第27話 常闇の地
書きたくてもネタバレになるので前書きに書くことが………。
………前書きに次回予告を書こうかな?
■血霧の森、山中。
うっすらと意識が覚醒するのを感じ、目をゆっくり開ける。すると、血のように赤い霧が立ち込める、鬱蒼と繁った暗い森の中にいた。辺りを見渡してみるが、当然と言うべきか見覚えはない。
「……………ここは?」
………ああ。魔王の暴走による転移魔法から逃れようとしたら、変な黒い腕に邪魔されてどこかに飛ばされたんだった。自爆気味の暴走は非常に迷惑だからやめて欲しい。
身体を起こして辺りを見回すが、他に誰かいる気配は全くしない。ただ静寂に包まれているだけだ。
「っと。これ、持って来ちゃったなぁ………」
傍に置いてあった聖剣を持ち上げる。魔王を斬り裂いた際に付着した血糊を払い、鞘なしで背中に背負う。幸いなことに、杖を背負う為の金具に上手いこと引っかかったので歩く分には邪魔にならない。
アレンに渡したスルトを呼び戻して状況を把握しようかと考えたが、まだもしかしたらトリアスタを襲った魔物の群れと戦っているかもしれない。そうなると今こちらに召喚するのはアレンを危険に晒す行為かもしれなかった。
(……………うん。一日経ったら呼ぶことにしよう。それまでにはアレンがきっとなんとかしてくれるはず!)
頭を振って気持ちを切り替え、まずは此処がどこなのかを確認するために顔を上げーーー気づいてしまった。
「……………うそ」
月が紅い。最初は霧の所為で紅く見えているのかと思ったが、むしろ逆だ。紅の月光が霧を血の色に染めていたのだ。
人間界では決してあり得ない光景。だが、あの月に見覚えがあった。
かつて勇者パーティーの仲間とともに乗り込んだ人外魔境の地。太陽は昇らず、紅い月光のみが大地を照らす人間界とは異なる世界。
「ここ、魔界なの………?」
俺の呟きは、誰にも聞かれることなく風のように消えてしまった。
■
取り敢えず魔族でも良いから誰かと接触しなくてはいけない。動かなければすぐに餓死しかねない場所なのだ。魔界というところは。
幸いポシェットには小さな水筒とチョコレート味の携帯食料が幾つか入っていた。これで2週間は生きていける‼︎
………まあ出来れば今日中には街なり魔族の住む館には辿り着きたいけど。
■枯れ木の森。
「ふう。やっと獣道を見つけた。長かった………」
四刻ほど歩き回ってようやく下草が踏み荒らされた獣道を見つけることが出来た。こんな山中にまで舗装された道は造られるわけがないのは人間界も魔界も同じなので、獣道から大体の人里? までの道程を大体で計算する。
「よし、と。………この服も全然汚れないからありがたいことね」
紫のゴシックドレスを払って草葉を落とす。元が諜報部隊の隠れ家にあったものだからか、虫除けの加護が付与されていて虫に噛まれることも無かった。
俺の場合《火妖精》を呼べば似たようなことが出来るので、特に重要というわけではないが。
霧の晴れた道を半刻ほど歩いていると、道は不気味な森の中へと続いていた。
「うぇ、スライム。しかもこれは異常繁殖じゃ………」
枯葉すら付いていない枯れ木に、無数の粘液状の魔物が糸を引くようにして垂れ下がっていた。見た所森の広い範囲にまでそれは侵食していた。
スライム。人間界には見られない魔物の一つだ(境界門を越えるほどの知性が無かった)。基本的に草葉を主食とするが、目の前の光景のように異常繁殖すると一つの森を食い潰すほどの規模になってしまう。人間界にいなくて良かった。
取り敢えず鈍重であり金属や動物などを溶かすことは出来ないため直接危害を加えられることは滅多に無い。木の上から落ちてきて服を溶かすことが勇者パーティーの女性陣には大変不評だったが。それと泉にスライムが混ざっていた時は結構な騒ぎになってしまったりと、女性の天敵なのかもしれない。
(今更引き返すのも面倒だし、突っ切るか)
スライムは火に弱いため《火妖精》を召喚するとすぐに逃げ出し、塞いでいた道が開けた。一応辺りに他の魔物がいないか警戒だけはしておくが、枯れ木の森だと見晴らしも良くスライム以外の魔物も見当たらない。
唇を湿らす程度に水を含み、2刻ほど更に歩いたところで枯れ木の森の出口が見えた。
「おー、結構大きな街ね。後ひと頑張りか」
森の出口にあったのは、遠くの風景を一望できる小高い丘だった。その景色の一角には黒い城壁に囲まれ、煌々と輝く街の灯火が見えた。それなりに発展した街のようで、灯りの数はそこそこ多い。
早速向かおうと一歩踏み出して、ふと気づく。
(あ、こっちのお金持ってない。しかもこの服装で目立たないように入るなんて出来そうにも無いんだけど………)
魔界でも人間界と同じ程度には貨幣経済が回っている。勿論まだまだ物々交換が成立する程度には融通は利くが、ポシェットに入っている人間界の貨幣は最悪鋳溶かして使うか。
取り敢えず資金のことは後回しにして、この姿をどう誤魔化すか考える。
人間界には魔族が少なからず存在しているものの、魔界には人族やエルフ族はほぼ存在しない。よくて魔王の襲来によって連れ去られて奴隷となった者だけだ。10年前には、勇者パーティーという珍しい集団が魔界を闊歩していたが。
つまり如何にも人間族です、といった姿のまま街に向かえば確実に絡まれるのがオチだ。その辺りはなんとかしなくてはいけない。
「うーん。………あ、そういえばまだ捨ててなかったはず………」
暫く悩んでいたが、ポシェットの中身を思い出して名案が浮かぶ。『影月』の隠れ家から拝借した薬の中に良いものがあったはずだ。
周辺を見渡して危険が無いことを確認してから、いそいそとポシェットの中身を漁って街に入る為の準備を始めた。
■魔界、ラーズガーブの街、南門。
「おう、こっちで受付するから来いや」
「はい。………お金、銀棒しか無いんですけど良いですか?」
最近南の森でスライムが異常繁殖を起こした所為で、南の道からは全く商人や旅人が来なかった。今日初めての来訪者が訪ねてきたから気合を入れて待ち構えてみれば、小柄なワーウルフの少女1人だけだった。
身長は俺の半分にも満たない……といっても3虎メートル近い俺の身長に比べてなので、まあちょっと背が低いくらいの身長だろう。
だが、今まで見た女の中で誰よりも綺麗な少女だった。もう少し年が近ければ即求婚してたとしてもおかしくはない美少女だ。
長く艶やかな白髪と狼耳に翠の瞳。動き易さを重視しているのか、衣装はかなり簡素に作られている。
「別に構わねぇが………、お前さん、1人であのスライムが繁殖した森を見突破したっていうのか?」
「うん。これでも火魔法は得意だからね」
そう言って自慢気に指先から小さな火を灯した。確かにスライムは火に弱いが、腕力至上主義のワーウルフが魔法を使うなんて珍しいどころの話では無いんだが。
俺ーーーガウディは黒虎族を纏める首領の次男で、次の後継を決める為の決闘に向けて傭兵をやって修行の旅をしている。
今回はたまたま喧嘩で怪我をした人狼族の友人の代わりに門衛の仕事を受け持ったが、長い付き合いを持つその男は、魔法など使っても意味が無いと豪語していた。しかしこの少女を見るに、単にあいつの主張だっただけかもしれん。
「銀棒なら3つだ。この鉄札を持ってればこの街にはいつでも自由に入れる。夜にゴロツキに襲われても知らんがな」
「気をつけておくよ。………ブラックタイガーのお兄さんは門衛なの?」
銀棒の代わりにこの街の首領の紋章が入った鉄札を渡すと、ぴょこぴょこと狼耳と尻尾を揺らして首を傾げてきた。会話を振られたことに目を瞬かせるが。どうせ暇だったので質問に応じることにした。
「いや、俺は傭兵をやっててな。知り合いの門衛が怪我したから、酒の代わりにやってるだけだ」
「この街にも傭兵ギルドがあるんだ。どの辺りにあるの?」
その言葉に、自然と人狼族の少女の背中に目が行った。艶やかな白髪に上手く隠されているが、あまり派手な装飾の施されていない剣が見え隠れしていた。
「おいおい、お前さんが傭兵をやるっていうのか? 止めといた方が良いぜ。傭兵団の奴らに絡まれて乱暴されるのがオチだ」
「………まあ、なっても良いんだけど。今回は依頼を出すだけだよ」
そりゃあそうだった。少女が傭兵ギルドに行くとしたら普通は依頼を出す方を思い浮かべる。だが、不思議とこの少女なら傭兵としてもやっていけそうな気がしたのだ。獣の勘ってやつだろうか?
「悪い悪い。傭兵ギルドはここの道を真っ直ぐ行くと噴水がある広場が見えてくる。その広場で一番高い建物が傭兵ギルドだ。文字が読めるんなら看板を見れば一発なんだがな」
「なら大丈夫。ありがとうね、黒虎のおじさん」
「おじさんじゃねえ。お兄さんだ」
少女に文句を言いながらも手を振り返してやる。全く、変な女と会っちまった。揉め事を起こさなきゃ良いんだけどな………
■ラーズガーブ、中央広場。
「おー。下手したら人間界の街より活気があるかも」
ケモミミ娘となった俺は露店で買った串焼きを咥え、オーガ、ミノタウルス、竜人族、獣人族など様々な種族が闊歩する街を興味深く見回す。
魔界の街であるラーズガーブは、人間界とは比べ物にならない数の種族が存在していた。露出の激しい猫族が売り子をしていたり、フードを被ったシャーマンゴブリンが怪しげな薬を店頭に並べていたりと非常に活気がある。人間界との違いを強いて挙げるならば、喧嘩がかなり多いところだろうか。今も見える範囲でミノタウルスとピッポカンプが拳と蹄で殴り蹴るの大乱闘が演じられ、周囲の野次馬がそれを囃し立てて盛り上がっていた。
これだけ騒いでればフードを目深に被った俺に注目するやつはいないだろう。フードをぴょこぴょこと押し上げてしまう狼耳に触れながら笑みを浮かべる。
(うん。ブラックタイガーの嗅覚を誤魔化せるなら問題ないね。流石はガナード侯爵の諜報機関も利用する薬なわけだ)
隠れ家に置いてあった薬の一つに、飲めば魔力が続く限り種族を偽装出来る丸薬があった。限られた種族しかいない集落など、警戒心の高い種族の領域に潜入する際によく使われているらしい。
丸薬の効果は、姿を丸ごと変えるのではなく、その種族の生物的特徴を付け足すものなので顔や背丈などはほとんど変わらない。開発者、勇者+紳士なエルフ。
種族の誤魔化しは完璧なのだが、当然服などは変化させることが出来ないので闇魔法の幻覚を使って服屋でフード付きローブを買わなくてはいけなかったので締まらない。
ローブからはみ出してしまった白髪を弄りながら進んでいると、黒虎の門衛が言っていた建物が見えた。
「ここね。地図があれば有難いんだけど………」
特に苦労することもなく傭兵ギルドまで辿り着き、中の様子を伺う。想像通りというかむさ苦しい筋骨隆々の男達が受付兼酒場に屯していた。
中に入れば揉め事が確実に起きるだろうが、入り口で躊躇していても仕方がない。少し期待しながら扉を潜った。
ローブで姿を隠して入ってきた俺に視線が集まるが、ちょっかいを掛けようとする傭兵が出る前に受付に辿り着いてしまった。
「はい。今日はどんな用件でございますにゃ?」
魔界でも受付は女性がやっているようで、10代後半の《猫妖精》が笑顔で出迎えた。短く切り揃えた茶髪の髪の上でピコピコと動く猫耳からして歓迎はしてくれているようだ。
「道を尋ねたいのだけど、境界門のある街はどの辺りにあるの?」
「境界門………、ベルグリーヴですか。ここからだとかなり遠いですね。二週間ほど掛かってしまいますよ?」
二週間。遠いような近いようなだな。まあ人間界に帰る手段が今のところそれしかないので行くしかないのだが。
「そしたら、そこまでの護衛の依頼を出すとしたら幾らぐらい掛かるかな?」
護衛の依頼だと話した瞬間、聞き耳を立てていた連中の視線がいやらしいものに変わった。何となく嫌悪感を催させる視線だ。こんな美少女なら仕方がないがな!
「それでしたら………相場は金貨5枚程ですね。途中で竜が棲息する山脈を越えなくてはいけませんので」
「竜ね………」
護衛の依頼としては破格の値段だが、納得できないわけではない。いくら強力な魔族が跋扈する魔界とはいえ、竜種は別格の存在として君臨しているのだから。
一応手持ちには10枚ほどの金貨相当の金塊がある為、依頼を出すこと自体は可能だ。だが、背後から粘っこい声が掛けられる。
「おう女ぁ、なら俺たちと行かねぇか? お前のこと、身も心も守ってやるからよぅ」
振り返ると、狼頭族の男数人がその獣の顔を醜悪に歪めてニタニタと笑っていた。
人狼族と狼頭族の違いは顔が人間よりか狼よりか、程度しか違わない。一応人狼族の方が知性は高いとも聞いたことがある。
狼なんだから、野生の本能で危機管理くらいしっかりしてほしい。
「あら、あなた達はドラゴンの棲息地を私を護衛しながら抜けられるのかしら?」
顔を隠したまま薄ら笑いを浮かべる。酒場といえばやっぱりあれが楽しみなのだ。
「ぐっ、………ああ、俺たちならどんなやつが相手だって楽勝だぜ! だからさっさと依頼を出してやとーーー?」
男が伸ばした手の関節を握り、それを外すと同時に魔力強化による力任せで投げ飛ばした。
「グハァッ!⁉︎」
「全く。私の相手にすらならないのに、護衛の依頼を引き受けようだなんてどうして考えるんだろ」
「わ、ワーウルフ………⁉︎」
男を投げ飛ばした拍子にフードが脱げ、白髪と狼耳が露わになってしまう。それを見た男の連れ達が悲鳴を上げる。ネアは知らないことだが、狼頭族より遥かに格上の人狼族に手を出したと知られれば、まず彼らの命は無かった。ネアにその気がなくとも他の人狼族の戦士が黙っていない。
「おい、狼頭族如きがよくもまあ人狼族に手を出そうとしたな?」
「ひ、ひぃ⁉︎」
気がづけば、絡んできた男達は人狼族の男数人に囲まれていた。数自体は同数のはずなのに、狼頭族の男達にとっては数十人に囲まれているかのような錯覚を覚えていた。
その後すぐに起きたリンチは特筆するべきこともなかったので割愛する。気がつけば顔の判別がつかないくらい殴られた男達が出来上がっていただけなので。
半死半生の狼頭族を尻目に人狼族の男の一人が俺に話し掛けてきた。
「おう嬢ちゃん。ここだとこういう馬鹿な連中がいるから気をつけろよ」
「ありがとう。………あなた達でもドラゴンの巣を突破するのは厳しい?」
リーダーと思われる壮年の男は苦笑して首を振った。
「すまねえが、いくら気高く強い狼族の俺たちでも、竜の山脈を突破するのは厳しいな。迂回して行く余裕はないか? 同族だから出来る限りのことはしてやりたいんだが」
身内に優しい人狼族の男達に少し罪悪感を覚えながらも、その方法について検討する。
取り敢えずスルトを使って無事であることさえ連絡出来れば、別に急ぐ必要はないかもしれない。境界門は境界都市、ベルグリーヴにあるのが唯一の物で、距離もあるため最悪ゆっくりでも構わない。
「竜のいる山脈を避ける迂回路はある?」
受付に向き直って尋ねると、ケット・シーの受付嬢は難しい顔でルートの状況を確認し始める。
「そうですね………本当なら山脈を貫通して流れる『暗水回廊』を渡れば唯一ベルグリーヴへと向かうことが出来るのですが、今の時期だと凍ってしまっていて通れないんです。
山脈を迂回して行くとなると、3ヶ月以上掛かってしまいますね………」
「3ヶ月………」
果たして帰れるんだろうか?
■《歩行樹》の森、深部。
湿った空気の中、蠢く《歩行樹》の森を風のように駆け抜けていく。動きは遅いのでよっぽど鈍重な者でなければ、まずトレントに捕まることはない。
「配達先、遠いなぁ………」
時にトレントの枝を足場にして目標までのルートが間違っていないか確認する。そうしなければ常に蠢き続けるトレントの所為ですぐに迷ってしまっただろう。どうりで傭兵ギルドが地図で教えてくれない訳だ。
依頼書は掲示板に貼り付け、それまでの日銭を稼ぐために傭兵ギルドに登録してみたのだが、討伐系の依頼はそのほとんどが既に受注されていたので受けることが出来なかった。
残っていたのは特定の種族しか受けられないような危険な毒草採取と、今回俺が受けた物資の配達依頼だった。
この依頼、とあるお城に日用品を届けるのが仕事だが、城の主人が吸血姫らしい。流石に会うことは出来ないだろうが、レイ時代に来た時には吸血鬼にすら会えなかったのでちょっとくらいお目に掛かりたい。
「あ、やっと見えた。………大きな城ね」
トレント達の隙間からはっきりと見える、険しい山の側面に聳え立つ古城。中央の苔むした尖塔が印象的なそれは、
「良い城なのに、嫌な雰囲気ね。流石は魔界の城、なの……か、な」
どことなく牢獄に思えた。
いきなり始まる魔界編。アレン達の方も偶には描写する予定です。
・次回予告
馬鹿な! 銀髪ゴスロリ少女は主人公だけで十分な筈………⁉︎