第22話 静かな旅
早朝バイトの前に一話。寝坊しませんように………
この話とは全く関係ありませんが。
艦これバケツが枯渇していてヤバいかも………
この話とは関係ありませんが。
■バクルヘイム城、城内。
「そうか、明日、トリアスタに向かうか」
俺が目覚めてから数日後、馬の準備も出来て食料などの買出しも終えた俺達は出立する旨を親父ーーアグニス将軍に伝えた。
「ええ。トリアスタで装備を整えた後にシル王国近辺に向かって情報を得るつもり」
レイとしての俺の事を聞かれる度に幾度となく本当の事を言いたい衝動に駆られたが、結局そのことを告白することはできなかった。どうして言わなかったのか、自分でも分からなかった。
「そうか。あまり何かしてやれることもなかったが、怪我をしないように気をつけるといい」
書類を片付けた親父は執務室から見える山脈を見つめる。あの山脈を越えれば、トリアスタへと続く精霊の森だ。
「精霊の森に隣接しているサハギンの部族が不穏な動きを見せている。いつでも対処できるようにしておけ」
「ーーーはい。それでは」
山脈を見つめ続けるアグニス将軍に背を向け、扉の取っ手に手を掛ける。
「ーーーお前の決めた道だ。好きなように生きろ」
何気なく告げられた言葉に思わず踏み出していた足を止めてしまう。
全く。捻くれた親父だ。そんなんだから妾の一人や二人も出来ないんだよ。分かってたなら素直に拳骨を落とせば良いものを。
「気が向けば、顔くらいは見せる」
それだけ言って振り返ることなく執務室を出る。………さて、目指すは精霊の都。ゼオラント爺ちゃんは元気に隠居してるんだろうか!
■
「ネア、手を貸すよ」
「ありがと」
皆と合流して、城の厩舎に預けていた剛竜馬に乗り込む。いくら頑丈さと体力が取り柄とはいえ、馬の負担を少しでも減らす為に重さが均等になる様に分乗している。装備の重量が重いサーシャとアレンが分かれて乗り込み、その後ろにヴィヴィアと俺が乗った。
「待ちなさい!」
振り返ると、全速力で走ってきたのか赤竜騎士団次席のマリアールが息を切らして立っていた。その姿は兜以外の鎧を着込んだ完全装備だ。その兜も脇に抱えている。
「マリアール、どうしたの?」
「ああ、ネアさん…。怪我も治ったのね、よかった…」
剛竜馬の上から声を掛けると、マリアールは息を整えながらホッとしたように笑顔を見せた。しかしすっと表情を真剣なものに変えると、剣を抜き俺の前ーーアレンにビシィ‼︎ と剣を向けた。
「アレン! トリアスタに向かうと聞いたわ! その前に一度手合わせしなさい‼︎」
「俺と?」
何となく理由が分かっているのか、アレンはそこまで驚いた顔をしていない。
「そうよ! 準決勝で負けたリベンジ、果たさせてもらうわ!」
あー、剣闘会で戦っていたのか。おそらく結構余裕で勝っていたんだろうな。「あと少しで勝てていた!」という表情と、「やっぱ絡まれたかー」という表情が非常に対照的だ。
「どうする? 俺やりたくないんだけど」
「別に良いんじゃない? まだ時間には余裕があるというか、急ぐような旅でもないんだから。やりたくないならキチンと後腐れなく断ってね」
アレンの成長を見る良い機会だし。
「ぐっ、……分かったよ。ネア、剣を頼む」
嫌そうな顔をしながらも、手綱を俺に渡して馬から飛び降りる。剣に変化したスルトを投げ渡し、馬の手綱を引いて下がらせる。
十分な広さーー練兵場の二分の一くらいだがーーのある厩舎前で対峙する二人から、とめどなく闘気が溢れ出してくる。
紋章が描かれた盾と剣を構えたマリアールは重心を低く構え、魔力をその身に纏わせる。
対するアレンは双剣を背中の鞘に納め、抜き打ちの構えだ。居合いとはまた、あまり使われていないものを使うんだな。
「赤竜騎士団次席、マリアール・アクスネージ。赤竜の誇りに賭けて、あなたを倒す!」
「冒険者、アレン。行くぞ!」
ギイィィイン‼︎!
名乗りを上げると同時に、二人が激突する。盾と長剣から火花が飛び散り、弾かれるように立ち位置を変えていく。
盾の陰から隙を突くようにして放たれた一撃をアレンは掬うように弾き、叩きつけるような盾での打撃を蹴りで強引に止めた。
「くっ、足癖が悪い!」
盾を持つ手を払われたマリアールは間合いを取ろうとして後ろに跳躍する。しかし、それを待っていたかのようにアレンはその場で剣を構えた。
(………? 魔力を圧縮してる?)
振りかぶった双剣から紅い光が漏れ始めている。マリアールの身体強化のように魔力をそのまま身に纏う『加護』や、俺の魔力を身体に染み込ませ、循環させる魔力強化とも違う、全く異なる魔力の使い方に惹かれる。
「マリアールさん。守りに入った方が良いぜ」
「っ! この、《神聖なる領域》‼︎!』
マリアールはアレンの忠告に悔しそうに顔を顰め、盾を正面に据えて聖魔法の起句を唱える。光がマリアールを球状に包み込み上級魔法の守りを創り上げていく。《淵源の護手》と似ているが、その構成自体は全く異なるものだ。そもそも《淵源の護手》は魔法の分類には入らない。
マリアールの付近に建物がないのを確認したアレンは、その一撃を放った。
「ぶっ飛べ‼︎!」
ーーーえっ、技名無いの⁉︎ 新技は名前つけて放たないと公開した意味が無いのに‼︎
そんな心のツッコミが届くわけもなく、アレンの放った真紅の魔力刃は爆音と解放された魔力を周囲に放ち《神聖なる領域》に激突した。
爆音に驚いた剛竜馬を諌めながらも、ーーその光景から目を離すことが出来なかった。
「ハアアアァァアアア‼︎‼︎」
限られた使い手しかいない上級魔法の守りを容易く削り、突破する紅い閃光。盾まで到達し、それすらも撃ち砕いた奔流はマリアールを呑み込んだ。
■バルティム山脈、山道。
霧の深い山頂を見上げながら、目の前に座っているアレンに話し掛ける。
「よかったの? あんな約束して」
振り向いたアレンはキョトンとした顔をしたが、思い出したようにポンと手を叩いた。
「ん? ああ。今度来た時にあの技を教えるって約束か?」
「そうそう。冒険者たる者、隠し技の一つや二つ、持っておくべきよ」
決着が着いた後、アレンはマリアールにあの技が教えて欲しいと言われ快く了承したのだ。新技開発は時間が掛かる上に滅多に作れるものではないので秘匿することが多いのだが、アレンは軽く伝授すると約束してしまった。
「別に隠しほど強い技でもないし、作ろうと思えば作れるから別に良かったんだけどな」
作ろうと思えばって………、これだから転生者や転移者は出鱈目だ。
「まあアレンの作ったものだしね。アレンの自由でいっか。………それで、結局フィアナは徒歩で山越えするつもりなの?」
「いいえ。……そろそろ良いかもね」
徒歩で剛竜馬の足についてきているフィアナに視線を向けると、フィアナは辺りを見回して誰もいないことを確認して口笛を吹いた。
霧が深くなってきた森に澄んだ音が響き渡る。暫く続いた反響が溶けるように消えた後、霧の中からそれは姿を現した。
「一角獣! 凄いです。絵本で見た幻獣がいるなんて!」
サーシャが歓声を上げる。普通ならお目にかかれないだけあって感動もひとしおなのだろう。
「ユニコーンなんていつの間に友人になったの?」
勇者パーティーが解散する前に見た記憶がない。フィアナは得意気に顔を綻ばせ、ユニコーンを撫でる。
「お爺ちゃんをトリアスタに送り届けた後にね。ーーーそれで、どの山道を通っていくつもり? 構わないなら近道を案内するわ」
ーーーというフィアナの案内のお陰で、交通量が少なく整備されていない山道を通ることが出来た。途中、山賊の斥候を見かけた気もするのだが、夜中にアレンが用を足しに行くついでに何かしたみたいだった。
■
夜営している森の周辺を飛び回る火妖精をぼうっと眺める。俺は今日の夜番をしている訳だが、獣は飛び回る火を恐れて近寄ってはこないし魔力による気配探知の範囲には盗賊もいない。精霊が多く住む森に隣接しているだけあって死霊も見当たらなかった。つまり暇だ。
何かあった時の為に誰か一人は起きていなくてはいけないので起きているわけだが、暇だ。暇過ぎる。退屈交じりに《火弾》の威力調整の訓練をしようとしたのだが、フィアナに「眩しいからやめて」と言われてしまった。
「………………はぁ」
木々の隙間から見える星空を見上げる。バルクヘイム城で見た星空の天井画とは比べ物にならないほどの星が空を埋め尽くしている。幾度となく見上げた星空だが、割と飽きないものだ。
「ほんと凄い星空だよな。前の世界では見れなかった光景だよ」
「……勇者も言ってた。元の世界の都では暗い星しか見えなかったって」
いつの間に起きたのか、アレンが空を見上げながら俺の隣に腰を下ろした。その手にはワイン瓶と2つのグラスが握られている。『ストレージ』から取り出したのだろう。
「一杯どうだ?」
「夜番というか旅の間はお酒禁止なんだけどね」
苦笑してグラスを受け取り注いでもらい、ワイン瓶を受け取ってアレンのグラスに注ぐ。
「魔王は今、この世界にいるんだよな?」
「んー、人間界にはいないけどね。私が怪我をさせたお陰でね」
「そうか、ならこんな旅が出来ることをネアに感謝しないとな」
偉そうに腰に手を当ててみたが苦笑されただけで終わった。少女の身体でやるの、結構恥ずかしいのに。
「………ま、まあ。大怪我させただけで呪いとかを掛けられた訳じゃないから、すぐに完治するかもしれない。この平和は良くて2ヶ月程度かな」
「だからラスマール皇国っていうところの騎士団が来てたのか。魔王がいないなら取り敢えず任せておけばいいか」
魔王軍相手だと戦力は幾らあっても足りないのだが、魔王が人間界にいない今、魔王軍の士気も低いだろうし大丈夫だろう。きっと。多分。
「ネアは、勇者一行の中の戦士だったんだよな?」
「そうだけど?」
グラスを傾けながら横目でアレンを伺う。
「ならいつか手合わせしてくれよ。どれだけ強いのか見てみたい」
不敵な笑みを浮かべるアレンに思わず頬が緩んでしまう。
「それ、私からお願いしたかった。この姿でどれだけやれるか分からないけど、その時は本気で相手するよ」
願っても無い申し出に頷き返し、一気に杯を呷った。やはり旅は連れがいなくては。勇者達と別れての一人旅も楽しくはあったが、どこか寂しくもあった。
「今度はアレンの番ね。あなたの故郷の話を聞かせて。ニホンの話はいつ聞いても飽きないから」
「日本の? ……あんま良い思い出は無いんだけどなーーー
それから夜が明けるまでずっと互いのことについて話しこんでいた。一夜くらいの完徹をこなすのは冒険者にとって必須となる為、体調自体は問題なかったのだが、酒を飲んだのがフィアナにバレてこっぴどく叱られた。だからって飯抜きは酷いと思う。
■
2日かけて山脈を越え、朝頃に、霧が薄くなってきた山麓付近でそれを視認した。
「ん、見えたわ。みんな、鳥の群れが飛び立っている場所の先を見て」
魔力で視力を強化し、霧で霞む精霊の森に薄っすらと見える巨大な影を指差す。
「……あれか。ここからでも見えるってことは」
「相当でかいぴょん。シルの森にはあんな巨大な木は見たことないぴょん」
「あれが、精霊樹の母………」
サーシャが茫然と呟いた。その気持ちは分かる。初めてあれを見た時は俺も惚けてしまったものだ。
天を貫くかのように聳え立つ、超巨大な精霊樹。その周りを飛び回る精霊達の光が青々しい葉を煌びやかに彩っていた。
手綱を握り直して気を引き締める。精霊の森を突破すれば、いよいよ目的地に到着する。精霊樹に様々な種族が集い、勇者パーティーの一人も隠居している都ーートリアスタに。
嵐の前の静けさ、というやつです。(´・ω・`)
・次回予告
蜂は嫌いです