計算が先に立つ男
貧血を起こして倒れた翌日、朝から寮の食堂へと向かう道すがら何かがおかしいことに気付いた。いや、何か、という言葉で自分を誤魔化してはいけない。そうあらゆる生徒から好奇の視線を感じるのだ。確かに、昨日講義中にぶっ倒れるという事件をやらかしているがそれだけでこの視線はおかしい。
寮の食堂に入ると、一斉に視線を浴びた。そして、生徒たちは何やら元の話に興じ始める。
一体、何が起きているのか。そんな疑問を解消してくれたのは、サリーとローナであった。
バイキングの中から、昨日ポプラ先生に詰め込まれた知識を元に必要な栄養素を含むものを選択しようとしていたところ、食堂に入ってきたサリーとローナが駆け寄ってきたのだ。
「ちょっと!マリア!!」
そのまま、私は二人に食堂から連れ出された。ああ、成長期に朝食を抜いてはいけないのに…。しかし、二人の腕の力は予想外に強く、そのまま寮の人通りの少ない廊下へと連行された。
「アムナート様と一体、どういう関係なの!?」
「そうよ!二人が恋仲だなんてどうして教えてくれなかったのよ!!」
はて…?保健室に駆け付けたシオン様ではなく、アムナート様の話が出てきたことに少々面食らう。とりあえず、シオン様との主従関係がバレてしまっていないことはよかった。しかし、アムナート様と恋仲になった記憶はない。一体、何が起きたのか。
「あの、アムナート様が何を…?」
二人に問う。
「ああ、そうね、マリアは意識がなかったものね」
「マリアが倒れたところをアムナート様がさっと支えてそのまま抱き上げて保健室に連れて行ったのよ」
「とてもかっこよかったのよ」
「心配そうにマリアの額を撫でたり」
「あの遊び人のアムナート様がついに本気の恋に落ちたのね」
一斉に二人がさえずりだした。私が口を挟む暇もない。いつのまにか、話は婚約にまで及ぶ。
「婚約式はいつなの?」
「絶対に呼んでね」
「ドレスを新調しなくては」
いや、アムナート様と婚約する予定はない。
二人のさえずりをBGMに私は考える。
あの男、何が目的だ。
シオン様は気まぐれである。悪魔のような男であるが、気分で動いているという点ではむしろ、アムナート様より安心できるのである。なぜなら、アムナート様はあらゆることに計算が先に立つ男だ。この状況は完全に彼の支配下である。シオン様の配下で味方であるという点だけしか安心要素のない男が一体何が目的で動いているのか。
とりあえず、否定も肯定もしないという選択肢しか私には残されていない。アムナート様が状況をどこに持っていこうとしているのか見守るしかないのである。シオン様に忠誠を尽くしている以上、アムナート様の何らかの策を私が邪魔するわけにはいかないのである。




