ソフィア様の声
一旦、寮の自室に逃げ帰り、化粧道具と大切なチョコレートを仕舞ったあとで、私は再びリリーの会の談話室へと戻ろうとしていた。うっかりしていたというか空気に呑まれてユリア様に御礼を申し上げるのを忘れていたのだ。階段を上がるとそばの教室から声が聞こえた。この声は…恐らくソフィア様である。普段は鈴の鳴るようなソフィア様の声が荒れている。前世でいうところのやのつく自由業の方の声のようにドスが効いている。これは何やら緊急事態。最近うっかりリリーの会を楽しんでいる私であるが、シオン様に報告すべき案件である。私は声の発信源である教室にの扉に近づき、耳をそばだてる。
「無理じゃねえっつってんだろうがあ!!」
ソフィア様、どこから声を出していらっしゃるのですか。あの可憐な姿からは想像もできません。一方、ソフィア様に怒鳴られている相手は泣きじゃくっている。
「無理ですう。もう限界なんです」
怒鳴られている相手は誰なのか。それが分かれば内容も理解しやすいはずである。
しかし、そこで会話が止まった。
「…さて、出ていらしたら?そこのネズミさん。いるのは分かっているのよ」
…私のことだろうか。いや、だが私ではない可能性がある。黙って息を潜めている。
「出てこいっつってんだろうが!!ああ!?」
ガタンという激しい音とともに目の前のドアが開けられた。ソフィア様の小さなおみ足によって。
「あら、貴女だったの。入ってらっしゃい、マリア・シャルロッテ」
逆らえない笑顔を見せるソフィア様の後に着いて教室に入る。虎穴に入らずんば虎児を得ずって昔の人は言ったけれども、リスクヘッジも考えた方がいいよなあと常々思っていた。とりあえず、虎穴に入った以上は仕方あるまい。虎の子どもが手に入るのか。泣かされていたのは誰だろう。リリーの会の令嬢の誰かか。そう予測して教室に入った私は驚愕した。
「…え?ユリア様?」




