第33話 聖剣の代償と暗水回廊
国東半島に上陸。南下したのにこっちの方が涼しいってどういうことですかね………?
少し投稿が遅れて申し訳有りません。何とか書き上げるようにします。
では、どうぞ!
■吸血姫の古城、広間。
「うまいっ! やっぱここに来て良かったぜ‼︎ こんな美味い料理にありつけるなんてな!」
「お口に合ったようで幸いです。ガウディ殿」
俺たちは邪竜を討ち滅ぼした後、戦いの疲れを癒す為にも一度城に戻ることにした。
城に設けられた大広間の一つに集まり、大きめのテーブルに載せられた溢れんばかりの料理を四人で飽きることなく食べている。
老執事の作った料理は、少し血抜きが甘いのを除けば絶品であり、それも些細なもので気にするほどのことではない。吸血姫であるルーディアの口に合わせて作られていると思えば、悪くない味だった。
ただ一つだけ不満があるとすれば、
「お兄様。こちらのお肉は如何でしょうか? 城下の街の猟師が仕留めた鬼熊の掌です。冬籠りに入る前の今の時期が一番美味しいそうですよ」
「……………」
ルーディアが「お兄様」呼ばわりしてくること、ではない。
「おいネア、もっと食え! 食わねえなら全部俺が食っちまうぞ?」
大して活躍していないガウディが供された料理を一番多く食べていることでもない。というか魔族の中でま腕力至上主義の大食漢に、ネアのままである俺では勝てない。
「………どうして折角元の姿に戻れたと思ったら、すぐにこの姿に戻っちゃうのかなぁ………」
邪竜を倒し、レイとして格好良く名乗ったと思ったら、そのすぐ後には身体が光に包まれてネアの姿に戻ってしまっていた。ご丁寧に服装までゴシックドレスに元通りである。
『聖剣に魔力を込めると破邪の力が宿るようだな。それがマスターに掛かっていたサキュバスの固有魔法を無効化したのだろう。………一時的にだが』
スルトが冷静に分析の結果を報告してくるが、そんなものは何となく感覚でわかる。ただその結果が納得できないのだ。
「そんなこと分かってるから! あーっ、もう私が元の姿に戻れることなんて二度とないんだわ。ううっ」
ルーディアに渡された熊肉を口に含み、鮮血酒という名のワインを一気に呷る。これで10杯は飲んでいる筈だが、あまりにも落胆している所為か酔った気分に全くなれない。
「大丈夫ですよお兄様。私はどのような姿でもお慕い申し上げますから。肉体の変異など些細なことです」
口調がすっかり変わってしまったルーディアが、にこにこと新たに肉を装って俺のところに差し出してくる。その態度には久し振りに会えた血縁に対するような親しみが篭っている。レイの姿を見て以来ずっとこの調子である。正直扱いかねている。
「ねえ、私があなたの『お兄様』かどうかはこの際諦めるとして、この姿の時はネアって呼んでもらえない? この姿でお兄様と呼ばれても悲しくなるだけだから………」
「分かりました。ネアお兄様!!」
「……………」
何もかもがどうでも良くなって机に突っ伏した。
■吸血姫の古城、ネアに充てがわれた客室。
紅の月が山脈の陰に隠れ、完全に真っ暗になってようやく四人だけの宴は終わった。その後ルーディアと一緒に風呂に入ったのだがよく覚えていない。バルクヘイム城で入ったきりの風呂だったので少々勿体無い気もしたが、常にルーディアが俺の身体を洗おうとしたり擦り寄って来たりするので全く落ち着けなかったのだ。
同性となった少女との入浴は心休まるものだと思って一緒に入ったのだが、現実はそう甘くなかった。ルーディアと俺の柔らかい肢体が触れ合う度に、何かイケナイ感情が芽生えそうになるのだ。サキュバスの固有魔法は拘束力は強いくせして、このような部分などがガバガバで腹が立つ。
「ようやく、ベッドで眠れる………」
ネグリジェを着た疲労困憊の身体に鞭打ち、自分用の客間の扉を開く。足取りは覚束ないが、一歩一歩踏みしめてベッドがある場所へと進んでいく。
『マスター、幾ら何でも飲み過ぎだ。その身体になって飲める量も変わっているのは当然のことだろうに』
スルトの呆れたような声で、未だに剣を掴んだままであることを思い出す。半ば投げ捨てるようにして机の上に放り、ベッドに飛び込む。すかさずスルトから抗議の声が上がるが、それはほとんど耳に入ってこなかった。
『マスター、相棒に対する扱いが酷くない………マスター? どうしたんだ⁉︎』
「あっ………ぐ………ぅ……」
全身を灼かれるような激痛に、ベッドのシーツを掻き毟ることで必死に堪える。一人になるまでルーディア達に気付かれないように堪えていた自分自身を褒めてやりたかったが、そんな逃避すら許さないかのように聖剣を使った代償が全身に襲い掛かる。
『マスター⁉︎ どうしたんだ! 呪いが掛かっているわけではない筈………』
異常を察知したスルトが頻りに呼び掛けてくるが、それに応えることすらままならない。ただ何も言わずに誰かを呼ばれてこの姿を見られるのも、困る。
「大丈……夫。1日寝れば、この痛みは消えるから……っ!」
シーツを噛むことで歯が欠けないように食い縛る。悲鳴を何とか堪えながら、荒れ狂う心臓の動悸を抑え込み、呼吸を安定させる。
ほんの少しだけ痛みが薄れた隙に、血が滲んでしまったシーツから口を外して寝返りをうつ。まだ痛みは残っているが、前にアグリールに殴られた時ぐらいの痛みまで収まったので改めてスルトにこの症状について説明することにした。
「選ばれた者ーー勇者にしか扱えず、邪悪なる者を滅せる最強兵器。それが聖剣なのだけれど、一応魔力を剣に注ぎ込んで振るうくらいなら常人でも問題なく扱える代物なの」
『ふむ。それで勇者と共に人工聖剣を製作する為の研究を行っていたというわけか。得心がいった。………つまり、あの時の一撃は普通に扱う以上の力を力を引き出していたというわけか』
「そういうこと。人工聖剣でもペナルティは変わらない。というよりは、恐らく勇者の力の中に隠された能力が、聖剣のペナルティを無効化しているのでしょうね」
神様は何を考えてるのやら、とスルトには聞こえないように呟く。背を向けているから読唇されている心配もないはず。
『成程。………マスター、当然だがあの剣の力はもう使うな。聖剣の代償は肉体的な痛みだけではないのだろう? 精神的なダメージがあるとすれば、いずれ精神が崩壊しかねない』
「……まあ、私も使う機会が訪れないことを願ってるけ、ど。………誰か来てる」
廊下から誰かが近づいてくる気配がする。そこまで強くない存在感からして、老執事のものだろう。ルーディアやガウディが、相手のことを考えて威圧感を抑える器用なことはしないだろう。
「失礼します、ネア様。お酒の酔いに効く薬草茶をお持ちいたしましたが、いかがでしょうか?」
果たしてドアの奥から聞こえてきた声は老執事のものだ。痛みはまだ強く残っているが隠せないほどの痛みでもない。鏡を見て、痛みを隠す表情が不自然でないことを確認してから扉を開ける。
「ありがとう。もう寝たいから一杯だけいただくわ。………立ち飲みでも良いかしら?」
酔いよりも痛みの方が強く必要でというわけではないが、折角の淹れたてを断るのもなんなので貰っておく。
「分かりました。既に準備は出来ておりますゆえ、すぐにお淹れさせてもらいます」
老執事は俺より頭二つほど高い頭を下げてから、ティーカップに香りの強い薬草茶を注ぐ。僅かに霞む意識の中にまで香ってくるのだから、相当な代物であるはずだったが、それに俺は気がつけなかった。
「どうぞ」
「ありがとう」
トレイに置かれたカップを受け取り、一息に中身を飲み干す。舌が痺れるような苦味が口に広がるが、今の俺にとっては悪く……な…い……?
「ん………」
急速に薄れる意識にティーカップを落とした。しかし、カップの割れた音を聞く前にはもう俺の意識は暗い淵へと沈み込んでしまっていた。
■
『何をした。貴様』
意識を失ったネアを抱き抱えた老執事は、ベッドに優しく横たわらせる。その光景を見ていたスルトは少し殺気の混じった口調で老執事に問い掛けた。
「ルーディア様が悪夢に魘され、眠れない時に使う睡眠薬と痛み止めの薬を入れさせてもらいました。これでもう使う機会もないでしょうね」
柔らかい絨毯に転がっていたカップを拾い上げ、ワゴンに置いた老執事は部屋の中に備え付けられた椅子に座った。目の前から放たれる魔人の殺気を静かに受け止める姿は、ただの老執事でないことは明らかだった。
『竜人族の長であった貴様が、一介の吸血姫の執事を務めているのを見た時は目を疑ったが、一体どのような理由だ? ベオドラ・ドラゴニース』
「その名で呼ばれるのは久しいですな。それも魔人である御身に知って頂けていたとは、存外の光栄でございます」
これまで無表情を貫いてきていた老執事が、その名を呼ばれて初めて驚きの表情を見せた。しかし、その表情はすぐさま氷の表情へと戻る。
「しかしそれはあなたにも言えることではないでしょうか? かつて狂える神を滅ぼした元魔王殿が、人族の少女の剣となっているとは思いもしませんでした」
『元々は男の剣士に使われていたのだがな………』
ボソリと呟いたスルトの呟きは老執事には聞こえなかったようで、角魔族に偽装していた幻影を解き、龍角をさらけ出す。
「ルーディア様に仕えているのは、かつての我が主人、ルナティアール様の頼みでございますから。ルナティアール様が亡くなられ、お父上も人間界に戻られたとのことで、魔界に身寄りのない姫の世話をする方が私以外にいなかったのもあります」
『ーーー父が人間界に戻ったと言ったな? 邪竜が言っていた、ネアにはルナティアールの血が流れていると。ルーディア殿には兄もしくは弟がいたりするか?』
「………スルト様。ここからのお話は二人にはまだ、御内密にお願いします」
居ずまいを正した老執事は外に誰もいないことと、ネアが深い眠りに落ちているのをしっかりと確認し、スルトに彼女達の秘密を語り始めた。
■吸血姫の古城、城門前。
紅の月が昇り始めたばかりの時間にはもう、三人は準備を終えて城門前に立っていた。
「それじゃあ、行ってくるわ。………ベオドラ、今までありがとう」
俺が来てから初めてルーディアが老執事の名前を呼んだ気がする。それ以前のことを知らないので二人の関係は分からないが、ルーディアも何か吹っ切れたのかもしれない。
「姫様の帰る場所は、この私が責任を持って管理しておきます。思い出した時にでも顔を出してくだされ。………これを」
ベオドラが深々と頭を下げ、一本の傘を差し出す。見たことのない漆黒の宝石を彫金した紅金のペンダントに嵌め込んだ、一見普通のアクセサリだが………。
「そのペンダントは、吸血姫にとって忌まわしい太陽の光を妨げる加護を備えております。かつてルナティアール様が作られた作品で、お父上を探す為に人間界へと向かわれるのならば、お役に立つと思われます」
父親? そういえばルーディアの父親については話を聞いていなかったが、人間界にいるのか? ………ますます俺の親父が怪しくなってくるな。妾を囲うような性格ではないと思っていたが………。
「これは帰ったら一度、お話が必要だねぇ………」
「あん? なんか言ったか、ネア?」
「いえ、なんでも」
三人分の荷物を担いだガウディが訝しげに首を傾げる。しかしこちらの話だ。誰かに話すことでもないだろう。
「そうか? ………んじゃ、ベルグリーヴに向かう前に一度俺の故郷のアムールニルブに向かうってことで構わないよな?」
「それが近いって言うなら、私達はそれで構わないけど。本当に大丈夫なの?」
「任せとけ。それに今回の邪竜討伐についても親父に報告しないといけないしな。是非ともアムール国の歓迎を受けてもらいたい。………あの邪竜は親父も仕留め損なっていた竜みたいだしな」
なんか揉め事の気配しか感じられないのだが。
「ま、地道に竜の山脈を越えるよりはよっぽど速いからな。期待してろよ」
ガウディは豪快に笑って言ってるのだが、怪しいなぁ………。
■竜の山脈。『暗水回廊』入り口付近。
歩行樹の森を抜け、竜の山脈の麓にある一つの洞窟に辿り着く。といっても、目の前のそれは洞窟というよりも石垣で補強されたトンネルそのものだったが。
小巨人族でも易々と入れそうな洞窟の中央から流れ出る流水を挟んで、石造りの通路が敷かれているそれは下水道に見えなくもなかったが、流れ出す清水は透き通ったものであり、悪臭もしていない。
「ここって受付嬢が言ってたけど、今の時期は使えないんじゃなかったっけ?」
「そうだな。確かにここは凍ってるからまだ使えないな。だけど凍った水はもう少し先にしかないからな。………使われてない時期は物を隠すのにもってこいってわけだ」
そう言ってガウディはどんどん暗闇の中へと突き進んで行く。思わずルーディアと顔を見合わせてしまうが、いつまでもここに居ても仕方がないのでガウディを追って洞窟の中へと歩みを進めた。
《暗視》の魔法を使って辺りを見回すが、これといって人間界の地下水道の造りと違いは見られない。しいて言えば灯りが見当たらないくらいだが、基本的に夜目の効く魔族には必要のない物だ。取り付ける必要性がなかったのだろう。
「ほら、あの氷の所為で通れなくなってんだよ。元々壊すのが困難な魔水氷塊が、数虎kmに渡って洞窟を埋め尽くしてるから掘り進めるなんて不可能なんだよ」
「わあっ、綺麗な場所ですね。ネアお姉様」
「そうね………。魔力の粒子が氷の精霊を引き寄せてるのかしら?」
「おい、人の話を聞けよ」
魔力の混じった水が精霊を引き寄せることは往々にして良くあることだ。偶々この場所では氷精霊が誘われ、神秘的な氷壁が造り上げられたと。
暗闇の中で蒼色に煌めいている光景は、神秘的というしか言葉に出来ないものだ。暫くこの光景を楽しんでいたかったが、ガウディがいじける前に鑑賞を止めておく。
「ごめんね。この光景がとても幻想的だったから、見惚れてた」
「………本当にあの『レイ』なんだよな、お前……」
「そうだけど、そんな風に疑われても証明するものがないから困るのだけど?」
「ガウディ、ネアお兄様に対してそんな偉そうな口振りは見逃せないわ。すぐに訂正なさい」
「お姉様」
「はい、ネアお姉様!」
疑わしげな視線を向けていたガウディだったが、俺とルーディアの気の抜けるやり取りに毒気を抜かれたのか、諦めたように溜息をついた。
「はあ………もういいか。もう目的地には着いたしな」
ガウディの到着したという言葉に辺りを見回して見るが、特に何かがあるというわけでもない地下水道だ。しかしガウディが地下水道の壁の一部に手を置いて、思いっきり押しだす。するとなんの変哲もなかった筈の壁がズズズ…、と鈍い音を立てて動き始める。
若干ゴリ押しにも見えなくもないが、そのお陰でちょっとした隠し部屋が壁の奥から姿を現した。
「氷壁を抜ける為の隠し通路……というわけじゃなさそうね? この部屋の魔法陣、………まさか転移魔法の⁉︎」
「そうだぜ。北のミノタウルス族が拠点としている大迷宮で魔王を自称してるベクトレーメスが資金集めの為に製作した転移魔法符だとよ。かなり値は張ったし、一度行きたい場所にこれを置いてからしか使えないが、戻る時は本当に便利だぜ?」
なにそれ超欲しい。個人で買える値段の魔法転移符って軽く人間界の魔法技術を超越しているのだが。シル王国が滅んだ時も王族が使おうとしていた様には見えなかったし、ラスマール皇国にもあるか分からない代物だぞ?
「魔法陣さえ持って帰ってしまえば、後は勇者に作ってもらえば問題ないか………? いや、あいつだとこういうタイプの装置は作らない可能性もあるな………。ならダークエルフの司書に頼めば………」
「お、おいネア。早くこっちに戻ってこいよ………?」
「はっ、私は一体何を………」
虎顏を引き攣らせたガウディの声で正気に戻る。危なかった。やはり最新技術は人を狂わせるな………。当に魔王の誘惑という訳か………。
「こほん。魔力を魔法陣に流せば良いわよね? さっさと行きましょう」
「お、おうよ………」
俺に奇異の目を向けたままのガウディが魔法陣に魔力を通すと、魔法陣の輝きが増していく。対象の魔力を使わずにその土地の霊脈を利用して転移魔法を発動する。ますます欲しくなってきた。
(そういえば、あの黒い腕は一体何だったんだ?)
ベクトレーメスの強制転移に巻き込まれた際に、俺を拘束しようとした黒い腕。今回出てくる様子は見られないが、一体誰が何の目的で呼び出したのかやら。
(ま、今はそんなことよりアレン達と合流することを優先するか。ただでさえ時間掛かってるし)
主に俺の好奇心とお節介の所為で。
「おし、行くか。………転移、アムールニルブ!!」
ガウディの声と同時に魔法陣が一際強く輝く。視界が真っ白に染まったと感じた瞬間には、見慣れない四阿の中に立っていた。
「え、もう着いたんでしょうか、お姉様」
「ええ。………あれがアムールニルブね」
小高い丘の上に建てられた四阿からも見下ろせる平地に、アムールニルブは広がっていた。城壁が他の街に比べて低いことを除けば大した違いはない。黒虎族の実力ならあまり城壁を気にしてはいないのだろう。
10年前に来た時に比べて変わった事といえば、多少市街地が拡大した位だろう。順調に発展している様だ。
しかしそれよりも気になることがあり………
「お姉様、あれは………」
「うん。なんで私達のいる方向に、軍が展開しているのかねぇ?」
丘の麓には、1万近くの黒虎を象った軍旗を掲げたアムールニルブの兵士が集結していた。
一体いつになったらネアとアレンは合流するのやら………。




