者っぽいんでしょうね…」
「ほんにのう…」