報告を聞いてくれ
眠たい。とても眠たい。明け方までユリア様の理想の男性像について語り明かされた私であるが、今日も今日とて講義を受けねばならない。しかもシオン様にこの案件を報告せねばならないという使命もある。定期報告よりも緊急報告の案件かと思われる。リリーの会に潜入したかいがあったものだ。ユリア様もソフィア様も、シオン様の子飼いであっても今後もリリーの会への参加を認めてくれた。サリーとローナと仲良くなれたことが嬉しかった身としてはありがたい話である。しかし、シオン様にこちらから堂々とコンタクトをとって報告するわけにもいかない。子飼い仲間から連絡を取るしかないと考えつつ教室に入ると、そうか、この男がいたか。
「マリアちゃーん。昨日はお楽しみだったみたいね。寝不足の顔してるー」
間延びした声で後ろから抱きついてきたこの男が。
教室が色めき立つ。
「アムナート様、人前ですので」
「やだなー、恥ずかしがるような仲だっけ?」
どんな仲かはさておきとりあえず一秒でも早く私を離せ。
「今から屋上の温室。ご主人様はご立腹よー」
耳元で囁くとアムナート様はするりと体を離して私の手を取り教室を出た。
「じゃ、いってらっしゃーい」
「かしこまりました。ありがとうございます」
そしてそのままアムナート様は優雅に廊下を立ち去った。明らかに玄関の方向へと。いや、講義を受けろよとは思うがツッコミは入れるまい。恋仲という噂の二人が消えたということにしておくのだろう。
私も彼に背を向けて階段へと歩み出す。シオン様にどのような報告をするかを組み立てながら。
温室のソファーにはシオン様が既に待ち構えていた。
しかし、やたらと空気が尖っている。というか、怖い。今までこの悪魔に関わってきた中でぶっちぎりの機嫌の悪さである。下僕に待たされたという状況にお怒りなのだろうか。
「お待たせして申し訳ございません」
とりあえず、声をかけてみた。すっとその整った顔をこちらに向ける。真顔である。まだ悪魔的な笑顔の方がマシなのではないだろうか。何も言葉を発しない。沈黙が重い。非常に重い。
「あの、シオン様…?」
彼が私に手を伸ばしたと思ったら一瞬だった。くるりと視界が変わって、私はなぜかシオン様に押し倒されていた。背中にはソファーの柔らかいクッション。視界は逆光で見えにくいシオン様。温室の中、バラの香りが漂っている。
さすがに状況が読めない。これは私は主の逆鱗に触れたということだろうか。先日アムナート様から雑談として聞いたシオン様に逆らったやつの末路を私も辿るのだろうか。それはさすがに避けたいところである。
「なあ…俺は独占欲が強いって、言わなかったか?」
ふいに声を出してさらりとシオン様の右手が私の髪を掬う。
そういえばリリーの会に潜入する前にそんなことを言っていたような気がする。もしかして、私がユリア様に寝返ったと疑われているのではないだろうか。いや、そうに違いない!身の潔白を証明せねばならない!!
「いえ、ユリア様とは何もございませんでした」
「なにも?一晩部屋に泊まってなにも?」
相変わらず広い情報網をお持ちのようで。しかし、一晩泊まったことは情報収集の一貫でありシオン様を裏切ったわけではない。
「はい!朝までユリア様の理想の殿方についてお伺いしておりました」
「…………は?」
その顔はとても間抜けなものである。しかし、イケメンは間抜けな顔をしても美しいんだなと私は初めて知った。そしてがくっと腕の力を抜いたシオン様が私の上に倒れ込む。空気が、弛緩した。
「あの、シオン様…重たいです」
「うるさい」
「あの、シオン様。報告すべき案件がございます」
「うるさい」
そのあとしばらくシオン様は動かなかったものの、しぶしぶ起き上がり私のリリーの会潜入調査の報告を聞いてくれたのであった。




