取り戻せ、エバーブルー
「みっちゃん3号」
「雨が降ってきたから食事は行かないよ」
「わかったよ」
「ケイトは雨の日が嫌いじゃなかったっけ?」
「べっつに~」
「あたしは晴れでも雨でも嵐でも好きだよ」
「自然が好きなんだ」
「自然なオンナ」
そう、自然。
あたしケイト。ケイト・ケチャップマン20歳。
今はラインハルトを下船して、長期休暇に入っている。
産まれ故郷の、ヤシャ星系、惑星シュールの仮住まいで。
どうしてもシュールで暮らしたかった。
一度は家出して、50年以上実家のアパートへは帰らなかった。
訳あって冷凍冬眠していたから。アパートは無くなっていた。
お父さんとお母さんは心配しただろう。もう両親は亡くなったが。
原因不明の猛烈な感染力を持つと言われる宇宙病のあたし。
結局、誰にも治せない宇宙病を隣のファーム星系、惑星チーズで治療してもらった。
何と治療費は無料!
あたしは惑星カニメシのエアレースの賞金の1兆アホンダラ―を電子マネーで持っていたが。
1クールも払わなかった。マザーが言うには。
「あなたの存在そのものがこの宇宙次元を救うのです」
「お金など貰う事は出来ません」
そして50数年ぶりに故郷の惑星に帰ったあたしが驚いたのは。
「変わってしまった・・・」
全てではないが、子供の頃見た風景が無いのだ。
かつては人口は半球状のドームの中で生活していた。
それは人工的で、都会の生活に慣れたあたしには自然な事だった。
ごくたまにドーム外へ遊びに行ったとき。
本物の自然の素晴らしさに感動したものだった。
空は真っ青で草木は緑色で、河や海はエメラルドのような青色。
空気の匂い、川のせせらぎ、森のざわめき、虫や動物の鳴き声。
全ての環境があたしに、今日を生きている感動を教えてくれた。
あたしが離れていた50年の間に、ドームの暮らしから解放され。
大昔のように人は自然の中に建築物を建て、街を作り、自然と共存する道を選んだ。
あたしが帰って来て休暇を取るようになった半年前。
最初は自然の中で暮らせる嬉しさに胸がいっぱいだった。
でも、おかしい・・・
何かが違うんだ。
「ねえ」
「みっちゃん3号」
「何ですかケイト」
「あの空を見てみて」
「?」
「空ですか」
「もう通り雨は止んでますが」
短期契約住居の窓から外を見る二人。
いや正確には独りと一体。
あたしが「みっちゃん3号」と呼称する相手は、家政婦オートマタだ。メイドさんの擬人ね。
見た目は完全に人の姿をしている。
「はて」
「いつもの空と変わりませんが」
「ちがうちがう」
「あたしが言いたいのは空の色だよ」
「色?」
「うん」
「50年以上前に遊びに行った大自然の空は」
「なんかこう、もっと」
「もっと?」
「青かった!」
「快晴の空は青いものですよケイト」
「だ~か~ら~!」
「昔の青空は、今みたいに水色じゃなくって」
「ほんとに深い濃い青色だったの!」
「ケイト」
「私が製造されたのは1年前だよ」
「半世紀前の大気の色を記憶してはいない」
「記憶クリスタルチップを調べれば判明する」
いつの頃からだろう・・・
この星の青空の色が薄くなりだしたのは。
銀河系ファーム惑星チーズのチーズクラッシュ伝承によれば。
『人類創生以前から』
『全ての惑星の空と地と海には、龍が存在している』
『そこに住む全ての生命の魂の波動が清められた時』
『龍神は祝いと歓迎の為の新しい世界へ踏み込む運命を呼ぶだろう』
『対として、惑星の存在の波動が汚れて邪な精神が息づいた時』
『龍は怒り嘆き狂い、惑星に災いをもたらすだろう』
「鏡」
そうなんだ。
この次元は鏡なんだ。すべて、自分の行いや意思や感情が自分自身に跳ね返ってくる。
謙虚で愛と慈悲に目覚めて生きれば、愛と言う神様が自分を守ってくれる。
反対に、ごう慢で慢心した魂の波動は、大空と大地と海を泳ぐ龍さまには判ってしまう・・・
きっと。
「あたしも」
あたしも暴力を使う・・・正義の名のもとに。
でもそれは、平和から遠ざかる行為だと、簡単に考えれば解る。
じゃあ平和の為に何をすればいいの?
「愛?」
「ケイト」
「ケイトには耐衝撃エネルギーフィールド」
「愛ウェイが装備されている」
「それがヒントだよ」
「!!」
あたしは居てもたっても居られなくなった。
大至急星間ネットよりも高速な秘匿回線を使用してラインハルトへメールした。
ラージシップ・ラインハルト。
トリン艦長率いる擬人部隊。平和維持の為に戦争する。
あたしケイトも、何の疑いも無く戦闘に参加してきた。
宇宙戦闘機に搭乗し、激戦を生き抜いてきた。
「あたしも殺した・・・」
涙がポロポロこぼれ出した。透明な塩辛い液体が頬を伝い、床に落ちる。あたしの化学合成衣服に染みつく。
愛と平和の為とカッコいい事を言っても、所詮あたしも人殺しだ。
「愛ウェイ・・」
耐衝撃エネルギーフィールド愛ウェイには特殊な効果がある。
その装備者に攻撃を加えたものに無我を促す。
簡単にいえば『悟り』だ。
一撃を加えただけで、攻撃者が愛と平和の精神に目覚めてゆく。
でもなんかおかしい。
「あたしは変わらないの?」
「あたしには愛と平和の心が無いの!?」
みっちゃん3号が買い物に出かけた。
あたしは、ありったけの気持ちと疑問をラインハルトへ送った。
すぐにステンレス副長から返事が来た。
それによると。
惑星チーズの技研の方たちもその矛盾点にすでに気がついていて。
現在進行形で愛ウェイの新バージョンを開発中だと言う。
あたしは迷わなかった。
その開発の被験者に志願する。
あたしには産まれつき授かった運がある。
あたしがこの宇宙次元の渦なら、その渦に飛び込む!
「愛と勇気を試すいいチャンスよ!!」
あたしはすぐに行動した。
電脳メールでみっちゃん3号に伝言して、急いで荷づくりして。
庭の駐機場に常駐機してある、宇宙戦闘機「コンバットフライ5式」を垂直離陸させる。
今はラインハルトでは6式が配備されたが。あたしはまだ5式を使っている。戦力的に大差ないし、使い慣れたこっちのほうが相性がいい。搭載されている戦闘エーアイも、親しみのある「みっちゃん」だし。
あ、「みっちゃん」てあたしの同級生のニックネームなの。人間の本人は今はお年寄りだけどね。
ピッ
バクン!
キュウウ
「こんにちはマスターケイト」
「すぐに離陸しますか?」
「操縦はマニュアルで?」
「OK」
「みっちゃんマニュアルでいいわ」
「すぐに垂直離陸して惑星間輸送船に乗るわよ」
「近くの宇宙港まで飛ばすわよ!」
垂直離陸して自宅が遠ざかってゆく。
水色の空の中で、コンバットフライは上空へ飛翔する。
高高度まで達してから、成層圏飛行に入る。
全方位モニターは微妙なノイズを混ぜながら搭乗者に視覚映像を与える。被弾時や攻撃時に光から眼球を守るために色覚も変更する。
宇宙戦闘機「コンバットフライ5式」は大気圏突入と突破が出来ない。だから大型輸送船やラインハルトなどの星間シップに運んでもらう必要がある。
「もしかしたら武装なんて要らないかもしれない・・・」
「自分も誰かを傷つけて来たのよ」
問いかける世界で。何を問い、何を求める。
敵?そんなものは存在しては居ない。
「憎しみに負ける自分の心が敵なの!」
あたしは今この世界を生きる。あたしが見て聴いて話すこの世界は、いつでもあたしを見つめている。
この世界が好きだ。産まれた世界だから。
「守ってください」
「シュールの神様・・・」




