問診
「さて」
ポプラ先生は白衣の袖をまくる。この世界にも白衣はある。ただし、ポプラ先生が白衣の下に着ているのはシンプルな白いドレスであるが。
「私の仕事は生徒の健康を守ることであり権力だのなんだの、どうでもいいのよ。勿論、貴方たちの関係にも興味はないわ」
シオン様はどうでもよさそうな顔でそっぽを向いているが、私は少し安心した。まだ私がシオン様の子飼であることがバレるには早い。
「ただね、マリア・シャルロッテ。貴方の健康を守るのにシオン・ランダハルが関係してるのならキッチリ同席してもらって話をさせていただくわ」
「それは俺も望むところだ」
そっぽを向いていたシオン様が口を開いた。そして、問診という名の尋問が始まる。
「あなた、昨日の睡眠時間は?」
「三時間です」
「…その前は?」
「三時間ほどです」
ポプラ先生の眉間に皺が寄り、シオン様を睨み付ける。
シオン様は驚いた顔をして私に問う。
「お前、そんな睡眠時間を削って何をしていたんだ?」
「学年末試験の勉強をしておりました」
シオン様は一瞬考えてからぼそっと呟いた。
「そうか…お前、馬鹿だもんな…」
聞こえている。その失礼な発言はしっかり聞こえている。そして、私が馬鹿なのではない。マリア・シャルロッテの頭脳は決して悪くないのだが、今までの勉強をしていなかった期間が長すぎるのだ。そして、声を大にして言いたいのはシオン様の能力が高すぎるのだ。決して、私が馬鹿なのではない。
「睡眠不足ね。じゃあ今朝は何を食べた?」
「パンとサラダと牛乳です」
「最後にお肉を食べたのは?」
「4日前に鶏肉を食べました。ああでも、牛乳や魚は積極的に食べていますよ」
ポプラ先生はため息を吐いて、シオン様の方を見る。
「これに関しては俺は何も命令していない」
シオン様はひょいと私の腕を掴む。
「確かに細すぎるな…」
ポプラ先生は頭を抱えていたが、しばらくして私を見据えて言い放った。
「過労と栄養不足による貧血。あなたにはこれから三時間寝ていただいた後に栄養に関する指導をみっちり受けていただきます」
「え?あの、講義は…」
「優先順位というものがあるでしょう」
ポプラ先生は晴れやかに笑った。しかし、その笑顔には逆らってはいけないものを感じた。
「シオン・ランダハル、あなたもあんなに焦って心配そうな顔で保健室に駆け込むくらいなら、マリア・シャルロッテをきちんと大事にしなさい」
またもやそっぽを向くかと思われたシオン様は、しかし私の予想を裏切り、ポプラ先生の顔をしっかり見てこう言った。
「当然だ」
そして、私はその後きっちり睡眠をとらされ、成長期における睡眠と栄養の大切さについてポプラ先生に指導されたのであった。