第25話 巫女と境界門。そして、
前回に比べて遥かに短いので、今日中にもう一話投稿するかもしれません。同じ日付の場合はご注意をお願いします。
■精霊樹第2階層、休憩所。
水着からいつものゴシックドレスに着替え直した俺は、精霊樹の巨大な枝に建てられた四阿にゼオラントと向かい合って座る。外見年齢的に、端から見ても孫娘と歓談する老騎士くらいにしか見えないだろう。
「それで、何の用ですか、ゼオラントのお爺様?」
「ふん、貴様はそんな丁寧な話し方はしなかっただろう。今は誰もいない。元の口調で話せば良い」
憮然としたように鼻を鳴らす。なぜかどことなく不機嫌そうだ。
「これは一応素の話し方ですよ。今はこちらの方が話しやすいというか、自然に話せますから」
そう言ってから紅茶を口に含む。一応社交辞令は実父に嫌という程教えられたので苦もなく行えるが、まさ相手の教養を測るためにやらされた女性の作法を使う日が来ようとは思わなかった。
「ふん、レイであることは否定せぬか。貴様や勇者のことだ。確実に何かに巻き込まれるのはあの時からよく知っている。だが………そのような姿になるという状況は………一体どういうことなのだ?」
ごもっともで。
取り敢えずこれまでの経緯を簡略化してゼオラント翁に説明する。シル王国が襲撃されたことを伝えた時はまだ驚いた顔をしただけだったが、魔王と単身戦ったことを話している途中で既に眉間に皺が寄っていた。
「お前は、何をどうしたらそんなことに巻き込まれるのだ………」
「仕方ないじゃない。避けられない戦いだったわけだし」
それでも疑いの目を向けられたままだったが、やがて諦めたように溜息をつかれた。結構失礼だと思う。
「だがまあ、姫をお助けしたのは良くやった。魔界との境界を封じることが出来るのはエスカーテの血縁だけだ。それだけは幸いであったのう」
シル王国の姫さんが? 境界門の鍵?
「………初耳なんだが?」
「うむ。パーティーの中で知らんのは勇者とお前だけだからな」
おい。
「貴様らが知ったら碌なことにならんだろう。妖精族の女王から妖精石を根こそぎ頂こうとしたことや、獄炎炭を根こそぎ掘り尽くした時から秘密のものについては隠すことに決めたのだからな」
ぐっ………、流石に少女を虐めるようなことはしないのだが、何を企むか自分でも分からないからな。隠されて当然かもしれない。
「そ、それは兎も角。まだ姫さんは狙われてるのか?」
「そうだ。だが、どこに避難させたかまでは聞いてないが、皇国の諜報部隊と『影月』の隊長が一番安全と言っていた場所だ。おそらく襲われることはないであろう」
爺さん。勇者に言わせればそれはふらぐ、らしいぞ。
「しかし、お前が戦った魔王は女だと言ったな?」
「? そうだけど、何か変なところでもあった?」
「いや、な。確かな噂ではないから変に惑わすのも悪いかと思うのだが………」
歯切れ悪く話すゼオラント翁は、自分自身が信じきれていないことを話すべきか逡巡しているようだった。万が一のことを考えて話すべきか、悪戯に情報を錯綜させて混乱させてしまわないようにするか。
まあ、俺は勿論聞くに決まっているのだが。
「話してくれると助かります。私がちょっとやそっとの話で動揺しないのは知っているでしょう?」
「………ふん。そんな話し方をするレイなんぞ儂は知らないのう」
俺の不敵な笑みを見て調子を取り戻したゼオラント翁は、一気に紅茶を啜る。そして俺にギリギリ届くような小声で、囁くように話し始める。
「シル王国の北側にカナエリア王国があり、それから更に北の海を渡ればドストメール領主連合統治領があるのは知っているな?」
「ええ。あっちの特産品の紅炎鮪と紫昆布は勇者の好物だったしな。商人達が話題にしていたからよく覚えてる」
ドストメール領主連合統治領。港湾都市メルリーシを中心とし、他の国からの干渉に対抗するために周辺の領主達が結託して結成された連合国家だ。山間の豊富な資源と海運を生かした利益によって幾度となく他国からの侵略を受けてきた。だがその資金を使って傭兵や冒険者を雇い、その悉くを退けてきた実力のある国でもあった。
「そこで魔族達による襲撃が発生したらしい。突然街中から溢れ出てきた魔族と魔物の軍勢により、メルリーシは2日と掛からずに占領された」
魔族の居住を認める街がある一方で当然のように魔族を迫害して逆に報復を加えられる街も存在する。だが今回は事情が異なるようだ。
「魔族が? 一体どの位いるの?」
魔族といっても実力は個体によって大きく変わる。たった一体で街を滅ぼせる山羊頭魔族や千体いたところで街に侵入することすら覚束ない下級悪魔など様々だ。
なので数で戦力を推し量ることはあまり出来ないのだが、一応知っておいて損は無いはず。
「ーーー魔族は二百、魔物は一万だ。魔族の方は《牛頭人》が多くを占め、魔物は各種まちまちだな。ーーーそして、」
一旦そこで言葉を区切り、俺の翠の目を射抜くように睨み、その事実を告げた。
「その魔族達を取りまとめている角魔族の男が、魔王を名乗っていたらしい」
「……魔王が、もう一人………」
魔王を名乗る魔族が複数現れる。それ自体はおかしいことではない。魔界も人間界並みに広いのだから各所で種族ごとに魔王を勝手に名乗っても別に弊害はほとんど無いのだろう。
問題は、人間界に魔王が二人同時に現れたことだ。
魔界で魔王が乱立した場合、それぞれの勢力争いの為に人間界侵攻はあまり活発にはならない。それでも侵攻しようとする者は、他の魔王を軽くいなしてしまう強大な魔王か、他の魔王に敗退して逃げこむようにして人間界にやって来た弱小魔王くらいだ。
前者は前者で後顧の憂いがあるまま人間界侵攻を行う為、幾らかの領土を獲得するとその地に種族ごと移り住んでしまう魔族もいた。ダークエルフなどがこの例にあたる。
つまりお互いにいがみ合うどころか魔王達が結託して魔界から侵攻してきたのか、強大な魔王の勢力から逃げてきた魔王が偶々二人いたのかで対処法が全く異なってくる。
「その魔王の特徴を教えて。それでどこの部族かは分かるーーー
ドオオォォォオオオン!!!
突然街の方から轟音が聞こえてきた。四阿から少し離れたテラスに駆け寄ると、街の一角に火がついているのが見えた。
「っ⁉︎ 何事だ‼︎」
ゼオラント翁も俺の隣でその火事を凝視して、息を呑んだ。
エルフの魔法実験が失敗して起きた事故なのかとも考えたが、それにしては規模が大きい。さらに暫くするとオークやオーガ、《牛頭人》が炎を抜けるようにして溢れ出してきた。
「どうしてあんな場所から魔族が現れるの⁉︎」
敵襲の鐘が鳴り響く中、スルトを呼び出してすぐさま向かおうと手すりを乗り越え、ある魔法の行使に気がついた。
魔物や魔族が溢れ出てくる建物の中に、比較的大規模な魔力の反応があるのを感知できた。十中八九、転移魔法だ。しかも際限なく魔物達を転移させていることからして、その使い手は相当な実力者だ。
二千ほどの魔物たちが街に出尽くした所で、『そいつ』が姿を現した。
派手な服を着た男の頭には捩れた二本の暗紫色の角が怪しげに輝いている。間違いなく角魔族の者であり、魔族である《牛頭人》を従えていることから、相手の人相は絞れる。
その男が哄笑する様を見て、確信を持って呟く。
「二人目の、魔王………」
爺さん、まさかここに現れるとは思わなかったんだけど。
短いといっても最初の頃と同じくらいの字数なんですけどね……。最近は収まりが効かない………