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経過報告は大切



さて、私がシオン様の子飼いとなり三ヶ月が過ぎた。体重は30セル減り、栄養バランスの良い食事のためか身長が少し伸びた気がする。運動がてら放課後はダンス教室を借り、前世の記憶が無かった頃は大嫌いだった社交ダンスも上達している。足には何度もマメができ潰れた。比喩ではなく血の滲む努力である。今では標準より痩せ型となり、ダイエットは成功であろう。元々父親に似ていたのであろう幸薄そうなあっさりした顔立ち。右目の下の泣きぼくろには肌質が改善してから気付いた。母親譲りの銀髪と紫紺の瞳。絶世の美女ではないがマニアは喜ぶ愛人風である。

そんな私の変化に悪役令嬢アンナ様は今まで気付かなかったわけである。興味のないことは目に入らないという分かりやすさが扱いやすい。

しかし、本日優雅なランチタイム。野菜をもりもり食べる私にアンナ様はおっしゃった。


「マリア、あなた少し痩せた?」


つり上がった青い瞳をさらにつり上げるアンナ様。


「はい、アンナ様」


少しどころか大分痩せたわけであるが。


「そう……痩せたあなたは要らないわ。行きましょう、メアリ」


そう言って不機嫌そうに立ち上がり、一度も振り返らずに去っていくアンナ様。メアリは心配そうにこちらを何度も振り返り、振り返り去っていった。そうね。12歳でこの学園に入ってからアンナ様という理不尽な上司に一緒に耐えてきたものね、メアリ。でももう話すこともないでしょう。ぐっばい、メアリ。

っていうか、アンナ様が私を傍に置いていたのはあれか。女子にありがちなブスが隣にいると私が可愛く見えるというあれか。マリアの立ち回りの上手さじゃなかったのか。

しかしこうなるとアンナ様の情報をシオン様に流せないわけである。ちなみに先月からアンナ様によるユーリ様への嫌がらせは止んだ。シオン様がユーリ様を切り捨てたからである。今はアンナ様がシオン様にべったりであるが、シオン様は如才なく対応している。めんどくさくても相手は公爵令嬢だもんね。よって、アンナ様の情報はシオン様にとってはたいした価値はないのである。元々、公爵家の内部事情にもノータッチのただのわがまま娘である。シオン様への思慕の念を語る恋する乙女情報程度しか流せていないのである。子飼いとして結果を出さねばならぬ身分としてはなかなかどうしたところか。

二週間に一度の経過報告は明日である。シオン様直々に現れずとも側近を使えばいいのに割りと律儀な主。このランチタイムのアンナ様に捨てられた件も明日までには彼の耳に入っているだろう。その情報収集力もだが処理能力の高さにも驚く。王族クオリティか。

さて、とりあえず明日か。と思っていたらアムナート様が近づいてきた。茶髪に碧眼のチャラさ全開の同級生である。


「あれー、マリアさん、一人でどしたのー?アンナ様とメアリさんはー?」


「ええまあ。色々ございまして」


「ふーん。マリアさん最近すごく痩せたよねー。綺麗になったー。俺とお茶しなーい?」


「お断りいたします」


「えー?せっかく、明日の放課後、談話室の予約とったのにー。相手してくれる女の子つかまんなーい」


「アムナート様なら、いくらでもつかまりますわよ」


「えー断られたの9人目なんだけどー。じゃあマリアさんがさあ」


「お断りいたします」


ちぇっと呟きアムナート様は去っていった。明日の放課後、談話室九号室。そこでシオン様に経過報告である。アムナート様はシオン様の側近である。そのチャラさと裏腹に宰相の長子というご身分である。女性関係が派手であるが、それもシオン様の周りの女をさばききるためである。実際、シオン様がユーリ様を遊んで捨てた後もユーリ様を何かと慰め今ではユーリ様はアムナート様に憧れる恋する乙女である。シオン様を恨むこともなく新しい恋に邁進中である。


さてアンナ様に捨てられた翌日、朝の5時に起きて私は自習に勤しみ、一人で食堂でご飯を食べて登校する。授業は全て真面目に聞き、予習復習を欠かさなければよい程度にはマリアの頭は優秀だったらしい。っていうか、引きこもりの弟ライナスは授業には全く出てこないが定期試験には現れ学年トップをかっさらっている。そういうところが反感を買っているのが分からないあたりがだめなんだが。マリアの以前の成績は地を這うものであったが、アンナ様が中の下くらいの成績であるためこれも致し方ないことである。下僕というのはそういうものである。ちなみに、上位20名は貼り出されるがそれ以外は個人に通達されるのみであり、二ヶ月前の定期試験には中の下くらいの成績に上げることができた。いかんせん基礎が出来ていなかったマリアである。ライナスと血が繋がってるだけあってなかなか優秀なはずであるので今後に期待である。

しかし、今のところ私は平均程度の成績を保つ予定である。試験を全力では受けない。突然目立ったところでよいことはない。と思っていたら。




「次の試験で上位20名に確実に入れ」



談話室で紅茶を美しい所作で飲みながらの悪魔からの命令である。この学園の寮には個室の談話室があり、予約しておけば誰でも利用することができる。さて、シオン様の命令であるが。予測は出来ていなかったとはいえ、思考はできる。なぜ?と問う前に自分で考えよう。




「…ユリア様ですか?」



「ほう、さすがだな」



なるほど。そのために私を飼ったのか。と納得したような表情を読んだのか悪魔は言う。


「いや、お前を飼ったのはただの気まぐれだったが予想以上に使えそうな駒に成長してくれたんでな。あの姉の懐に入り込んでこい」


ユリア様は、この学園の女王様である。私たちの一つ上の最終学年において生徒会長を務めている。順当にいけば、来年はシオン様が生徒会長である。それはともかく、ユリア様は後継ぎ問題に対してまだ明確な姿勢を打ち出していない。この国の貴族は17歳で学園を卒業したあと社交界デビューし、24、5歳までが結婚適齢期である。社交界デビューが前世の記憶の中世ヨーロッパと比べると割りと遅いのだが、恐らくユリア様が社交界デビューすると既に後継者問題を巡って暗躍している貴族の動きが派手に活発になる。今のうちにユリア様が後継ぎになる気があるのかどうかを探ってこいということである。


「アンナと離れた時点で注目を浴びてる今、成績も上位に食い込めば確実にユリアが釣れる」


「それに、お前の今の容姿はあれの好みだしな」


ユリア様はリリーの会なるものを生徒会とは別に組織している。金髪に水色の瞳、長身でキリッとした顔立ち。立ち上る色香。ユリア様を慕う女生徒は多く、リリーの会はそんなユリア様を支援することが目的である。女生徒しかいない秘密の花園である。入会するためにはユリア様に声をかけられることである。本人による本人のためのスカウト方式である。会長はソフィア様という容姿は可愛らしいがユリア様のためなら手段を選ばないと噂を持つ方である。


情報を脳内で思い起こしながら整理し、帰ったら学習計画を組み直さないと、と思ったところで、予想外に近くにシオン様の顔があった。いっそ悪魔めいた美しさとその距離に驚き、身体を引こうとするとその大きな手が私の頭を抑えた。黒曜石のような瞳に捉えられた私に彼は言った。



「食われるなよ」



「俺は独占欲が強いから気を付けろ」



それだけを告げると彼は談話室から颯爽と出ていった。時間を置いて出なければならないが。



「あの悪魔、やりおるわー…」



彼の他人を魅了する手段だと分かっているのだが。ユリア様に子飼いをとられたくないだけだと分かっているのだが。

赤面する頬は止められなかった。



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