旅の始まり
あたしケイト。ケイト・ケチャップマン。21歳。人間だよ。
ニュー歴0203。今、ネット大学の講義を受けている。
50年前に途中で辞めたハイスクール、はネット教育で卒業資格を得たよ。
惑星チーズのマケダミアン大学の一回生。
3カ月前に、あたしが宇宙全土に愛ウィルスをばら撒いてから、宇宙に平和が来た。
でもなんかおかしい・・・
争いを好む人間がもう、登場し始めたのだよ。
ステンレス・ノーマット副長が言うには。
この宇宙のどこかに、密かに戦争倫理を改変している輩が居るんだそう。
あたしが愛ウィルスを開発したように、邪ウィルスを開発した存在が居る。
もう、悪の統領カタルシス・モル・サンガは争いを捨てて、平和な暮らしをしている。
彼が設立したアクシア、は慈善団体として新しい事業を開始している。
今でも宇宙海賊タンバリンの海賊船ドリーミンが、ファーム星系で出没するらしい。
あいつらの脳は愛ウィルスには感応しないのか?
トリン艦長たちラージシップ・ラインハルトの乗組員はみな平和維持軍に志願したわ。
あたしだけ勉学に励んでる。
噂によると、今度の敵はあたしたちのシールド、愛ウェイを簡単に無効化できる兵器を持っているらしい。
それはあたしたちの負けを意味する。
この宇宙が混乱と死に満ちてゆく予感がする。
「次に、擬人と人間の関わりの歴史について」
「南部歴0662、擬人技師セカ・ランドセルによって書かれた」
「擬人は人間を幸せにできるか」
「第一三節、人間は擬人から愛をもらうだけでいいのか」
「擬人が人間に与える無償の愛は、人間を癒す」
「しかし人間は擬人に何もしないのは」
ピロシキッピロシキッ!
「わわわ」
呼集ベルだ、こんな時に非常呼集なんて!
そそくさと教室から退散するあたし、普段着のスカートをひるがえして廊下を走る。
ピンクのフリル付きのミドルスカート、宇宙戦闘服を着ると女っ気もくそもないからね。
もう今じゃあたしは有名人だから、教室の同級生はやっぱりといった顔でざわついていた。
2時間かけて臨時シャトルに搭乗して、宇宙港へ急ぐ。
メディアの取材やら広告の出演やら、芸能人かぶれしているあたしに、カツを入れてくれたのはトリン艦長だった。
2カ月前のトリン艦長とあたしの二人だけのプライベート旅行で、惑星カニメシの遊園地の観覧車。
赤い地表を眼下に満天の星空を見つめながら、
「ケイトちゃん」
「おごりは己を滅ぼす」
「あなたは有名になるために宇宙英雄になったの?」
「宇宙英雄は謙虚で実直じゃなきゃ」
「いつか道を誤ってしまうよ」
「そうだよね、あたしは芸能人じゃないんだ」
「目立ちたがり屋のサルじゃないよ」
「実力で生きる世界に居るんだ」
ドック3番にあたしの宇宙戦闘機コンバットフライ5式がある。
TPDボックスに預けてある装備一式を身に着けてから搭乗する。
ピロリン
「こんにちはマスターケイト」
「操縦はオートにしますか」
「うん」
「そーしてちょーだい」
「宇宙港・大樹に駐機してる」
「ラインハルトまでお願い」
戦闘エーアイのみっちゃんとの会話。
信頼関係が確立している。
整備班が整備を済ませてある、カタパルトまで誘導してくれる。
緑色の区画を抜けて、真っ白なカタパルトエリアまで出る。
カタパルトオフィサーと別れをのあいさつを交わして、カウント開始まで待つ。
五式戦の透明モニタ上の電影パネル計器に投影されるカウントの数字とリンクする。
射出口の先の星空を見つめる。
「ゴー!」
カシン!
「待ってて、みんな」
ゆっくりと回っていた星空が、急速で自分の後ろに追い抜いてゆく。
何の衝撃もない。5式戦に初期装備されているGキャンセラーが、重力を無効化させてくれる。
宇宙はほんとに広くて、こんなはねっかえりもんのあたしでも簡単に飲み込んでくれる。
あたしはもらうばっかりだ、ひとつでもお返しがしたい。
あたしが産まれるずっと前からここに居ることを許してくれる宇宙。
ブルー大尉がいつか言っていた、宇宙には愛と死が住んでいるんだって。
あたしはまだ愛の正体も知らないし、死の経験もない。
簡単には理解できないけど、見守られているのはわかる。懐かしい存在達に・・・
操縦桿とスロットル、ラダーペダルがオート制御で操舵されている。
ガイドナビが4番投影モニタ上でラインハルトの駐機している宇宙港・大樹までの航路をトレースしている。
ぶわ
コックピット前左右部に、一斉に大小の9個の投影モニタが瞬時に開示される。
2か所のモニタにトリン艦長の顔が映る。
「ケイトちゃん」
「あなたまで戦場に出てくることはないのよ」
「ケチャップマンさん」
「ルートDDのコースに従ってください」
「着艦後ブリーフィングルームに」
「了解です、ノーマット副長」
「トリン艦長殿」
「ケイトは輝いていたいんです」
「加速を懸けて!」
私設部隊ラインハルトは正式な軍隊ではない。軍のような厳しい規律はないが、和を乱さないように強めている。人間が機械化師団の脅威から立ち直ったとき、再び軍部が再編された。
人間が擬人LPたちに守ってもらった経験から、軍人も使い捨てにはならなくなった。
人間が造ったロボットの擬人に、愛や知性を教わった。
美しいものが好きなのは、生き物も人工エーアイも同じだった。
太陽光フレアから人体を守る宇宙服が開発されてから、宇宙移民の技術は激変した。
人間と違って擬人は酸素を必要としないし、フレアからも耐衝撃エネルギーフィールドが守ってくれる。
だけど、新たな敵はあたしたちの現実化防壁装備、愛ウェイを無効化できるらしいの。
悠久ベースで新しいシールドを急ピッチで開発中だけど。
「トリン艦長殿が言う言葉の意味が分かる気がする」
「マスターケイト」
「それは私にもわかります」
「自分か相手か、どちらかに死が訪れるなら」
「自分の番が来るのは今日かもしれない」
「みっちゃん」
「達観は死んでからでも遅くはないよ?」
「宇宙港・大樹に到着」
「シグナルグリーン」
「着艦モードに入ります」
ラインハルトは改造を受けた。
シールドの強化とカタパルトハッチの左右から上下化。左右に並ぶ1番2番ゲートから、上下に並ぶように改変された。大掛かりな改造だったけど、悠久ベースはよく予算を出したわね。
数十分後、ラインハルトのブリーフィングルームにて。
トリンとイチゴとケイトとシャムロッドとヤンが椅子に向かい合って座る。
トリン艦長の説明。
「今回の敵勢力ですが」
「全く詳細がつかめません」
「マニュアルどうりに維持軍は行動しますが」
「交戦規定が設定されています」
「各自規約を読んでおくように」
「まったく、退役女子高生の作った愛ウィルスも役に立たないわね」
「大尉殿」
「それを言っちゃあおしまいでやんす」
ケイトが珍しくふざける。
ブリーフィングが終わった後、ケイトとシャムロッドが船内レストランで間食する。
透明ボトルに入った合成イチゴミルクをストロー飲みしながらケイトが話しかける。
「ブルー大尉殿も休暇を取ったんですか?」
「ああ、とったわよ」
「それよりあんた」
「あのカタル・モル・サンガの組織の性奴隷になったときは死ぬかと思ったわよ」
「あたしは大勢の男にレイプされたのよ」
「人間なんて簡単にかたずけれるけど」
「あんたは無事だったからいい気なもんね」
「それはなんべんも謝ったじゃないすか」
少し離れた席でイチゴショートケーキを食べているサクラが近寄ってきた。
ぼそ・・・
「私は気持ちよかった」
さっきから入口のオートトラックドアを蹴っていたイチゴ・タングステンが文句を言っている。
「私も気持ちよかったけど」
「あれは集団レイプよね完全に」
「イチゴはバージンで通ってたのに、擬人には生殖機能はないけど。ケイトさん、責任とってくれます?」
「ステンレスさんの乱れっぷりは有名よね」
「ま、まあまあ」
「みなさん利害が一致しているようで」
「終わり良ければすべて良しというじゃあありませんか」
「よくない!!」
シャムロッドとイチゴが一斉に声を合わせる。
カタパルトハンガーにヤン・ベアリングが居る。ヤンはケイトと同じ人間だ。このラインハルトに人間は二人だけ。
ケイトはためらいながら声をかける。
「ヤン」
「おっ、ケー」
「俺の事避けてると思ったぞ」
「なんでいつもこそこそ逃げるんだよ」
「え」
「でも」
「監禁性奴隷のことか?」
「もう済んだことだよ」
「別にお前を恨んでなんかいないよ」
「それより」
「トリン艦長とステンレス副長はたっぷり気持ちよくなったみたいだな」
「乱れっぷりがすごかったそうだぞ」
あたしの顔が赤くなる。うつむいてその場を後にする。
「みんなたくましいわね」
仮眠時間、自室のベッドで仮眠をとる。
Pちゃんは忠犬三型と共に悠久ベース2番地に居る。Pちゃんは戦争が嫌いだからマザーは納得してくれたみたい。長い年月がPちゃんから戦闘スキルを奪ったようだ。
トリンは意気揚々としている。また新しい旅が始まった喜びの中にいる。
新鮮な刺激に身も心も身悶えている。
「旅は終わらないわ」




