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戦士の俺が、魔女に転職します  作者: 炬燵天秤
第1章 魔女に転職します
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第20話 束の間の平和

作中に出てくる『影月』という組織は、フィアナが所属するガナード侯爵直属の諜報部隊です。滅多に出ないので忘れそうですが……。


目を開けると、まず満点の星空の絵が描かれた天井が目に入った。確か季節に連動して星の配置が変化する魔法の内装で、一時期貴族達の間でかなり流行っていたはず。


つまりまだ天界とか地獄ではなく現世だということだ。また死に損なったなと思いつつ、はっとして腕や髪を触ったり凝視してみたりする。


「変わってないか………」


魔王に負けて目が覚めた後のことは全て夢オチだと思いたかったが、そんなことはなかった。残念。


右肩から左脇腹までの一直線はまだ痛みはするものの、傷はしっかり塞がり、跡形無く消えていた。


『蜂蜜亭』のベッドよりも柔らかい感触にいつまでも身を預けたかったが、流石に状況の判断のために上半身だけ起こす。


「ぴょん〜。ネア、行っちゃダメだぴょん〜」


視線を斜め下に向けると、ヴィヴィアが椅子に座ったまま布団に顔を押し付けるように寝ていた。嫌な夢を見ているのか時おりウサ耳が震えている。


ぴょこぴょこと揺れるウサ耳をしばらく眺めていたが、少し飽きてきたので両耳を掴み、ぐぃと引っ張ってみた。


「てぃ」


「ふぎぁああっ⁉︎」


ウサ耳を突然襲った衝撃に跳ね起きたヴィヴィアは、ブンブンと頭を振って周りの状況を確認してから猛然と俺に向かって詰め寄ってくる。


「な、何するんだぴょん⁉︎」


「死人が鞭打つ」


「割と冗談になっていないぴょん⁉︎ ていうか理由になっていないぴょん‼︎」


心温まる(?)ブラックジョークで場を和ましながら、改めてヴィヴィアのウサ耳を撫でる。これだけで今の俺は満足だ。出来れば全身撫で回したいし抱きつきたいが、多分怪我の痛みで悶絶するので諦めた。


「え、ネア、ぴょん………?」


ウサ耳を撫でられて今更俺が目覚めたことに気がついたのか、信じられないというような表情で見つめ返してくる。可愛いウサ耳少女に見つめられると気分が高揚してくる。ベッドに引きずり込んで愛でたい気分になってくるが、傷が痛むので自重する。


「おはよう、ウィア。ちなみに私が気を失ってから今日は何ーーー


「ネア〜〜〜、無事だったぴょん!! し、死んじゃうかと思ったぴょん〜!」


ドスゥ、と大砲のように抱きついてくるヴィヴィア。身体からバキバキバキッ! とヤバイ音が聞こえてきた。


「い、痛っ! 痛い痛い痛い! この世での再会を喜ぶのは良いけど。て、手加減だけは………!⁉︎」


嬉し涙を流して抱きついてくるのは嬉しいが獣人族の筋力で抱き締められるとヤバイ。骨がミシミシいってるし塞がっていたはずの傷が開きかけて血が滲み始めている。再び気を失うわけにもいかないのでウサ耳を思いっきり引っ張ってやる。


「この、ていっ!」


「フギャアッ⁉︎」


ヴィヴィアがウサ耳を押さえてのたうち回っている内に呼吸を整える。あ、危なかった。


「良かったぴょん〜。もう起きないかと思ったぴょん」


それでも縋り付こうとするヴィヴィアを押し退けながら周りの状況を確認する。といっても城の三階にある貴賓室の一室であるということしか分からないが。


「馬鹿ねぇ私はそんなやわな身体はしてないわ。それで、ウィア、私ってどれくらい寝てたの?」


脚に抱きつくようにして寝転がったヴィヴィアを撫で回しながら、それとなく尋ねる。外傷自体はサーシャとスルトに治してもらっていたから酷くはなっていなかったようだが、少々血を流しすぎた。元の身体の筋肉ならば血が流れるのも抑えられた筈だから、やっぱり悔やまれる。


兎も角、輸血もしくは増血の魔法を使ってくれていれば2日で目を覚ます自信はある。


「えーと、丁度2週間だぴょん」


はい?


2週間てあれだよな。えーと一週間が7日だから2倍すれば良いわけで。つまりはーーー14日?


「あ、あれ? 剣闘会本戦っていつだったかしら?」


「3日前に全部終わったぴょん。アレンが優勝したぴょん」


な、なんだって〜⁉︎ アレンが優勝したのは嬉しいしめでたい。だが一度くらいは手合わせしてみたかったのに………。ていうか気絶すると俺、そう簡単には起きないのか…。


「3日前に終わっちゃったのか。ちゃんとアレンにはおめでとうくらい言わないと」


「だぴょん」


だぴょん? そうだ+ぴょんの略? 分かりにくいな。


「ん、ウィア、ちょっとどいて」


「ってもう歩くつもりぴょん⁉︎ まだ安静にしてないといけないぴょん‼︎」


「お腹減った。あいむはんぐり」


2週間の断食なんてザラだがこの身体には少々堪える。何か栄養を補給しなくては満足に動けない………


「な、なら私が持ってくるぴょん! ネアはそこで待ってるべきだぴょん」


「本当⁉︎ なら2週間分のーーー


「肩を貸すからゆっくり歩くぴょん。まだまともに身体が動かない筈だぴょん」


一瞬の手のひら返しに苦笑しつつ、ヴィヴィアに肩を貸してもらってベッドから降りる。着ている物が肌触りの良いネグリジェだけだったので上にローブを羽織りながら食堂へと向かった。


■バルクヘイム城、大食堂。


ちょっとした広場ほどもある食堂には、ズラリと並んだテーブルと椅子、壁際には清潔そうな調理場が設置されていた。


昼にはまだ早い時間の所為か、昼勤務と思われる兵士くらいしか食堂にはいなかった。昼にこなくて良かったと思いつつ適当に注文して調理場近くのテーブルに座る。


ここの食堂、この城に滞在してさえいれば無料で食べられる。しかも美味いとなれば食事目当てに騎士団に志願する者も少なからず出てくる。だが、ガナード侯爵直々の鬼畜特訓によってその大半は城内勤務に移ることなく脱落するが。


「って、幾らなんでも食い過ぎだぴょん⁉︎ カレーライス(地獄盛り)だけで何杯目だぴょん‼︎」


「もぐもく、10皿目かな? 二番目が豚カツで7皿目だよ」


「その身体のどこに入っているんだぴょん………⁉︎」


間断なくスプーンを口に運び、胃の中へと食物を流し込んでいく。勿論身体が少女であることを考慮してよく噛んで食べている。


ヴィヴィアは戦々恐々としながらもしっかりと肥満豚の豚カツを切り分けて食べている。かつての勇者とかアレンは兎族が肉を食べることに違和感を覚えるみたいだが、別におかしいことも無いだろうに。『血塗れ兎(ブラッディーラビット)』のようにに群れの狼を狩る兎だっているのだから。


「意識が戻ったようだな。ネアよ」


15皿目のカレーライスを切り崩していると、業炎牛のステーキをトレイに載せた親父ーーーアグニス将軍がすぐ側に立っていた。


「む、そのステーキを頼んでも良かったかな」


「まだ食うつもりかぴょん⁉︎」


もはやツッコミましーんとなってしまったヴィヴィアは置いておいて、隣に座ったアグニスがステーキを切り分けるのをジッと見つめる。


「それだけ食べられるのなら身体にも問題は無いようだな。しかし、黒竜の呪いで死なないとは、お前の師匠に似てきたのではないか?」


あの竜人って黒竜だったのか。しかしこの辺りに黒竜なんていたっけ? 縄張りを離れる物好きなんてそうそうーーーあ、


「ねえ、私に怪我させた竜人って、アグリールっていう名前じゃない?」


親父は若干驚いたような様子を見せたが頷いた。


「知っていたのか。ああ。勇者パーティーが魔界で戦った際にはあの黒竜が活躍したという歴史に記されるような竜だ。お前にとっては痛めつけられた嫌な奴かもしれないが」


やっぱりか。道理で強いと思ったら………。


「竜ねえ………。あ、今リリアナとかフィアナってどこにいるの? 今の状況が全然わからないんだけど」


「ふむ。フィアナはここにまだ残っているが、リリアナ殿はシル王国へと向かった。君もシル王国の情勢は知っているだろう?」


アグニスの言葉にヴィヴィアは無言で頷く。リリアナ達と戦った際に、彼女がただの戦災孤児ではないことは分かったが、お互いのためにもまだなるべく深入りしないほうが良いと思っている。


「三日前にはラスマール皇国直属の騎士団がここに到着し、つい先程魔王軍撃退の為にシル王国へと進軍した。国境を越えるのはおそらく一週間後だろう」


「え、もう皇国の騎士団がここを出発したの? 行軍速度、昔より速いのね」


俺の印象だと派兵するかしないかで一ヶ月くらい揉めて、国が一つ二つほど滅んだところでようやく重い腰を上げるイメージがあったのだが。


「ああ。この派兵速度はガナードも予想出来てないだろうな。一応フィアナとは別の『影月』が報告に向かってはいるがな」


「あれ、そしたらフィアナは今何やってるの?」


仕事を完璧にこなすフィアナがわざわざ同僚に頼んでまでここに留まる理由とは一体。


親父は笑いをかみ殺し、とある方向ーー確か練兵場があったはずだーーを指差した。


「お前のところの剣士に稽古をつけてやってる。といってもあの実力差だと付けられていると言った方が良いかもな」


■練兵場。


練兵場の砂が城に飛んでこないようにする為の防砂林を抜けると、結構本格的な金属音や爆発音が聞こえてきた。随所に混じっている中級魔法の詠唱で火柱が上がっていたりするがこれ本当に手合わせなのか? 死合わせじゃないのか?


「みんなフィアナに稽古つけてもらってるの?」


「そうなるぴょん。将軍もたまに乱入してくることもあるけど基本はフィアナさんが相手してくれるぴょん」


面倒見は良いやつだしな。アレンが転生者かどうか知っていなくても教えるくらいはしそうだ。


「このっ、《魔法の矢(マジックアロー)》何百本出してるんだ⁉︎ いくらなんでも大人気なさすぎる‼︎」


「悪いわねアレン。先達としてまだ負けるわけにはいかないのよ」


五百近い《魔法の矢》を次々と撃ちまくるフィアナとそれを二本の長剣だけで迎撃するアレン。ツッコミどころは沢山あるが、このままでは声を掛けることも出来ないため手を翳して魔力を集中させる。


「ーー炎を司る精霊よ、その身を現世に顕せ《炎帝召喚イフリート》」


「それ上位精霊の召喚術じゃなかったぴょん⁉︎」


ヴィヴィアの指摘は聞き流して起句を紡ぐ。刹那、魔法陣から噴き出した炎が人型の姿を顕した。


「イフリート! あそこに乱入するわ!」


『御意』


上位精霊はその強さだけが特徴ではない。人間並みの知性と人智を超えた精霊魔法を行使することによって戦場を支配する。上位精霊を行使することのできる者はそれだけで国賓級の扱いを受けることが出来た。


俺にはスルトがいるため基本的に使うことなく放置していたが。


イフリートは真っ直ぐ突き進み周囲の気温を跳ね上げていく。その気温差によって生まれた熱波が《魔法の矢》の構成を乱し、崩壊させていく。


「ネア! もう大丈夫なのか⁉︎」


イフリートの突き出した拳を軽々と躱してネアの元まで駆けてくる。とっておきをスルーされて少し泣ける。


「ええ。さっき二週間ぶりに食事してきたところだし、健康面もなんら問題はないよ。戻りなさい、イフリート」


『え、もう終わり?』と言いたそうな表情のイフリートを送還して手を軽く上げる。上位精霊を無駄に召喚したせいで気怠さは残っているが、それ以外には体の異常は見られない。


「そうなのか? それならいいん…だ、が⁉︎」


アレンは身体に触れて怪我の有無を確認しようとしたが、ローブの下がネグリジェしか着ていないのが見えたのか視線を逸らした。


「アレン、どこ見てるんだぴょん」


「い、いやドコモ見ていないさ……」


ジト目のヴィヴィアの視線から逃げるアレンに苦笑しつつ、手持ち無沙汰にしているフィアナに声を掛ける。


「フィアナ、久しぶりね。もう一月経ったかしら?」


「………そうね。あなたに旅の仲間がいて驚いた」


微妙な表情をしたフィアナは少し顔を逸らした。おそらく俺が女言葉を使っていることに違和感満載なのだろう。俺だって慣れたとはいえ恥ずかしいんだよ。


「んー、アレン達には色々と状況は説明したの? リリィ達との喧嘩は結構ややこしいことになってそうな気がするんだけど」


「うっ………」


するとアレンとヴィヴィアが気まずそうに視線を逸らした。アレンなんか後ろを向いているし。


「え? どうしたの? リリィが皇国軍についていったのは聞いたんだけど……?」


「それは私が説明する。あなたの証言が得られなかった所為でリリアナ達は侯都外に退去させられる処分を受けたんだから」


「……………えっ?」


どうしてそうなったし。

後書き

魔物は『』付き、家畜とか普通の生物の場合は『』無しで表記しておきます。多分(絶対忘れそう)。



夏アニメ、知ってるのあったかなぁ………。

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