第40話 暁の旗揚げ
これにて、第1章本編、完。
感想、ブックマーク、評価をつけて下さった方だけでなく、この拙作をわざわざ開いて読んで頂いた方全員に感謝したいと思います。
そしてブックマークも200件行きました。ありがとうございます!
では、第1章最後の本編を、どうぞ。
■元シル王国、廃都。
聖剣と邪剣の激突や魔王の氷魔法、そして魔人の顕現によって完全に更地と化した、シル王国の廃都。
「ふぅ、………シルの人達。やっと、終わったから」
歴史に残るような大激闘でも崩壊しなかった境界門を除けば、建物と言える存在が何もない更地を眺め、俺はそう呟いた。
すると、アンデットやスケルトンの残骸ーーーそのほとんどは原形を留めていなかったーーーがパラパラと急激に風化して崩れる。
そして魔王の呪いから解放された魂が、視認出来てしまう程の輝きを放ちながら、黄昏色の星天へと上がっていく。
………浄化、されたんだな。
「ネアっ‼︎」
懐かしく思えてしまう程離れ離れだった、聖剣使いである金髪の少年の声が聞こえてきた。
「ネアさん!」
「ネア〜〜〜!」
後ろを振り返れば、最終的に魔王を倒した最愛の仲間達が駆け寄ってくるところだった。
「ネアっ、死んでなくて良かっ……熱っ⁉︎」
「あっ」
「アレン、炎の中に突っ込むなんて何やってるの⁉︎」
俺を抱きしめようとしたアレンが、俺の身体を這い回る炎に飛び込んで勝手に火傷した。
本来なら触れただけで全身が燃え尽きるのだが、流石はアレン。触れた場所を軽く火傷しただけで、何ともないな。
「魔王を倒しても、アレンのアホなところは抜けきってないぴょん」
慌ててサーシャが《治癒》を掛ける様子を見ているヴィヴィアも、呆れながらも笑っていた。
「ウィアも援護、ありがとうね」
「………ぴょん」
お礼を兼ねて、炎が燃え移らないように注意しながら頭を撫でてあげると、嬉しそうに頬を染めてウサ耳をぴょこぴょこと揺らした。
「ネア、その炎って解除出来ない、のか………?」
火傷を治療してもらったアレンが、珍しく不安気な表情を浮かべて尋ねてきた。ああ、このひと騒ぎの元凶を追い出さないと。
「というわけでスルト、さっさと出て行きなさい」
「やれやれ。魔人使いの荒いマスターだな。《憑依解除》」
俺の口を使って俺の愚痴を吐いたスルトが解除の起句を唱えると同時に、心臓の辺りから赤黒い色をした杖がズボッと飛び出した。憑依時とは違って解除する時は全然痛くないんだな。
そしてスルトが俺の身体から抜けた事によって、魔人の因子もまた消え去っていく。
黒髪は汚れ一つ無い白髪に戻り、血の通いが良かった肌も白磁に戻った。そして胸も………いや、戻ってない!
(おお、ぺったんも良いが、この位の大きさも中々良いかもな。何より少しだけぷにぷにした感触が堪らない)
「って、ネアさん服着て! アレンも見ちゃダメ‼︎」
「ぐはぁっ⁉︎」
俺が夢中になって胸を弄り始めた瞬間に、サーシャが素早くアレンを突き飛ばした。
そしてアレンが身に着けていたマントを剥ぎ取って、そのまま俺の素肌を隠すように被せてくれた。
「ありがと、サーシャ」
「ネアさんもちゃんと自分の貞操は自分で守って下さいね⁉︎」
胸が成長した衝撃で周りのことが疎かになっていた。
よくよく考えてみればまだ話をしないといけない相手が沢山いるじゃないか。
「アリシア、それとタツヤも。1年ぶりね。アイカは元気にやってるのかしら?」
マントのみで身体を隠し、聖騎士団達の正面で膝枕をしているアリシアとタツヤの目の前に立ち、笑いかける。
突然話し掛けられて暫く眉を顰めていたアリシアだったが、何かに気が付いたのか、目を見開き、口を戦慄かせて驚きの声を上げる。
「………………えっ⁉︎ まさか本当にレイなの⁉︎ あのレイが、この子………う、嘘でしょう………⁉︎」
「いや、本物だねぇ……。アレン君に話を聞いて、ステータス検索しても半信半疑だったけど、レイ、可愛くなったんだな」
くくく、アリシアが狼狽するのはかなり珍しいからな。美少女になったお陰で良いものを見させて貰った。
「ええ。少女の体も………中々悪くない」
「完全に順応してるのね………」
呆れたような表情のアリシア。まあ背中を預けて戦った仲間、しかも俺とアリシアはタツヤの仲間としては最古参の友人でもある。
それがこんな美少女になっていれば、誰だって信じられないのは当たり前だろう。
「タツヤ、因みにこれ、あなたにどうにか出来る?」
「よっ……と。いや、厳しい。流石に夢魔族の固有スキルのレプリカなんて持ってないし」
俺の手を借りて立ち上がったタツヤは、そう言って顎に手を当てて俺の事をまじまじと眺める。
そして視線が俺の首から下に移ったところでアリシアに殴られた。
「さり気なく人の裸を見ようとしないで。しかも見た目は美少女でも中身はレイなのよ?」
「中々失礼な言い方ね。まあそれじゃあ、あっちの方に聞いてくる」
そう言って振り向けば、夢魔族のメイドに肩を貸した、黒髪の頭に紺の帽子を冠った女性、フィアナの姿があった。いつの間に此処に来てたのやら。
「あ、言い忘れてた。レイ」
そちらに向けて足を一歩踏み出した時、思い出したようにタツヤが俺の事を呼んだ。
「なに?」
「ああ、………レイが、生きてて良かった。ただそれだけ。あと、頑張れ」
親友は安心したような口調で笑っていた。まあ、行方不明扱いで多少は心配かけたかな? とは思うが、そのまま謝るのも癪だ。
「なに言ってんだ。俺はそう簡単に死なねぇよ。何しろ魔界では『不死身の剣士』なんて呼ばれてるみたいだしな?」
口調を意識してかつての自分に戻し、滅多に見せない顔をしたタツヤを笑い飛ばしてやる。そんな表情は元勇者のこいつには似合わない。もっと自信に溢れた表情を保てと伝える為に。
「そうだった。君が死ぬなんてこと、まずあり得ないのは10年前のあの時から分かってた筈なんだけど。隠居して鈍っちゃったかねぇ」
「なら還俗して、都市で生活でもしたらどうだ? アイカも喜ぶんじゃないか?」
試しにそう言ってみれば、タツヤは露骨に嫌そうな顔を浮かべる。まあ、タツヤにとって色々あった都市だからな。
「皇都はもう勘弁だね。これ以上あそこで何か起こしちゃったら、帝の爺さんに何言われるか分かったもんじゃない」
「だな。ま、積もる話は後に酒の肴にとって置く。また後でな」
「そうだね。君が見た世界を、久しぶりに話してくれ」
差し出された右手を握り返し、後はあっさり手を引いて後ろに歩みを進める。途中でなんか「君と夜のオハナシも……あたっ!」とかアリシアに殴られていたが、本当に変わらんな。
しかし、久しぶりの勇者との雑談は、俺がこんな姿になっても変わらない絆を確かめるのに十分なものだった。自然と軽い足取りでフィアナ達の元に向かう。
「ここに来てたんだ、フィアナ」
「ええ。誰かさん達の後始末も兼ねてね」
そう言ってチラリと、バツが悪そうな表情をしている夢魔族のメイドに目を向けるフィアナ。その、お互いを知っているような微妙な仕草に思わず首を傾げる。
「そっちのサキュバスのこと知ってるのか?」
俺の端的な問いに頷いたフィアナは、
「あなたがそうなった時からの知り合いだから」
なとど、さらりととんでもない事を口にした。
「………いま、なんて?」
「私と、ソフィーナは、知り合い。レイを少女にするよう頼んだのも、私」
「はあぁっ⁉︎」
浄化された魂が煌めく夜空に、俺の悲鳴が響き渡る。
しかし更に追い討ちを掛けるかの如く、背中に柔らかい感触が広がった。
「ネアお姉様。お待たせしました! それで敵はあの騎士どもですか?」
「え、ルーディア。あっちも終わったの?」
振り返ると、魔界で出会った妹? にして吸血姫のルーディアが、機嫌良く俺に抱き付いていた。ルーディアには境界都市ベルグリーヴの制圧を任せていたのだが………。
「おうネア、なんでマントしか着てないんだよ。ってか、こっちも終わっちまったのか?」
続いて大剣を背中に担いだ黒虎族のガウディがのっしのっしと歩いて現れた。目立った怪我も無いし、あちらはあっさり終わってしまったのだろうか?
「ほほう、こちらの方が血沸き肉踊る戦いだったようだな。王都の痕跡が跡形も無く消え去っているとは、派手にやったな」
続いて現れた獣魔王と手勢の黒虎族兵……って、なんでお前らまでこっちに来た⁉︎ ベルグリーヴの、管理は、誰がやるんだよ⁉︎
(げっ、ガラン………。レイ、なんで奴を頼ったし)
(仕方ないだろ。成り行きなんだから)
嫌そうな顔をしたタツヤが視線で訴えてくるが、近道しようとした結果獣魔王に遭遇するとか誰が分かる。俺の所為じゃないと首を振っておく。
「なっ、黒虎族だと⁉︎ 騎士団、密集陣形‼︎」
ザザッ!
「おおっ、やんのかてめぇら! 良いぜ、あっちでの戦闘じゃあ消化不足だったんだ。買ってやるよその喧嘩!」
そして当然のように黒虎族の戦士達を、魔王の援軍と勘違いした騎士団長が臨戦態勢に入る。それを見た黒虎族も目を血走らせて思い思いの武器をガチャリと構える。
「ネア、あの虎族は一体………? それに、その子も……」
二つの軍団に挟まれた俺の元にアレン達が駆け寄ってくる。しかし、俺の背中から放たれた殺気に彼らは足を止めた。
「お姉様に付いた悪い虫は、貴方ですか……」
「る、ルーディア……?」
突然紅瞳から光が消えたルーディアに、戸惑いを隠せない。おかしい、今にも包丁をアレンの胸に突き立てそうな予感がする。
「ネアさん、誰ですかこの少女は?」
アレンをルーディアから庇うようにして、サーシャが前に進み出る。ヴィヴィアも僅かに半身になり、いつでもナイフを抜けるように身構えてしまっている。
「が、ガウディ!」
「悪い、ネア。男女の修羅場は黒虎族でも避ける。って格言があってだな」
助けを求めようとガウディに視線を向けたが、ルーディア達の放つ剣呑な空気から逃れるため、こっそり距離を置いて傍観してやがった。薄情者め。
「む、貴様は勇者じゃないか。なんだ、不死身には元の世界に帰ったと聞いていたが。……まあ良い。戦場の空気も暖まってきた事だし、一つ手合わせでもせんか?」
「げっ、見つかった………。今日は止めてくれ。魔王と戦った所為で疲れてるんだよ」
「そう言うでない。なに、ほんのちょっとだ。ほんのちょっと」
「ふ、ふフ。フフフフフ………」
戦斧を手に握ったガランシェールは、タツヤを誘おうと頻りに素振りを繰り返す。その風圧ではだけそうになるマントを抑え、俺は思わず暗い笑みを浮かべていた。
『マスター、収拾が付けられず、どうしようもないのは分かる。だが現実逃避していてはなにも始まらないぞ』
俯いて笑う俺を、杖の姿で地面に突き刺さっているスルトが窘めてくる。まさか、杖に説教される日が来るとは思いもしなかった。
「フフ、ええ。分かってるわ。こいつらが言葉で伝えても、まともに耳を貸さないのはよーく分かってるわ。だからスルト、手を貸しなさい」
『まあ、こうなるのは何となく分かってはいたがな』
溜息を吐く杖を握りしめ、魔力を流し込んでいく。
「ええそうよ。分かってたなら最初からこうすれば良かったじゃない。ーーー地獄の化身よ、契約に従い、我が身を依代に降臨せよ! 目の前の馬鹿どもを折檻する、炎の鉄槌となれ! 《魔人》‼︎」
「ぴょん⁉︎ ネア、それさっき魔王を滅ぼした魔法じゃないかぴょん⁉︎」
呆れたように傍観していたヴィヴィアの驚声が耳に入ってくるが、もうどうでも良い。いまは目の前の阿呆どもをぶっ飛ばさなくては気が済まない。
「いい加減にしろっ、お前らーーーーーー‼︎!」
本日二度目、俺の身体に魔人を降ろし、手当たり次第にアホ共を投げ飛ばしていく。
結局、アレンのマントは一刻も保たず灰に変わったのだった。
■廃都近郊に設置された、ガナード侯爵・聖騎士団・獣魔王軍合同の臨時野営地。夜明け前。
「ど、どうアレン。これ、似合ってる?」
「ああ。すごい似合ってる。最高に似合ってる」
紅白の彩色が特徴的な『ニホン』の巫女服を着ている俺は、アレンの混じり気のない褒め言葉に思わず頬を緩める。
結局、替えの服が無かった俺はタツヤがたまたま持っていた着替えを着る事になった。
スカートが膝上でカットされたメイド服や、ヴィヴィアとお揃いのウサ耳のばにーがーるといった服を、タツヤのストレージに入っていた在庫が尽きるまで何着も堪能することに。
……自分自身が着せ替え人形になるとは夢にも思わなかった。
■
混乱に陥っていたあの場は、魔人化した状態で問答無用に場を収め、そのまま夜営の準備を聖騎士団と獣魔王軍に命令。
長が気絶した二つの軍隊は、俺のカリスマに従ってすぐさま夜営に適した地形で篝火やら宿泊用の陣幕やらを張った。
そして途中から合流したガナード侯爵軍と、黒虎族が境界門を使って魔界から持ってきた大量の酒樽や食料によって、魔王討伐の大宴会は開かれたのだった。
……獣魔王がその宴に遠慮なく混じっているのは、黙っておこう。本人も少しくらいは気にしても良いと思うがな。
まあ、安心した事を挙げるならば、聖騎士団の団員が、魔族に分類されていた黒虎族の戦士達と遠慮なく杯を突き合わせて飲んでいる事か。
どうやら10年前のタツヤと俺の頑張りは、無駄ではなかったらしい。
黒竜アグリールと獣魔王ガランシェールの酒盛り対決が始まっていたり、ガナード侯爵の駐屯兵と黒虎の戦士が一緒になって裸で踊ったりと、徹夜で呑み明かす羽目になった。
■
「私もこれは気に入ったかな。………酒が切れた。ちょっとお酒を取ってくるね」
「分かった。俺も行く」
「お付き合いします、お姉様」
因みに酒を飲んだサーシャとヴィヴィアは早々にリタイアし、俺たちに割り振られた天幕の隅っこの方で、今は幸せそうに毛布に包まっていた。
「まだ飲んでるやつがいるのね。底なしねぇ」
大半が天幕にも入らず地べたで眠りこけてしまっている。聖騎士団とかはそれで良いのか? とは思わなくもないが、魔王を倒したわけだし今日くらいは別に良いのかもな。
「お姉様もお酒を追加しようとしてるではないですか」
念の為傘を差したルーディアのツッコミに、思わず目を逸らす。すると、その視線の先にフィアナとソフィーナの姿を見かけたので、立ち寄ってみる。
「二人とも、どうかした?」
「ネア。いいえ、ちょっとこれからの事を話してただけ」
フィアナ達が立っていた場所は、更地となった廃都跡が一望出来る小高い丘の上だった。
今も尚、天に昇り続ける無数の魂の光が、白みがかった空へと吸い込まれるように溶けて消えていく。
「レイ様、本当にそのままで、宜しいのですか?」
ソフィーナの申し訳なさそうな表情に、宴が始まってから受けた説明を思い出す。
■
数ヶ月前のあの時、結局俺は魔王メアリーアーチェに心臓を氷槍で貫かれ、最高級の回復薬でも治療不可能な致命傷を負っていた。
しかし魔王も肉体を大きく損傷し、肉体の回復に努めるために俺の死を確認する事なくすぐさま魔界に撤退した。
本来ならばメイド兼側近であるソフィーナも戻るべきだったが、俺に恩があったらしい彼女は、何とかして俺を助けようと色々試したそうだ。
そこに魔王軍襲来の報を確認する為に偵察に来ていたフィアナが現れ、幾つかの薬品で延命措置を図るとともにソフィーナにある提案をしたそうだ。
夢魔族の固有魔法で肉体の全てを変質させれば、致命傷も消え去るのではないか、と。
そしてその案は見事成功し、意識こそ戻らないものの、俺はネアとしての身体に生まれ変わった。ということらしい。そしてフィアナ達は口裏を合わせ、取り敢えず魔王とそのお付きのメイドが悪いことにした、と。
■
ソフィーナが申し訳なく思う理由はいまいち分からないが、つまりいま元の姿に戻っても、回復不可能な致命傷で死ぬというわけだ。つまりレイに戻る選択肢はあり得ない。
それを聞いていた周りの関係者は、安堵や落胆していたりと人によって違っていたが概ね彼女達の選択に納得していた。誰も彼女達を責めるようなことは言わなくて助かった。
「良いよ。魔法の補助のお陰でこの姿や口調も慣れちゃったし、命を救ってくれたあなたが気に病むことではないわ」
「ですが………」
「それに、この姿じゃなきゃ、アレン達とは出会えなかっただろうしね。仮にあの村に立ち寄ったとしても、きっとアレンに気付かずに通り過ぎてたと思う」
ちらりとアレンの方に目を向ければ、彼も笑顔で頷いている。
森の中でサーシャを助け、村に襲撃がなければ、きっとアレンとはその場で別れていた。身体の調子が戻るまで手助けしてもらう為に、アレンについて行ったのだから。
「だからね、………ありがとう。命を救ってくれて、かけがえのない出会いをくれて」
精一杯の笑顔に感謝を込めて、ソフィーナに笑い掛ける。
「そんな……、救って貰ったのは、私の、方、……ぐす、なんですから………」
ジワリと目尻に涙を浮かべたソフィーナは、感情を抑えきれずに泣き出してしまった。そんな彼女の背中を、泣き止むまでフィアナが優しく撫で続けていた。
■
「それで、ネアはこれからどうするつもり? アレン君達とまだ旅を続けるの?」
ソフィーナが泣き止んだのを見計らって、フィアナが尋ねてくる。そういえば二人はこれからの事について話してたんだった。
「その事なのだけど。私、やりたい事が出来たんだけど………」
そう言ってちらりとアレンに視線を向けると、信頼の笑みを浮かべてアレンは頷いてくれた。
「何も問題はないさ。ネアが俺の事を頼ってくれるなら、君の事は絶対に助ける」
「私もついて行きますからね。お姉様」
まだ目的も言っていないのに、信頼して一緒に行くと言ってくれた二人に頬を緩める。本当に、俺は何よりも仲間に恵まれてる。
「ここにはつい最近まで、シル王国って国があったの。俺やタツヤが色々する前から、種族間の差別のない、魔界からの侵攻を除けば割と平和な国がね」
何もかもが消え去り、境界門だけがぽつんと残ったかつての王都を見渡す。あの平和な国があった光景を思い出し、黙祷を捧げる。
「だけど、その前には、ここにエルフの国があったのよ。フィアナの故郷で、余所者を歓迎しない風を装ってるのに、それでいて楽しそうに宴を開く森に囲まれた街がね」
フィアナの方に目を向ければ、複雑そうな表情で更地を眺めていた。森と共存していた美しい街並みを思い出しているのかもしれない。
「その前にも、その前の前にも。ここにはたくさんの国が出来て、そして魔王に滅ぼされて消え去ってる」
ある一定の期間を経てこちらに現れる魔王が、境界門に施された封印を破り、手始めにこの地に出来た国を滅ぼしてきた。
肥沃な大地と霊脈を持つ代償に、いつ現れるか分からない魔王という脅威がすぐ側にある。それでもこの地を選んでしまう葛藤。
「だからね。私はこの地にーーー滅びない国を建てたい。魔王の脅威にさらされても、それを平然と跳ね除けることが出来る不落の国を」
当然滅びない国なんてまず存在しない。仮に魔王の脅威を跳ね除けることが出来たとしても、内部から腐敗して自滅する可能性だってある。夢物語だ。
「それはーーー近道の無い、厳しい道のりになるぞ? それでもか?」
アレンも真剣な表情で問いを投げ掛けてくる。この世界よりも多くの知識が得られるニホンで、それがどれだけ厳しく、限りなくゼロに近い可能性であることなのか分かっているのだろう。
自分の掌を見つめる。小さい手だ。レイの時の、がっしりとしたマメだらけの手に比べれば、圧倒的に頼りない。だけど、
「それでも、よ。私がこの手を差し出せることが出来る間は、この意志を継ぐ者が現れ続ける間は、民がこの国を見捨てない限り、ずっと」
勇者の仲間として、国なんて関係なく、人族や魔族なんて関係なく人を助けてきた俺だが。もう、放浪生活は辞めてそろそろ腰を落ち着けるべきだ。
「人族同士での戦争だって起きるだろうし、邪神の僕だって邪魔してくるかもしれない。けれど、それでも私はーーー笑顔で暮らしてもらいたいから」
気が付けば、寝ていた筈のサーシャやヴィヴィア、タツヤにアリシアにリリアナ、ガウディや獣魔王達まで俺の言葉に耳を傾けていた。親しい彼らだけでなく、聖騎士団や黒虎族の戦士達まで俺の次の言葉を待っている。
「確かに私だけじゃ厳しい道のり。だからアレン。私とこの道を、一緒に歩いてくれる?」
少し緊張しながら手を差し出す。絶対に断らないと、アレンなら手を握ってくれると分かっていても、どうしても手の震えは止まらない。
けれど、アレンはそんな俺を見て少しだけ笑い、差し出された手を握り、そのまま引き寄せるように抱き締めた。
「あっ………」
「仲間を助けるのは、当然だろ? ネアが動けなくなったとしても、俺が抱えてその道を歩く。それでも厳しいなら、みんなに助けてもらおう。これだけ君を信頼している人達が、いるんだから」
皆が頷いてくれるのを見て、間近で笑うアレンの顔が涙で滲む。くそっ、こんな涙脆い性格じゃあなかったんだけどな………!
信頼する仲間の温かさは十二分に感じ取れた。アレンから身体を離し、自分の足で立つ。
暁の曙光を背中に受け、ここにいる全員へと伝わるように宣言する。
「ーーー『不死身の剣士』にして魔人との契約者、ネアが告げる! 魔王によって滅ぼされしシル王国の地に、新たな国を、不落の国を建国すると!!」
瞬間、地を震わせるような歓声が沸き起こる。所属する国すら異なる兵士達からも激励の声援を受け、アレンと笑顔を交わす。
「アレン」
「ん、なんだ?」
俺に呼び掛けられ、首を傾げるアレンの顔に自身の顔を寄せる。
「ありがと」
_________チュッ
「え!!??」
「ああっ⁉︎」
「ぴょん⁉︎」
「そんな⁉︎ お姉様‼︎?」
『ふむ、イケメン少年と美少女。映えるな』
周囲から悲鳴のような驚愕の声が上がる。お、驚きすぎだろ………。
親愛の証として、頬にしただけなのに。
「アレンっ! 一体どういう事⁉︎」
「ままままま待ってくれ! あ、あとで説明するーーー⁉︎」
「あっ、待ちなさい‼︎」
サーシャに詰め寄られたアレンが、追いかけるサーシャから脱兎の如く逃げていく。
「全く、いつも通りね」
「ネアもいつも通りだぴょん」
「そうね。じゃあ、私達も一緒に行きましょう?」
「うん!」
二人の追いかけっこの光景をヴィヴィアと一緒に笑い、俺たちも二人の後を追いかけるのだったーーー
■第1章、魔女に転職しますーーー完。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。初、9000字台。1万はいきませんでした。良かった。
第1章自体はもう少しだけ続きます。後日談というか、王の戴冠式と10年前の過去話を少しだけ書いてから次の第2章へと物語は移る事になります。
そして、第2章から題名を変更……というか追加します。その名も、
『戦士の俺は、魔女に転職して、女王になった』
です。そのまんまですはい。タイトルからお探しの方はお気を付け下さい。
まだ書きたい事は幾らでもありますが、長いので一つだけ。………ゼオラント爺さん、すまない。後は過去話で頑張ってくれ。
ゼ「………………」
では、また次の話で会いましょう。(●ω●)