第6話 旅立ちの手紙
遅くなりました。炬燵天秤です。
3、4日と言ったな? ………あれは嘘だ。
(流行り? を言えばきっとなんとかなるはず………無理か)
では、どうぞ。
森を無残に薙ぎ倒しながら村への侵入を果たそうとするゴブリンやオーク、そしてトロール。
森を抜けた先に見た光景は、人間にとって邪悪の象徴でしかない魔物達が村を襲うものだった。
「親父………っ!」
「まだ村の防衛戦で耐えてるみたいね。急ぎましょう!」
幸い火がついているのは魔物達が襲撃して来た方角の森だけだ。村の防柵の手前で持ち堪えているようだ。
「そんな、ここで魔物なんて見なかったのに………⁉︎」
森の中を駆け抜けて行く。まさか本格的な侵攻が始まったのだろうか? だとしたらシル王国の王都が滅んだ事を伝えなかった己の責任だ。いたずらに人の不安を煽ることを懸念したのが裏目に出た。
「後ろから援護するけど、一人で突っ込まないでね。あくまで防衛戦。襲い掛かってくる敵から村を守る。それが最優先!」
森を抜け、小麦畑を突っ切って魔物が攻めている東門へと走る。敵の総数を数えつつアレンとサーシャに注意を促す。
「わかった! 村は俺が守る‼︎」
「村のみんなの治療をしてくる! ネアさんも気をつけて!」
アレンが前衛、サーシャが回復役、そして私が火力。それぞれの役割の為に持ち場へと走った。
■村の東門、防衛戦
「剣士達は持ち堪えろ! 槍隊と弓隊はどんどん攻撃するんだ! 村の中にまで敵を入れるな‼︎」
火がつき始めた門の正面で指揮をとり、ゴブリンを斬り伏せたダンクは額の汗を拭う。戦闘が始まってから数体斬り伏せたはずなのにいまだに数が減る様子は無い。もはや軍勢に近い数がこの村を襲い始めている。
最初の異変は3日前から商団との連絡が取れず、王都の方角から煙が見えたことだった。山のせいで直接王都の姿が見えない為、何人かに様子を見に行かせたが未だに連絡はない。
更には今日の昼にアレンと仲の良いサーシャがオークに襲われた。幸いたまたまそこに居合わせた魔法使いの少女が助けてくれたが、今までオークが村の近くに現れる事などなかった。
そして日が暮れる直前、東の森から火の手が上がり、ゴブリンの群れが襲い掛かってきた。最初は数匹の群れが散発的に飛び出してくるだけだったが、やがてオークが混じり、今ではトロールまでもが村を襲おうと近づいてきている。
「いいか! トロールには絶対一人で近づくな‼︎ 必ず囲んで敵の動きを抑えろ! 怪我人が現れたらそいつを引きずってでもランガスに送り届けるんだ!」
すでにトロールの攻撃で数人の犠牲が出ている。防御に徹しているお陰で暫くは防衛戦を突破されはしないだろうが、ジリ貧だった。
バカ息子が村にいなくて助かった。あの未熟者がここにいたら間違いなく命を落としていただろう。
『ギィ、ギィ、ギィ!』
粗末な棍棒を振りかざすゴブリンを血煙に変える。ゴブリンやオーク程度が何十体襲い掛かってこようがダンクにとって何の問題も無かった。が、不幸な事にゴブリンの血煙によって視界を遮られた。
血を避けるために移動した先はトロールの真正面だった。
「っ………‼︎?」
『ゴアアアァァァアア‼︎!』
目の前に現れたダンクに、人の体ほどもある巨大な棍棒を振りかざしたトロールは容赦無く振り下ろし、ーーー盛大に空を切った。
『グォ?』
「なっ………⁉︎」
「無事か、クソ親父‼︎」
ダンクには見えていた。トロールが棍棒を振り下ろす直前、熱戦が一瞬で棍棒を消し炭に変えた事を。そして聞きなれた罵声が横から聞こえてきた。
「アレン⁉︎ なんでここに来やがった! ガキは下がってろ‼︎」
「五月蝿えっ‼︎ クソ親父こそ下がっていやがれ!」
目の前に飛び出してきた息子はその勢いを殺さず、僅かに輝きを放っている長剣をフルスイングした。避けきれないと判断したトロールは腕を犠牲にして防ごうとするが、やすやすと斬り裂かれ身体を両断された。
「お前………」
村の戦士四人がかりですら苦戦するトロールをやすやすと倒したアレンに瞠目する。その後ろ姿は昼に見た時とは全く異なって見えた。
『ギィ、ギィ、ギィ‼︎』
新たに現れ、目立つ長剣を構えたアレンに向かってゴブリンやオーク達が殺到する。いつの間にか目に見えるほど減っていた魔物達はその残りでもってアレンを殺そうと襲いかかった。が、
「《緋雷》!」
魔物達の真横から襲い掛かった緋色の稲妻によってその身を灼かれていく。
「これは………複合魔法⁉︎」
王都で一度だけ見た事があった。基本五属性の魔法を組み合わせ、より強力な魔法へと昇華させる技法。その困難さから数えるほどしか行使できないとか。
「雑魚は私に任せてトロールをやって!」
「わかった! クソ親父、死ぬなよ!」
去り際にきっちり罵声を俺に浴びせてもう一体のトロールの方へと走っていく。その様子を立ち上がりながら見送っていると、後ろから少女の声が掛かる。
「ダンクさん、今の状況はどうなっていますか?」
「君は………ネアさんか」
汚れひとつない綺麗な白髪を靡かせてこちらに向かってきた。恐らくは彼女が先程の魔法を行使したのだろう。
「三人犠牲になった。今はまだ持ちこたえているが………、まずい状態だ」
「リーダー格の魔物は見た? 魔族とか魔獣だけど」
「いや、見当たらなかったが………?」
その返答に満足したのか、ネアは未だに暴れ続ける魔物達の方に向き直った。
「なら、こちらの事が漏れる心配はないか。………アレン、でかいのぶっ放すから下がって!」
少女は深紅の杖を掲げ、魔力を収束させる。周囲に風を起こす程の魔力量に魔物達は気圧され、後退った。
「ま、待て。一体何をするんだ⁉︎」
紫電を放ち始めた杖を掲げたネアは、慌てるダンクを意に介さず不敵に笑った。
「それは勿論ーーー殲滅だよ‼︎ 《稲妻の散雨》‼︎!」
刹那、ダンクの視界が真っ白に染まった。常識外の魔力の爆発に襲われる中、魔物達の断末魔をうっすらと聞いた。
■村の教会。
「やってしまった………」
既に壊された柵の修復は始まっている。怪我をしていない男手は全員駆り出されている中、ネアは意気消沈してお茶を啜っていた。
「いえ、魔物に襲われてこれだけの被害で済んだのはむしろ珍しい方です。小麦畑だって全体に比べればほんのちょっとですし」
サーシャが慰めてくれてはいるが、どうも魔力の扱いが雑になってしまっている。中級範囲魔法の《稲妻の散雨》で地面を深く穿つほどの威力が出るとは思いもしなかった。
(さっきのとかファイアーボールにしろ威力がかなり上がってるみたいだなぁ………)
下級魔法は中級魔法、中級魔法は上級魔法にそれぞれグレードアッブしているらしい。魔法の加減が困難な今、扱いにはかなり気を使う必要がありそうだ。
「えっと、サーシャさんは、」
「サーシャと呼び捨てで良いですよ? 同い年くらいですから」
「なら、私の事もネアと呼び捨てで良いよ。あとタメ口で全然構わないから、サーシャ」
「うん。ネア、それで何か気になることでも?」
「ううん、大したことじゃないけど、サーシャは旅に出て何処か行きたいところはある?」
ネアの質問に少しだけ考え込んだサーシャは、きらきらと目を輝かせて身を乗り出してきた。
「やっぱり、トリアスタかなぁ。精霊が飛び交う光景は素晴らしいってお父様が言ってた」
「あー、確かにあそこは綺麗だったなぁ。夜中でも街がきらきらと輝いてるからね」
精霊の都・トリアスタ。精霊の住処である大木の上に造られた都市は、形を持たない小妖精の輝きで昼夜問わず満たされている。
眠らない街で鍛冶や魔法に励む為にドワーフやエルフ達が色鮮やかなツリーハウスに住み込み、妖精が飛び交う幻想的な夜景を思い出していると、驚いた表情のサーシャがこちらに振り向いてくる。
「行ったことあるの⁉︎」
その目には、はっきりと羨望の眼差しが見て取れた。その迫力に少し押されながらもこくこくと頷く。
「うん。魔法使いはトリアスタに行って修行するのが基本だからね。若い時に一度は行くところだよ」
勇者パーティーの魔法使い、リリアナの受け売りをそのまま話す。これからも彼女の受け売りは利用させてもらおう。覚えておいて損はなかったようだ。
「ここに居たか、サーシャ。それに魔法使い殿」
ガールズ(?)トークに花を咲かせていると、後ろから少し渋い声が聞こえてきた。振り返ると、白髪の混じり始めた薄緑の髪を短く揃えた男性が立っていた。
所々血に汚れた神官服を着ていることから、おそらくサーシャの父親だろう。先程まで怪我人の治療をしていたのか。
「お疲れ様です、お父様。一段落ついたようですね?」
「ああ。偵察に行った戦士によれば魔物の増援は見なかったらしい。ひとまずは安心といったところか。………それで、頼みがある」
懐から一通の書簡を取り出してこちらに差し出してくる。サーシャが受け取ったそれを覗いてみると、そこには『ガナード・カーレイン侯爵殿』と書かれていた。
「ガナード侯とは旧知の仲でな。王都からの連絡が来ない今、彼ならこの異変に対応してくれるかもしれん」
そんな事したら普通は国境侵犯ものだが、今はもう国が滅びているから一応問題はないか。
「この手紙を届ける事を、今一番体力があって実力もあるサーシャ、アレンくん、ーーーそしてネア殿に頼みたい」
そう言って頭を下げてきた。余所者に対しても礼儀を失わないとは良く出来た人だ。
(まあガナードとフィアナのところに顔を出しておくのも良いか。フィアナはいるか分からないけど)
軍の野営地なら情報収集に最適だろう。一人頷いていると、サーシャの震え声が聞こえてくる。
「お父様………、旅を、許してくれるのですか………?」
僅かにだが目尻が光っている。それほど嬉しい事だったようだ。
「このようになってしまっては仕方がないだろう。今となっては魔物達に襲われている村よりも旅の方が安全だろうしな。………腕利きの魔女殿もいる。サーシャならやり遂げられる。頑張れ」
「はい………。任務、承りました。行ってきます!」
手紙を大事そうに受け取り、頷いた。サーシャの父親は満足気に頷いてから怪我人の治療へと戻っていった。
「二人とも、どうしたんだよ?」
その声に振り向けば、アレンとダンクがこちらに歩いてきていた。先程まで二人とも突貫工事に駆り出されていたというのに疲れている様子はない。タフな二人だ。
サーシャははち切れんばかりの笑顔を浮かべ、アレンに飛びついた。
「アレン! クエストよ!」
「クエスト………⁉︎ やったな、ついにか‼︎」
二人とも目をキラキラと輝かせて互いの手を叩いた。喜びあう二人を置いておいて、ダンクに話し掛ける。
「サーシャの父親から頼まれましたけど、あなたとしては良いんですか?」
旅立つ子を見送る親の気持ちはまだわからないので尋ねてみる。ダンクはアレンの事を暫くじっと見つめていたが、面倒臭そうに頭をガリガリと掻いた。
「まあ、死んだら自己責任だ。サーシャちゃんを死なせたらぶっ殺す。それだけわきまえてさえいれば構わないさ。………バカ息子だが、よろしく頼む」
そう言ってこちらに頭を下げてきた。サーシャの父親といい、ダンクといいこの村は礼儀正しい大人が多いな。ギルドとは大違いだ。
「任せてください、ダンクさん。彼らは強いです。きっと一人前の戦士になって帰って来ますよ」
胸を叩き、頷いてみせる。アレンとサーシャはかなりの素質を持つている。騎士になる事だって夢では無いだろう。
「ネア! 早く行こうぜ! 親父、行ってくる‼︎」
「ネア、お昼になる前に山道を抜けるから急ぎましょう」
「うん。行こう、ガナード侯爵領に」
暗かった星空が赤く染まり始めた。いつの間にか旅の荷物を纏めていた二人にどうしてか懐かしさを覚え、歩き出した。
やっと旅立つなぁ………長かった。
最近は転生者が流行りの気が勝手にしていたので(気の所為だろうけど)、性転換にしてみました(錯乱)。
後衛視点の活躍、頑張ります。
感想を頂ければ幸いです。