第37話 集結
あけましておめでとうございます。
時間は掛かりますが、何とかきりの良い話までは続けますのでよろしくお願いします(´・ω・`)
■魔界、境界都市ベルグリーヴ城壁門前。
「ら、あぁっ‼︎」
魔王メアリーアーチェが創り出した無数のアイスゴーレム。
それに囲まれる形で対峙しているガウディは、得物の大剣で両断し、殴り壊し、咆哮で吹き飛ばしていく。『骸骨弓兵』や死霊術士の攻撃など歯牙にもかけない。
縦横無尽に戦場を駆け、予想以上に頑丈であったゴーレムに苦戦している戦線を見つけてはひたすらその援護に向かう。
傭兵になる以前の彼であれば、まず間違いなく周りに目を向けず、同じように突破した黒虎族の男どもと共に黒鉄の城壁へと突出していただろう。
しかし今のガウディは、たった一人の人族を待っているだけだ。
「ったく、まだ来ねえのかよ……!」
猛々しい雄叫びを上げ、ゴーレムを砕き、雑兵を蹴散らすその姿には、普段以上の闘志が行き渡っている。
次期当主の地位を望んでいるからではない。
父親が見ているからでもない。
ただ護衛役を買って出た白髪翠眼の少女ーーーその身体の中に隠された、白髪紅眼の男の立ち姿が脳裏に鮮明に刻みつけられた所為だった。
簡単にレイが姿を現わす事が出来ないのは良く理解している。だが、それでもあの一分の無駄もない剣技、複雑でいて効率良く術式を組み込んだ魔力強化。そしてどんな困難な相手を前にしても、臆することのない勇気ーーーは、忘れられるようなものではなかった。
(ああそうだ。追いかけ続けていた背中が、急に姿を見せやがったんだ。落ち着いてなんかいられねぇ!)
ーーー
不死身の剣士。暗殺したと思ったら目の前に立っている男。種族詐欺。など魔界での二つ名には事欠かない伝説の男。
やたら殲滅が好きな歴代勇者パーティーの中で、珍しく大規模な虐殺を行わなかった彼らに憧れる魔族は意外と多い。
敗者の介錯をしないことを侮辱ととりかねない魔族の戦士達に対して、「再挑戦してみせろ」と言い放つ勇者と戦士の人気は、魔獣王に次いで高いくらいだ。
ガウディもそれに魅せられた者達の一人だ。まだ背が今の二分の一程度しかなかった時に獣魔王ガランシェールと戦士レイの戦いを見た。
種族差を物ともせずに真正面で互角に殴り合う姿を見た際は、顎が外れてしまうような光景だったのを鮮明に覚えている。
あの男と戦ってみたい。
たったそれだけの為に城を飛び出し、武者修行の旅と称して各地を巡り腕を磨いてきた。
まだ獣魔王にすら遠く及ばないのは理解している。だが、どれだけ己の力量を上げられたのかを確かめたくもある。聞けば今回の魔王を倒せば、元の姿を取り戻す道筋が見えるという話だ。ならば望むことは一つだけ。
ガウディは、ネアにレイとしての姿を取り戻すことを望んでいた。
ーーー
ガムート軍が優勢なまま戦闘は続いているが、砕いた側から再構築されるアイスゴーレムに有効な手立てが打てず、戦いは膠着状態に陥っていた。
疲れを知らずに最前線で剣を振るい続けるガウディだったが、際限なく湧いて出てくる邪魔なゴーレムに思わず顔を顰める。
「ったく、まだ正門をぶち壊すのに時間掛かりそ……う、か………?」
ガウディの振るう大剣が数十体目のゴーレムを砕いた時、後方から魔力の塊のような存在が近づいてくるのを感知する。生物とは異なる、それでいて強大な気配。
「んな………。あいつ《炎帝》を召喚しやがったのか………」
『オオオォォォオオオオ‼︎!』
所々から炎が噴き出している筋骨隆々の巨人が雄叫びを上げてゴーレムに襲い掛かる。一気に城門前まで距離を詰めた巨人は、その身の熱量だけでアイスゴーレムを蒸発させ、僅かに残っていた骸骨兵達を拳で砕いていく。
まさに蹂躙というべき戦闘によって出来た城門前の間隙の直線上に、屋根に二人の人影が見える魔車が突き進んで来る。見慣れた二人がそれぞれの杖を構えたのを見て、ガウディは顔を引き攣らせて叫ぶ。
「全軍散開‼︎! 城門前を開けろ! デカイのが来るぞ………!?」
その叫びを聞いた黒虎族の戦士達は背後を振り返り、上位精霊を遥かに上回る魔力の塊を感じ取って慌てて道を開いていく。如何に対魔力にも優れた黒虎族の肉体とはいえ、あれを喰らえばただでは済まないのは一目瞭然だった。
「味方ごと薙ぎ払うわけないわよ」
そんな幻聴をガウディが聞いた気がした瞬間、彼女達が掲げた杖から膨大な熱量を誇る熱線と稲妻が奔り、ドラゴンのブレスすら防ぐ城門を軽々と溶解させて突き抜けていった。
■人間界、シル王国廃都付近。
「う………、ここは?」
先代勇者パーティーの魔法使いのリリアナは、失っていた意識を異常な程の冷気によって強制的に覚醒させられた。そして右肩の激痛に思わず呻く。
「リリアナ殿! 目覚められましたか‼︎」
痛みに顔を顰めたまま顔を上げると、霜が降りている聖銀製の鎧に身を包んだ騎士が振り返り駆け寄ってきた。声音と胸の徽章から判断するに、確か聖騎士団団長だった筈。
そしてその傷だらけの姿を見て、一瞬飛んでいた記憶を思い出した。
(ああ…、私は魔王の氷魔法を防ぎきれなかったのね………)
魔物の軍勢の掃討に当たっていた聖騎士団の直上に出現した巨大な氷塊。それを破壊する為に上級魔法を自身の限界以上に使った代償として 気を失っていたようだ。そして氷塊を完全に防ぎきれたわけではなく、4割程度の騎士が地に伏せる結果となってしまっていた。
傷だらけの騎士団を囲む無数のアンデットと骸骨兵の遥か後方で、極低温の吹雪を創り上げ、本来の姿に戻ったアグリールと死闘を繰り広げている女魔王を睨みつける。その表情は余裕に満ち溢れ、大した傷も負ってはいない。
(成竜でも最強格のアグリールと互角……いえ、むしろアグリールを劣勢に追い込むほどの実力………。魔王という存在がどれだけこの世の理から離れているかよく分かる光景ね………)
「私は大丈夫。兎に角今は守りに徹して、アグリールが稼いでくれている時間を使って体勢を整えなさい。この吹雪は私がなんとかするわ」
「はっ!」
のんびりと観戦している訳にもいかない。アンデットやスケルトンならば幾ら襲ってこようが聖騎士達の障害になることはないが、魔王の巻き起こしている吹雪によって動けなくなっていく者が段々と増えてきている。一刻も早くこの極寒の地獄から抜け出さなくてはいけない。
「____《火焔地獄》」
空中に灼熱の劫火を撒き散らし、一気に周囲の温度を上げる。騎士達を束縛していた霜も溶け、動きも良くなり始めたが、リリアナのすぐ後方から騎士達の怒号が響いてきた。
「リリアナ殿! 退がれっ、やつが来ている‼︎」
「えっ………?」
上級魔法を維持しながら後ろを振り向くと、百戦錬磨の聖騎士達を薙ぎ払い、一直線にこちらへと進んでくる悪霊の姿が目に入った。
ボロ布を身に纏い、骨の手で握り締めた大鎌を振るう骸骨の魔族。眼窩に宿る青白い復讐の焔は、こちらを一直線に見据えていた。
「まさ、か……?」
Roooooooooooo!!!
あの世の怨嗟を彷彿とさせる叫び声を上げ、スケルトンより遥かに格上の魔族が、一瞬で騎士の守りを突破してリリアナの頭上へと振り翳す。
Raaaaaaaaaaaa!!!
ガキィィッン!!
防ぐ為の防御魔法を展開する間も無く、一閃された大鎌を目の前にして、リリアナは思わず硬直してしまった。が、稲妻よりも速く割って入った何かが、その斬撃を受け止めていた。その姿に心当たりのあったリリアナは、思わず目の前の脅威を忘れて瞠目する。
「妖精………? いえ、まさか傀儡人形⁉︎」
死神の鎌を大剣で受け止めているのは、幼い少女の姿を模した、魔導人形だった。リリアナの良く知る友人のみが作ることの出来る《意思を持つ人形》。
童女のさらに半分程度しかないサイズの人形が、不釣り合いな大剣を振るって《不死の処刑人》を弾き飛ばした。
「………《不死の処刑人》なんて、久し振りに見たわね。………まあ、成り立ちがあれだから数が多くないのは当然でしょうけど」
「アリシア……! あなた、今までどこに……⁉︎」
後ろから掛かった懐かしさすら感じる声に、勢いよく振り返る。そこには、10年ぶりに会う仲間の姿があった。
「久し振りね、リリィ。人間界の危機みたいだし、久し振りに顔を見せに来たわ」
魔王討伐を成し遂げたことになっている勇者タツヤの帰還後、消息不明となっていた人形師の少女。10年の時を経て妙齢の美女にはなっているものの、青と白の衣装と人族としては珍しい萌葱色の髪は、間違いなくかつての仲間の姿に違いなかった。
「積もる話もあるでしょうけど………、後にしましょう。出来れば彼らの戦う姿も見ておきたいしね。………あと夫も」
「それってまさか____
Rooooooo………
背後で処刑人が不機嫌そうに唸る。だが、勇者パーティーの二人が揃った以上大した脅威になることはない。現にアリシアが呼び出した人形相手に攻めあぐね、膠着状態に陥っている。
その為リリアナは余裕をもって魔王の方へと振り向く。
二十代後半といった風体の男と、バルクヘイムで出会った三人の冒険者が、翼の折れたアグリールの代わりに対峙していた。
男___10年前、魔王を打ち倒した勇者であるタツヤが、手にした剣を魔王に向け、不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「悪いな魔王。元勇者として、お前がこっちに居座るのは認められない。大人しく魔界に帰ったほうが____身の為だぜ?」
戦場に先代勇者パーティーが続々と集結する中、ゼオラントお爺様だけ隠居したまま。
ゼ「………………儂の出番、無し?」
(●ω●)「なし」




