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戦士の俺が、魔女に転職します  作者: 炬燵天秤
第1章 魔女に転職します
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第34話 邂逅

■人間界、カナエリア王国王都、ペネンバーム郊外の森。

「くそっ、どんだけ深い森の中に隠棲してるんだよ………」


「アレン、だらしないぴょん」


「いえ………、これは、キツイです………」


カナエリア王国の王都、ペネンバームから程近い場所にある迷いの森に、三人の人影があった。


三人中、既に二人が幽鬼のような足取りをしていたが。


「アレン。だから言ったんだぴょん。そんな跳び方だと山ではすぐに体力を失うって」


パーティーメンバーの前衛にして、現在暫定的にリーダーをやっている転生者の剣士をジト目で見つめる。重装備のサーシャは兎も角、アレンは一度やってみたかったとか言って木の上を跳躍するという無駄に体力と魔力を消費する方法を使っていたので自業自得だ。


「あと少しでネアの言っていた目的地ぴょん。どんな相手かは分からないけど、警戒はしておくに越したことはないと思うぴょん」


わたしとしては、アレンと同郷であるということが気になる。アレンは元々サーシャと同じ寒村の出身だと聞いてるが、魂の同郷とは一体何のことだろうか?


「アレン、今から会う人は知り合いなのかぴょん?」


そう尋ねると、アレンは微妙な表情を浮かべて首を振った。


「いや………、多分知らないと思う。けど故郷を離れてここまで来る人は限りなく少ないからな。懐かしい気分にはなるかな」


「ふうん? ひと昔のエルフ族みたいなのかな?」


今ではそこそこ目にするようになったエルフ族だが、ほんの10年前までは滅多に目にする機会のない種族だったとか。


「どうだろうな。もしかしたら出会ってすぐに戦いになる可能性もある。警戒は解かないでおけよ」


「本当に頼っていい人なのかぴょん………」


なんだかとても怪しくなって来た………。突然同郷の人に襲い掛かる人間を、ネアは何故味方にしようと思うかな? いえ、アレンの偏見である可能性の方が高いかもしれないけど。


「……? これ、糸………?」


目の前で一瞬だけキラリと光る線が見えたので立ち止まる。慎重に確認してみるが罠が仕掛けられているわけでも、鐡色蜘蛛のように触れると切り裂かれてしまうような凶器というわけでもない。ただ侵入者を知らせる為の糸のようだった。


「それ、危険だったりするか?」


「うーん。直接的な危険はないと思うけど、触れたら侵入者として扱われるかもしれないぴょん」


これくらい気が付けるだろ? という挑発が篭っている気がして、対処に困る一筋の糸だが、アレンはニヤリと笑って勢い良く糸を断ち切った。


「なら簡単だな。その障害とやらを突破して、会いに行くんだよ‼︎」


「え、あっ。ちょっと⁉︎」


糸が断ち切れると同時に土塊が盛り上がり、《泥人形マッドゴーレム》が次々と現れる。襲い掛かってきたゴーレムを聖剣で斬り裂き、突撃するアレンに思わず気が遠くなる


「ああもう。滅茶苦茶だぴょん!⁉︎」


「ごめんなさい………。昔からあんな感じなんです………」


本当に申し訳なさそうなサーシャと共に、無限に沸き始める泥人形を排除してアレンの背中を追いかけることになった。




■森の最奥、湖の畔。


暫く前から泥人形の襲撃は途絶え、辺りには静けさが戻っていた。アレンの足がようやく止まった場所には、宝石のように蒼色に輝く湖と、小さな一軒の家が建っていた。


「サーシャ、ヴィヴィア。あそこに人がいる。恐らく彼女がゴーレムを嗾けてきた魔法使いだ」


アレンが指差した先には、庭先の花壇に植えられた花に水を遣る、妙齢の女性が立っていた。魔法使いについて詳しく学んだことがないが、花に水を遣るついでに行使できるような簡単なものではないだろうに。


………寝ている時でも常に魔法を維持しているネアのことを考えると、一概には言えないのだけれど。


「こんな山奥まで私達を訪ねてくる人なんて、レイの他にはあなた達が初めてよ」


ネアと同系統の、青と白の布がふんだんに使われたドレスを着た萌葱色の髪の女性が、花に向けていた視線をこちらに向けた。


女性の空色の瞳はアレンにのみ向けられ、わたしとサーシャは眼中にないように見える。


「俺の名前はアレン。こっちの鎧の少女がサーシャで、兎族の少女がヴィヴィアだ。そのレイに言われてーーー日本人に会いに来たんだが、あなたがそうなのか?」


「ニホンジン、に、ね………。そういうこと」


得心がいったのか、その女性は水を遣る手を止めると、何も言わずに家の中に入っていく。


置いてけぼりにされたわたし達は、どうすれば良いか分からず顔を見合わせてしまった。


「あの人が、ネアさんが言ってた人なのかな………?」


「いや。ネアの話だと男の筈だ。それに……」


「家の中にも一人誰かいるぴょん。そっちがお目当ての人なんじゃないかぴょん」


「だろうな。直接聞けば分かるだろうし、ネアの名前を出せば協力くらいしてくれそうだしな……。お、良いみたいだ」


顔を上げると、先程の女性が扉から顔を出してこちらを手招きしている。どうやら入っても構わないそうだ。


眉を寄せて家へと続くレンガ道を歩くアレンを見ていると、サーシャが少し困ったように口をわたしの耳に寄せてくる。


(ヴィヴィアさん。アレンのこと、どう思います?)


(不機嫌だぴょん。といってもネアがいなくなって焦ってるだけだから大丈夫だと思うぴょん)


(そう、ですよね………。ときどき思い詰めたような顔をしてるから、心配なんです)




サーシャが僅かな焦燥感を覚えている事に気付く。そして彼女が抱えている複雑な感情がはっきりと伝わってきてしまった。アレンがネアの事を気にしている、と考えているサーシャの懸念も解らなくもない。


けれど、今のアレンはただ純粋に心配しているだけだ。恋心がどうとか、サーシャに気がないとかそういう事は全く気にしていないと思う。


(あーあ。わたしも早くネアに会いたいなぁ………。あのドレスに顔を埋めたい……)


えへへ、とだらしない笑みを浮かべそうになったのだが、突然立ち止まったアレンの背中に顔面をぶつけてしまった。


「痛っ⁉︎ どうしたんだ…ぴょん?」


痛む鼻を押さえて、アレンの横から玄関に立つ二つの人影を覗き見る。


一人は先程の金髪でスタイルの良い女性。よく見れば右手は白革の手袋を嵌め、左手に銀のシンプルな指輪を薬指に嵌めている。


そしてもう片方の指輪を嵌めた男性は、黒髪黒眼の、アレンと遜色ない程顔立ちの整った青年だった。どうやら二人は夫婦としてここに住んでいるらしい。


………余談だが、アレンは普段から気にされないものの、面が良かったりする。


「初めまして。俺の名前はアレン。日本名だと『荒神蓮』だ。後ろの二人はサーシャとヴィヴィア」


「アレン、か。よろしく。ーーーみんなにはほとんど名前を呼ばれなかったけど、俺の名はタツヤ。前の代の勇者をやっていたよ。こちらが俺の嫁にして最高位の人形使い、アリシアだよ」


「よろしく。土人形程度であなた達の実力を測ろうとしたのは間違いだったわね。岩石竜辺りを持ち出せば少しは苦戦する?」


「遠慮します」


初対面の相手に竜種を嗾ける歴史上の偉人。最近、凄い人=変人の公式が頭の中に定着してしまいそうだ。ちなみに一番の候補はネアだ。


勇者と並ぶ最強の戦士が女の子の魔法使いになっている。これを変人と言わずして何と言うのか。


「ここを知っているのは俺とアリシアを含めて4人しかいない。その内一人は全寮制の学校に入れてるから君たちに出会う確率は低いね。となると、君たちをここまで導いたのは俺の悪友であり最強の剣士、レイだよね?」


「そうだ。今はネアって名乗ってるんだが、……困った事になってる。手を貸してくれないか?」


「あいつが? そんな危地があいつに訪れる場面は全く考え付かないのだけど………。取り敢えず詳しく聞かせてくれないか? レイの仲間なら歓迎する。中に入ってくれ」


タツヤはそう言うとわたし達を招き入れる。一先ずは信頼してもらえたようだが、果たして協力してくれるかどうか……。最悪の場合はわたし達三人だけで境界門へと特攻する事になるかもしれない。


そうならないように願いつつ、タツヤの家へと足を踏み入れた。




■魔界、アムールニルブ、アムール城の庭園。


獣人族の腕力によって強引に切り出された巨大な石垣を土台として建てられた武骨な宮殿。全体的に派手な装飾はされておらず、人間界の王城とはまた異なる趣がある。


見応えがない、と言っても差し支えのない城の内装だったが、その中のとある一画だけ、華やかに整備された庭園が存在していた。


庭全体を占める大きな池に咲いている、色とりどりの蓮華をぼんやりと眺めながら、俺は重い瞼を閉じないように背筋を伸ばす。そして睨むような視線で隣にいる圧倒的な存在感を放つ巨漢に向かって問い掛ける。


「ーーーそれで、いつまで私は庭の池で釣りをしていれば良いのかしら、魔王様?」


「そりゃあ手前がレイだっていうことを正直に言うまでだぜ? 痛くはしねえからさっさと吐いちまえよ」


ガハハと大笑いしている黒虎族の長にしてこの辺り一帯を支配する魔王、ガランシェール・アムールの所為で、折角近寄ってきていた魚が驚いて逃げてしまった。


思わず肩を落とし、城の一画で釣りをする羽目になった経緯を思い出してみる。




■数日前、アムールニルブを一望出来る丘。


今にも襲い掛かってきそうな獣人族の戦士、約1万が見渡せる丘の上で、流石の俺も思わず呆然としてしまった。


「………どうして私たちの方向に向かって軍隊が展開してるのかしら?」


「知るか」


ガウディも思わず苦虫を噛み潰したような表情で獣人族の戦士によって編成された布陣を眺めている。


「お兄様を害する意思を少しでも見せたなら、雷魔法で灼き払ってしまって構いませんよね?」


ルーディアはいつもの調子で可愛らしい笑みを浮かべて物騒な発言をしているが、ルーディアが構えようとした指を俺はそっと抑えた。


「お兄様?」


「ルーディア、せめてここにいる間だけは絶対にお兄様と言わないでくれ。ガウディも俺の事をレイだと言わないでおいてくれ」


戦士達の中から一つの御輿が近付いてくる。その上に担がれている巨漢を凝視しながら、身体を強張らせてルーディア達に耳打ちする。


御輿に担がれている男には見覚えがあるという話ですらない。殴り飛ばした事すらある相手だ。


やがて熊族の男衆に担がれた御輿は俺たちの目の前で停まり、御簾の中から1人の偉丈夫が姿を見せた。


「随分早い帰還だな、ガウディ。竜の山脈で発生した光の柱と何か関係でもあるか?」


「次男の出迎えにしては随分豪勢だな。確かにそれを報告するつもりはあったが、今は護衛の依頼クエストを受けてるんだ。それの関係で立ち寄っただけだ」


「ほう………? ーーー吸血姫とは珍しい。そちらは闇人族…いや、人間界の人族か。面白そうな者達と出会ったようだな」


早速バレてるし。けれど人族だという理由で敵意を持たれていないようなので、少しホッとした。


「あー、面倒くせえ事情があってな。親父、ベルグリーヴ行きの魔法転移符を使わせてもらうぞ。こいつらは信頼出来る。秘密を漏らすような事はしない」


いや、機密だという事は先に言ってもらえないだろうか。確かに各都市の近くに自由に行き来可能な移動手段を隠すなら機密になるのは当然だろうけど。


「あなたの言う通り、人間界から来た魔法使い、ネアです。こちらは吸血姫のルーディア。私たちはこの事について公言しないと誓いましょう」


ドレスのスカートの端を少しだけ摘み上げ、靴を交差させて頭を下げる。流石にこの姿でレイであるとは感づかれる事は無いはず。


「………ガランシェール・アムールだ。黒虎族の長と魔獣王をやっている。けどなーーー」


種族の長としては簡潔すぎる自己紹介をしたガランシェールだが、何やら御輿の奥でゴソゴソと何かを取り出そうとしている。


俺の身長では覗き込むことは出来ないので、何を取り出そうとしているのかは分からない。だが、好戦的な黒虎族の長がまともな神経をしていないのは10年前に身をもって知っている。碌なことにはならないだろう。


予め魔力強化を身体に施そうと身体に流れる魔力に意識を向けた、のだが。


ガキィッ‼︎!


「な、……っ‼︎」


想像よりも早く、俺の真横を戦斧が通り過ぎた。勿論わざと外した訳ではなく、ガランシェールが振り下ろした戦斧を人工聖剣で受け流したが故の結果だった。


つまり本気で殺しにきていた。


「お前さんには、自己紹介は必要ねぇんじゃねえか?」


「………それはどうしてかしら」


ガランシェールから放たれた殺気に当てられて、熊族の従者たちは腰を抜かしてしまっている。ガウディとルーディアは辛うじて平静を装ってはいるが、臨戦態勢に入っている。


「その立ち姿、構え、剣気、そのどれを取っても知り合いのものと一致するんでな。人間界から来て容易く魔王軍を撃破していった勇者一行の、『不死身の剣士』・レイ・アグニスにな」


なにそれ。不死身の剣士なんて通称初めて聞いたんだけど。魔界ではそんな扱いになってるの。


「師匠の事を知ってるのね。私もあなたの事は聞いてます。誰よりも鍛え上げられた鋼の肉体も、完璧に身体強化を制御する魔法行使能力。どれも素晴らしいものだと聞いていますよ」


親父の時にも使った嘘の言い訳で誤魔化してみる。というか本当にどうして正体がバレるんだろうか? それも戦った事のある戦士によくバレている気がする。


「あいつが師匠だぁ? あの滅茶苦茶野郎の弟子なんて出来るのかよ」


いろんな意味で失礼だな。


魔獣王は疑わしそうに俺の事をじっくりと見回す。暫く不機嫌そうに眉を寄せていたが、結論は出なかったらしくドサリと御輿に腰を下ろした。


「ふん。どちらにせよ外の種族はここでは大っぴらには立ち回れねえだろ。それにあいつの弟子だっていうなら俺の弟子でもある。ついて来い。俺の城に泊めてやる」


良かった。滅茶苦茶な理由ではあるが、まともに泊めてくれそうだ。ここにいるのは1日程度だろうし、大人しくしておこうーーー





という訳で今に至る。何を言っているのか分からないかもしれないが、問答無用で獣魔王の趣味に付き合わされていると思ってくれれば良い。


(けど、ガランの趣味が釣りとはねぇ……。戦いと鍛錬にしか興味がないと思ってたのに)


10年前には知り得なかったことだ。あの時は一々各種族の長とじっくり話す余裕はなかったし、個人の好みを知る機会なんてそれこそ皆無だった。顔を合わせれば即戦ってた。


けれど今は言葉も交わせるし、相手の趣味に付き合うことも出来る。アレン達との約束がなければもう少しこっち(魔界)に滞在しても良かったかもしれないな。


(いっそのこと、アレン達と一緒にこっちで冒険してみようかな………)


自由に観光を許されたムールニルブの街では、闇人族をちらほらと見かけている。割合では獣人族が多かったが、特に差別されている様子もなく往来を行き交っていた。未だに魔族どころか獣人族を差別する人間界とは大違いである。


『ガラン様、至急お耳に入れたいことが御座います』


全く反応のない釣竿をゆらゆらと揺らして、そんな他愛もない事を考えていると、背後から嗄れた声が掛かった。振り返ると、獣魔王と同サイズの銀狼が傅いていた。


「おう、ギンジ。そんな殺気立ってどうしたってんだ?」


獣魔王はギンジと呼んだ銀狼を振り返りすらしない。それだけこの銀狼を信頼しているのか、それとも後手に回っても勝利出来る自信があるのか。


おそらく両方なんだろうなと思っていると、銀狼は聞き捨てならない情報を口にした。


「再び『混血』が動き出しました。ベルグリーヴ周辺には多数のゴブリンやオーク、それに今回はアンデッドを多数呼び出しているようですね。あちらでは想定よりも大きな被害を被っているのかもしれませんね」


「そうかい。あの冷血女もこいつの師匠に手酷くやられなければ良い思いをしてたんだろうけどな。あいつも災難だったなぁ。そうは思わねえか、レイ?」


俺の頭程の大きな掌で、ガシガシと撫でようとする獣魔王から逃れつつも、言葉の端々から理解できる情報に嫌な予感をひしひしと感じ取る。


「ネアだってば。………その混血とか冷血女とか言われてる人って、ーーーメアリーアーチェのこと?」


「おっ、知ってんのか。なら話は早い。つい最近人間界に踏み入って大怪我を負った冷血の魔王が、また人間界に侵攻するようだぜ。どうする? レイ」


邪竜の次はまた魔王ですか。神様、少しは休ませてください。

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