輪廻の風
ニュー歴0203。
宇宙民は暴力を捨てられずにいる。
ファーム星系の永い歴史において、争いの血が流れた記憶は。
お互いに備える手段として武装する安心を持とうとする。非暴力を信じることができない。
不安な心がいつ自分を攻撃すかわからない侵略者におびえている。
この物質の世界では、武器を持たないことはすなわち、武器に蹂躙されてしまう。
武器に罪はない。
結局は誰が悪いかなんて、わからないのだろう。
大義名分を掲げて、人間は争いを正当化する。
宇宙移民時代になってまで戦争を肯定する宇宙人たち。
宇宙世代までもが、物質の世界を信じている。見えない世界を信じることができない。
ニュー歴0203、人はいまだ地下世界を彷徨う迷い子のまま。
光が欲しい、誰もが渇望してやまない光の世界へ。
この宇宙次元で、何が希望なのか?
トリン・カスタネットは悩む、生命体が互いに信じられないなら。お互いを尊重できないなら。
完璧でなくともいい、ただひとつ、皆に笑顔になってほしい。笑顔で皆が手をつないで助け合って行けたなら・・・
それは祈りだろう、ロボットの擬人が祈りを信じている。人以上の知性で人を救いたいと願うから。
ロボットが普遍愛を信じているなんて、あなたは笑うだろうか?
アラート!アラート!
「敵襲です!」
「広域レーダーには反応がありませんでした」
「損害は?」
「電磁シールドおよび耐衝撃エネルギーシールド80パーセント損失」
「シールドが無効化されてゆきます!」
「これはいったい」
ファーム星系惑星ドーター近くの宇宙域。
ラージシップ・ラインハルトの戦闘ブリッジ内で、幾つもの空間モニターに映るライブ映像。
宇宙の彼方から水色の光源が叩きつけてくる。高圧縮素粒子魚雷が迫る。
トリンの隣の副長席で被害報告をするステンレスには引っかかることがあった。
ケイトがばら撒いた愛ウィルスを無効化する邪ウィルス。
たった二カ月で愛に満たされた宇宙次元を悪に染めることが出来るなんて!
ステンレスが読んだことのあるチーズクラッシュ伝承・・・
「善と悪を戦わせているのは神・・・」
「どちらかが勝利するまで戦いは終わらない」
「ならば悪を産んだのも神だ」
「ステンレスさん」
「それは?」
前方の席で聞いてくる航法技師のイチゴ・タングステン。ピンク色のキューティクルいっぱいの髪の毛を爆発させながら。
「タングステンさん」
「私たちが互いに争い、滅びるまで」
「神様は勝利者にしか安心を与えない」
「愛プログラム・・・」
「カスタネット艦長!」
「トリンは愛プログラムと出会い、変わりました」
「優しさと思いやりがこの宇宙に満ちるまで」
「私たち擬人は何体もあきらめない」
「生命体が肉体を持つこの物質世界で」
「愛が信じられると誰もが確信するまで」
「神は私の隣にはいない」
「私のクリスタルソウルの中でともに怒り泣き笑うのです」
「これです」
「見てください」
イチゴがPDFスナップフォロをかざす。
「惑星カニメシの衛星軌道上の写真ですが、この影・・・」
「高熱源来ます!!」
「素粒子魚雷群129機!!」
トリンの艦隊は旗艦ラインハルト以下6隻。もう半分の3隻沈んだ。宇宙戦闘機は16機出撃中9機撃墜。
ケイトの5式戦2番機が被弾している。帰還命令を無視してケイト・ケチャップマンはドッグファイトを続ける。
2番機の後方でシャムロッドの6式戦1番機が追従する。
「現役女子大生!」
「あんたなんか初陣で戦死すると思ったのに」
「よくここまで粘ったわね!」
ノズルを全開にしてケイトの2番機が背面飛行で舞う。目の前の敵機を2機連続してマニュアルレーザー射撃。
一機撃墜して一機撃ち漏らす。後方のシャムロッドがその敵を光弾で撃墜。
ケイトが絶叫する。シャムロッドのインカムからノイズ交じりの声が聴こえる。
やかましい。
「あたしが作った愛ウィルスを簡単に凌駕するなんて」
「許せない!」
「敵の増援を確認」
「自機が撃墜される確率」
「100パーセントです」
「即時撤退を勧めます」
戦闘エーアイのみっちゃんが冷淡に報告する。
「え?」
「あ、あ、」
ビッ!
ケイトの2番機が撃墜された。直前に戦闘エーアイの判断でケイトは(コックピット射出)ハコ射出された。
そのハコを敵機がレーザー射撃で破壊する。
「ケイトーッ!」
「ちっ」
シャムロッドはためらうことなくターンして撤退を始めた。
「オリヒメさん」
「ヤンの機体は?」
「生存」
「すでに撤退を始めています」
戦闘開始から20分が過ぎ、トリン艦隊は敗走した。最後まで戦場に残った旗艦のラインハルトは撃沈される。操艦プログラムのロドリゲスが戦況報告。
「全シールド消失」
「被害甚大」
「戦闘機ハンガー及び第一第二第三隔壁閉鎖」
「整備士のサクラ・ストラトスが行方不明です」
「5分後に当艦はロストされます」
「各自脱出ポッドで脱出を」
戦闘ブリッジが天井落下で擬人たちは身動きができない。
瓦礫の中でトリンがつぶやく。
「ケイトちゃん」
「あなたには千の幸運がついているのよ」
「どんな不遇も弾き飛ばすほどの・・・」
始めに抜け出したイチゴがステンレスを引きずり出す。
「イチゴには夢があるんだよ」
「こんな宇宙で破壊されるわけにはゆかないよ」
幾億もの星が見つめている。デブリであふれる破壊されてゆく光を。
「そう」
「無だよ」
「擬人が死ねば何もなくなるだけ」
「人間が造りだしたおとぎ話なんだから」
私はこの宇宙初めての擬人、Pちゃんの言うことが素直に信じられない。
「でも擬人の持つクリスタルソウルは人間と同等だと聞きましたよ?」
「あにゃたはその言葉を素直に信じたんか?」
「はい」
「にゃらPちゃんの言うことも信じられるんじゃないかにゃ」
「生命体には信じるという機能が備わってる」
私はチトセ・バンジョー。人間の宇宙人だよ。この悠久ベ-ス東三番地に勤務してまだ一カ月だ。
おじいちゃんのタイラ・バンジョーは擬人の装備、愛ウェイの開発者。今おじいちゃんは引退して故郷のヤシャ星系惑星シュールに住んでいる。私も一緒に住んでいたんだけど、どうしても擬人を開発した悠久ベースで働きたかった。
だからおじいちゃんを置いて惑星チーズに来た。旅行鞄ひとつで・・・
「うん・・・」
「?」
「ここは」
「どこ?」
「ケイトちゃんは死んだの?」
巨大な青白い渦が上下に天井と下界で真ん中でくっついている。
それを見ているあたしは全裸で空中を泳いでいる。赤毛の髪が爆発して浮遊している。
一部分の空間が開いてひとりの女性がこちらを見ている。
金色の羽衣を着た天女のような人。グリーンの瞳に魅入られた。
「ケイト」
「ケイト」
その人はあたしのことを知っているようだ。
「あなたは同じ過ちを犯しました」
「うん」
「あたしは暴力に負けてしまった」
「チカラにチカラで対抗するのは、同じ野蛮人のしるし」
「ねえ教えてツバキさん」
「暴力に立ち向かうにはどうすればいいの?」
「まだあなたにはわからないでしょう」
「なぜ人が輪廻転生するのか」
「この宇宙が、体験する世界なら」
「人々が犯す罪や過ちも、等しく平等だと言うこと」
「ケイト」
「生きなさい」
「その命が果てるまで」
「見えない世界は、いつもあなたと共にある」
「あなたの中の宇宙が泣いているから」
「!」
涙があふれてきた。心が洗われるみたいだわ・・・
「愛プログラムは」
「あなたがたに干渉することはできない」
「創造主たる主は、自分の力で這い上がることを望んでおられます」
「でも忘れないで」
「愛は誰の心にも刻まれています」
「魂の中の記憶にアクセスするには、まだ時代は未熟なのです」
「互いに争い、いがみ合い、傷つけあっている程度では・・・」
風が吹いてきた。心を吹き抜ける風。
涙が止まらない・・・




