第18話 再会
場面と視点がちょくちょく入れ替わる所為で長めとなっております。
■バルクヘイムへと続く街道。
悪魔によるアセリアート襲撃から3日後、ネアはバルクヘイムへと続く街道を馬車に揺られて進んでいた。
剣闘会予選自体は悪魔の襲撃により準決勝で中止となったが、バルクヘイムでの本大会にはネア、アレン、マリアール、そして敗者復活戦で勝ち上がったエラブリートが出場権を得た。ちなみに出場者のパーティーメンバーも無料で侯都に送ってもらえるためサーシャとヴィヴィアも違う馬車に乗り込んでいる。というか私だけ別の馬車に乗り込んでいる。
十数台にも及ぶ馬車の隊列と騎馬、徒歩の兵士達が黄金色に染まった麦畑に埋もれるように進んでいた。
侯都までずうっっっと続く麦畑が黄金色に景色を染め上げている。空の蒼と地の金色の二色のみで描かれた景色に、かなり長い間釘付けになってしまった。
もうじき訪れるであろう収穫期には全ての麦が刈られ、黄金色から地色に戻る光景がどうしても思い浮かばない。それほど壮大な風景だった。
「この辺りは初めてなのか?」
が、目の前に座っている実父ーーーウィルギード・アグニス将軍の声で現実に引き戻されてしまった。折角逃避していたのに。
「………ええ。シル王国方面にいたから」
父親に向ける礼儀など持ち合わせてはいないが、一応ちらっと視線だけは向けておいた。
「………なるほど。君もシル王国にいたのだな。ならシル王国の情勢は知っているだろう?」
「知ってるも何も、あそこを突破してきたから。魔王軍が襲来したことも、魔王軍があそこでたたらを踏んでいることも知ってるわ」
「………魔王軍があの場所に留まっている理由も?」
獲物を射抜くような猛禽の眼力に対抗して睨み返しながらも、頷く。
「知ってる。けど王侯会議にはどの位情報が集まってるの? 下手したらそれと全部被っているかもしれない」
フィアナには魔王に敗北した理由以外は全て伝えているので、ガナード侯爵の隠密部隊『影月』を通して全て伝わっているはずだ。そうなるとあまり意味はないとは思う。
「私が知りたいのは、魔王が何故怪我をして魔界に退却することとなったのかだ。10年前の魔王に傷を与えられたのは各種族の大英雄に先代勇者パーティーの一員だけだ。大英雄達は既に天界に召されていることを考えれば、自ずと限られてくる」
明らかに理由が分かっている風だった。魔王に一矢報いる人間は限られている。その中で一番近くにいたのが、自分の息子だった。となれば答えは明らかなのだろう。
「………ええ。魔王と戦ったのはレイよ」
だからその事実だけは告げた。それ以外はあまり教えるわけにもいかない。魔王に負けて女の子になりました、なんて口が裂けたって言いたくない。親父がどんな反応をするのか全く想像できん。
「そう、か………」
その言葉を聞いた親父ーーアグニス将軍は、沈痛な面持ちで俯いた。厳格な親父が今まで見せたことのない表情に、思わず息を呑んでしまった。
「あのバカ息子、一度くらい顔を見せてから逝け。父親より先に死ぬ息子がいるか」
意外だった。親父でもこんな表情を出来ることが。時には冷酷とも言われる鉄面皮が悔しげな表情を浮かべて顔を歪めている。
ほんの少しだけ見直したーーーわけではあるが、勝手に死んだことにされたのはやはり腹立たしい。だから脛のあたりを蹴飛ばしてやった。
「『万が一、万が一親父が変な表情見せやがったら思いっきり蹴飛ばせ。俺があんたよりくたばることは絶対にない』っていう伝言を受けた。それに、彼が死んだなんて一言も言ってない」
ほぼ初対面の相手に脛を蹴られるとは思わなかっただろう。唖然とした顔を俺に向けている。
大陸有数の実力者にしてラスマール皇国の将軍である親父を蹴飛ばす機会なんて滅多にない。貴重な機会を逃さなかった己を褒めたい(後のことは考えていない)。
だが、それ以上にそんな表情は見たくなかった。悲しい顔を見たくないから各地を駆けずり回って戦ってきたのに、自分が原因となっては元も子もない。
「そう、か。レイは生きているのか」
俺の言葉に親父は暫く黙っていたが、ふと俺から顔を背けて外の景色を覗いた。いつもの厳つい表情に戻った横顔からは、何を思っているのかはもう分からなかった。
「………あいつが師匠だと大変だったのだろう?」
こちらに視線を向けることなく尋ねてきた。親父に事実を伝えてもややこしくなりそうなので、俺のことはレイの弟子ということにしておいた。これが一番無難なはずだ。ていうか中級魔法をバンバンぶっ放す一般人として誤魔化すのは無理があるのでこれしか選択はなかった。
「まあ、そうでもないわ。大半が野宿だったのは頂けなかったけど」
■
その後もウィルギードの質問に可能な限り答えた。そうしている内に陽が高くまで上がったので何もない広場のような空き地で小休憩することになった。バルクヘイムまでの距離的にも最後の休憩だ。
「だ、大丈夫? サーシャ」
「うぷ、え、ええなんとか………」
顔が青いサーシャが全く大丈夫そうではない表情で頷いた。サーシャが酔ってしまうとなると、検討していた馬車の購入は再考しなくては。
「私のことは気にしないで食べてください………」
そう言って馬車の椅子に横になってしまった。一応酔い止めの薬や薬湯などを側に置いておき、焚き火を囲んでいる隊商や騎士団の人達の元に向かった。
「すいませーん。私達にも分けてもらえますか?」
「おう、嬢ちゃんたちか。当たり前だろ。岩角鹿の肉は嬢ちゃんたちが分けてくれたもんだしな」
岩角鹿は名前通り角が岩で出来た鹿だ。鉱石を主食としているので採掘する際に丁度いい目安になったりする。
「ちょっと持ちきれなかったからね。騎士団が紹介してくれた商人には結構高値で買い取ってもらったし」
実は荷物と鮮度を度外視して持ち運び出来る荷物持ちがいるので持ちきれないなんてことは無いが、まさかおおっぴらに情報を公開するわけにもいかないので誤魔化すためにも一般的な旅の装備を整えている。
「ほいっ、どうぞ」
「ありがとう」
ほかほかと湯気の立つスープとスプーンを受け取り、馬車に寄りかかるように座る。良い匂いでサーシャの食欲が湧けば幸いだが。
「しかし辺り一面麦畑とは驚いたよ。一体何百人で収穫してるんだろうな、」
実際、大きな街の大半はすぐ近くに穀倉地帯が広がっているのでよく見る光景ではある。しかし村から出たことのないらしいアレンにとっては新鮮な光景なのだろう。
「………アレンは、どこに住んでたんだぴょん?」
「む、………まあ山奥の寂れた村だよ。とりわけ特別な物があったわけでも無いしな」
一緒に座らざるを得ない馬車旅のお陰か、ヴィヴィア達は少しずつだが警戒を解き始めたみたいだ。私一人分の間を挟んで会話をするようにはなった。
「特別な物がないって、エラブさんのいる洞窟があったのに?」
「あー。でもあれはなんか違くないか?」
「エラブ? 大会に出場するあの人のことぴょん?」
「ああいや、違うんだ。まだ旅を始める前のことなんだけどさーーー」
アレンは名前のややこしさに困りながらもヴィヴィアに説明する。そんな他愛もない雑談が終わる頃には出発の準備が始まっていた。
■ラスマール皇国、皇都セラフィア、魔法街。
「5年、ね。意外と時は進むもの。フィアナ、あなたも少しは落ち着いたように見えるわ」
豊満な胸を強調するような格好で脚を組んだリリアナは、懐かしそうな表情で笑っている。どうやら歓迎はしてくれているみたいだ。
「あなたは魔法街が好きじゃなかったはずだけど、なにか余程のことがあるのかしら? ーーー例えば、シル王国みたいに」
表情は意地悪そうな笑みに変わり、仲の良い友人を弄る気満々に尋ね返してくる。分かりきったことを聞き返す、流石の嗜虐趣味だ。
「知ってるなら話は早いわ。ガナード侯は今回、傭兵ギルドと魔法街に援軍を要請する。その為に私はここに来たの」
「魔法街、全体に………? どうして皇国ではなく傭兵どもとここに直接要請したの?」
驚いた表情を浮かべたリリアナは半信半疑で聞き返した。いくら仲間の言葉とはいえ、魔法街に援軍要請を求めるというのは不可解だ。先に皇国に話をつけるのが筋である。
「ガナード侯は単純に速さを選んだ。皇国は大きいから軍の派遣にも時間がーーー
「それなら問題ないわ。だってもう、3日後には皇国軍は出陣するわよ」
「な、もう兵を整えているの⁉︎」
大国ゆえに軍を動かす際にはかなり時間が掛かるはず。だというのに、魔王軍襲来の報が来てから一週間もしない内に派兵の準備が整っているという。皇国はそこまで手際は良くなかったはずだ。
「『影月』の諜報部員のくせに情報を手に入れるのが遅いわよ? 10年前のあれが良い薬になったんでしょうね。セラフィア騎士団だけでなく傭兵ギルドもほとんど集結してるわ。私のところも魔法騎士を騎士団に合流させてる。それに」
そこでリリアナは一旦間を置いて、少しだけ不機嫌そうにその情報を告げた。
「現勇者もシル王国に向かうらしいわ。全く、あんな奴を勇者に召喚した神官どもの気が知れない」
「勇者、ユウジが………」
5年前に召喚された勇者。一応実力もあるし世界各地を転戦しているみたいだが、私もかつての勇者パーティーとしてはあまり良い印象を持っていない。ラスマール皇国の思惑に踊らされすぎている。
「姫、まだ話を続けるのか?」
今まで黙っていたアグリールが突然口を開いた。その顔には「暇だ」とデカデカと書かれていた。
「え、ええ………」
「ねえフィアナ。旧交を温めている時に無粋な発言をする竜人族の男は一体誰かしら? あなたはガナード侯みたいな男性が好みだと思っていたのだけど?」
そうだった。リリアナはまだアグリールが人化出来ることを知らないはずだ。今にも魔法を撃ちそうな気配を出している。
「この男はアグリールよ。人化の魔法で竜人族の姿になってる」
「は?」
「うむ。久しいな。巨乳娘よ」
「う、その失礼な発言からして本当にアグリールみたいね。あの黒竜がこんな姿になってるとは気がつかなかった………」
現勇者とはまた別の意味で嫌そうな顔をして歪めた。女性に対して失礼な発言をするのはアグリールが一番多かった。勇者やレイですら空気を読む時でさえ遠慮なく思ったことを口にするのだから女性陣に嫌われるのは当然である。
「援軍の目処が立ったならば我らもシル王国方面に行くべきではないか? いくら魔王が魔界に戻ったとはいえ、魔王軍はその場に留まっているのだろう?」
「え、ええ。そうね………」
あなたは確か皇国の子孫に会いに来たんじゃなかったかしら? とは言わなかった。どうせ忘れているだろうし、大して重要なことでもないに決まってる。
「それなら一番近い所でバルクヘイムに転移用の魔法陣を置いているわ。私自体はこれ以上やる事もないし、行ってみましょうか」
リリアナの提案には快く頷いた。流石にここから侯爵領までアグリールの長話は聞きたくない。
3人は魔法陣のある地下へと降りていった。
■ガナード侯爵領、侯都バルクヘイム、南門。
騎士団と同行していたお陰で身分証を提示することなく入ることが出来た。代理とはいえ、流石は将軍の権力か。
「他所の将軍なのにすごい人気ね」
アグニス将軍はラスマール皇国直属の将軍だが、ガナード侯爵とは旧知の仲であるという理由で遠征中のガナード侯爵の代わりに内政を取り仕切っている。普通逆だろうにと思ってしまうがそんな事気にしないのがガナード侯爵の特徴であり強みだった。
「10年前のバルクヘイム防衛戦でこの街を訪れたからな。それを覚えている者が多いのだろう」
馬車が街に入っただけで歓声が沸き起こる。大陸中に名を轟かせてはいるとはいえ、他所の将軍をこれ程歓迎するのは驚きだ。
目立たないようにフードの陰から街並みを眺める。といってもアセリアートから馬車で3日しか離れていないせいか、街の造りはそこまで変わっていない。
「城で悪魔討伐の報酬を受け取った後はどうするつもりだ? 街に戻って宿に泊まっても構わんが、城の離れに部屋を取らせることもできる」
城に泊まれると聞けば、皆喜びそうだ。この旅の目的って実のところ観光だし。
冒険者ギルドで依頼を受けるのが手間になりそうだが、お金自体には困っていないし多分どうにかなるだろう。
「みんなと話し合って決めるけど、きっとお城に世話になると思うわ」
「わかった。準備しておこう」
城下町を通り貴族街を進むが、トラブルの原因になりそうな貴族の馬車とも鉢合わせることなく、アセリアートに聳えていた白亜の城と似た造りのバルクヘイム城の門をくぐった。
■バルクヘイム城、迎賓館。
「ネアってこの国のお偉いさんとコネがあったんだな。お陰でいい部屋に泊まれて万々歳だよ」
「私じゃなくて師匠に、ね。しかも許可したのはこの領地の人じゃないし。折角貴族街の武具屋で買う許可を貰えたんだから行きましょう。悪魔討伐の報酬が有れば全員分の防具一式を更新出来るんじゃないかしら」
貴族が泊まるような迎賓館で一人一部屋あてがってくれた。親父よ、いくらなんでも待遇が過剰な気がするのだが。
今は今後のことを相談するために皆で応接間に集まっていた。ふかふかのソファーに座ってメイドさんに淹れてもらった紅茶を飲んでいるのだが、サーシャはまだ気分が悪いらしくアレンに膝枕をしてもらって寝ている。寝顔が嬉しそうなのは気のせいではないな。
「ネアとアレンが手に入れた報酬なのに私たちも貰っていいぴょん?」
ヴィヴィアが不思議そうにウサ耳をぴょこんと傾ける。それが可愛かったので撫で回しながら頷いた。
「もちろん。それにウィアやサーシャだって怪物『モンスター)を倒すの手伝ってたじゃない。二人とエラブリートさんが組んでたパーティーが一番多く倒してたように見えたし」
「そうだな。それに全員の戦力強化は重要だ。遠慮しないで高いの買っても損はしないさ」
「………ありがとう、だぴょん。って結ぼうとするんじゃないぴょん⁉︎」
ヴィヴィアは少しだけ困ったような表情をしたが、俺にウサ耳をリボンのように結ばれて怒る。ポカポカと叩いてくるのをいなしながら俺とアレンは笑った。やっぱり辛気臭いのはいけない。
■バルクヘイム、貴族街。
「急がないとちょっと遅くれるかも」
『魔法書の値切りに時間を喰われたな。貴族御用達の店だから値切りを渋るのは当然なのか?』
「知らないよ。お店なんだから値切る。それだけよ」
俺は小走りで武具屋へと駆けている。防具は特に欲しい物がないので先にこの街の魔法街で魔法書を買い求めていたのだが、集合時間に間に合いそうもない。魔力強化を使っても良いのだが流石に悪目立ちしてしまいそうだ。
どうやって謝ろうかなぁと考えながら走っていると、横道から一人の女性が出てきた。
「しつれーい」
「………?」
先に謝ってから前を横切って通り過ぎる。貴族街の住民が馬車を使わないのは珍しいなとは思いつつも、特に気にすることなく駆け抜けようとしたのだが、
「待ちなさい」
「ん? ………っと」
女性の言葉とともに地面から突然蔦が生えてきて俺の脚に絡まろうとしてきた。女性の方もちょっとした警告だったのか特に苦労することなく躱したが、一応脚を止めて振り返った。
「………あ」
「あなた、もしかして魔法街で魔法書を買ったっていう無登録の魔法使いかしら?」
いつもの魔女服を着ていなかったから一瞬気付かなかったが、魔法で攻撃してきた女性は見覚えがあるどころかひたすら『脳内保存』した勇者パーティーの一員だ。
「未だに登録していない魔法使いがいるなんてね。お仕置きが必要かしら?」
ヴェーブのかかった金髪に妖艶な美貌。今まで出会った中で一番大きい部分を誇示するかのようなドレスを着ているのは勇者パーティーの不遇な魔法使い、リリアナだった。
やっと合流した………。
かつての仲間との戦い、燃えますね。
問題児シリーズ、ラストエンブリオに題名を変更したんですね………。
あの馬鹿でかい(恒星レベル)世界観は読んでて楽しい。