第15話 氷花の魔女
チート系主人公は物量戦で敵を倒すことも有りますが、敵役がそれをすると大体負けるのはどうしてでしょうかね?
「先ほどは助けて頂きありがとうございます」
そういって男性が平伏してくる。その隣でも二人の少女達が頭を下げている。
先程の決闘の時に助けてあげた人達か。危うく忘れるところだった。
「良いですよそれくらい。ーーーそれで、どうしてあなた達は絡まれていたんですか?」
アレンが男性に顔を上げさせている。優しいやつだ。
「私達はこの街の南西にある漁村に住んでいるのですが、一昨年の不漁で生活に困窮してしまい二人の娘を売って何とか食い繋ぎました。去年と今年の豊漁で何とか娘達を買えるお金が貯まり、こうして買い戻しに来たのです。しかしあの男に絡まれてしまい………」
成程。そんな経済状態ではお金を工面してくれる程の余裕は無いか。残念。
「お礼に何か出来れば良いのですが、日々の生活で精一杯ですので出来ることは限られています………」
「別にお礼なんていりませんよ。それでもし気に病むんでしたら俺たちがその漁村に行った時に美味しい魚を奢ってください」
甘々だ。というかお人好しだな。ちょっとくらい対価を要求したって良いだろうに。男ならどちらか二人の女の子を貰うぐらいの甲斐性を持つべきだと思う。まあ奴隷買うほどお金の余裕無いけど。
■アセリアート南地区、『蜂蜜亭』。
「けん、とう、かい………?」
「やっぱり妙な事に巻き込まれてたぴょん。棄権とかは出来ないのかぴょん?」
「いやあ、あははは………」
『蜂蜜亭』の食堂でアレンやネアさんと落ち合った私は二人の話を聞いて唖然としてしまいました。剣闘会? 目を離した一刻程度でいつの間にそんな事に………。
ヴィヴィアさんも呆れたようなジト目で林檎と蜂蜜のパイを切り分けて食べています。ここの宿はアセリアート近辺にある侯爵御用達の実家から、普通なら貴重なはずの蜂蜜の仕送りを受けているようです。貴重な蜂蜜を使った林檎パイは少々高めですが、銀貨を払うだけの価値はあります。それが初めての報酬なら尚更です。
「ちょっと無理そうなんだよね。ギルド長のババアさんがこれまた面倒臭い人でさ。ほんといつか仕返ししてやるんだから。あ、ユリア、紅茶よろしく」
「はーい。ネアちゃんには蜂蜜たっぷりサービスしますね!」
宿に泊まってい人以外にも料理目当てお客さんがいる所為か、忙しそうに看板娘のユリアちゃんが給仕に回っている。ネアさん、いつの間に仲良くなっていたのでしょうか? ちゃん付けで呼ばれた当の本人は微妙な表情を浮かべていましたが。
「大丈夫ですか? アレンは兎も角、魔法使いのネアさんでは剣士と対戦するのは厳しくないですか?」
ネアさんには伝えていませんが、まだ私達が10歳の頃にアレンは『暴食蛇』を殴り倒しています。アレンと私だけの秘密なので誰も知りません。
実力を隠しているアレンには全く心配はしていませんが、近接戦を挑まれたら無力の魔法使いであるネアさんは厳しいのではないのでしょうか。
「ふふん、問題ないから。魔法使いが接近戦でも戦える事を証明してあげるからね」
不敵な笑みを浮かべたネアさんは美味しそうに林檎パイをつついています。巨人族のエラブさんを圧倒した魔法を扱うだけあって、自信だけだなく実力もアレンに匹敵していると思いますが、なんとなく嫌な予感がします………
■
それから三日間は特筆するべき事もなかった。精々ランク4まで昇格し、魔獣を乱獲できるほど連携が取れるようになったくらいか。相変わらずアレンとヴィヴィアはギクシャクとした態度が続いているが。
「それじゃ、行ってくるね〜」
「はい。ちゃんと応援に行きますから!」
サーシャとヴィヴィア、それにユリアも宿の前で見送ってくれる。出場者は闘技場の開場時間よりも早く集合しなくてはいけないので俺とアレンは先に行かなくてはいけない。
「アレン、優勝したら約束通りあの指輪買ってよ? 約束なんだからね?」
「分かってるよ。サクッと優勝してくるさ」
頰を少し赤らめたユリアの頭を優しく撫でているーーーって、いつの間に好感度を上げていたんだか。意外と油断ならない男よ。
「ア、レン………⁇」
ヤバイ。サーシャの目から光が消えている。フィアナも偶に発症していたが、あの状態になると手がつけられなくなりかねん。
「アレン、さっさと行きましょう。遅刻するわよ」
さり気なくアレンとユリアを引き離して催促する。この時に茶化すようなことを言うと症状が余計に悪化するので不機嫌そうな表情は忘れないように心掛ける。
「悪い悪い。じゃ、ちょっくら優勝して祝勝パーティーでも開くか。しっかり見てろよ!」
複雑なやりとりが行われた事など露ほども知らないアレンと共に闘技場へと向かった。
男女関係のもつれだけは勘弁な。肉体的な男が一人しかいないお陰で、複雑な関係にならないのが唯一の救いか。
■アセリアート中央区、『アセリアート闘技場』・控え室。
(やっぱりと言うべきか、女性は少ないみたいだな)
女性用控え室の椅子で脚をふらつかせながら周りの様子を覗き見る。総計二千人近く出場する大会の予選なのに、ここにいる女性の出場者は10人にも満たない。
「ねえ、そこのお嬢様も出るのよね?」
ふと後ろから声が掛かる。振り向くと身体の大半を銀色に輝く金属鎧で隠した、妙齢の女性が側に立っていた。背中に侯爵家の紋章が入った金属盾と長剣を背負っているし騎士団の人かもしれない。
「そうだけど?」
「あなた、棄権したほうが良いわよ。いくら魔女でも開始距離が10メートルでは一瞬で間合いを間合いを詰められるでしょう? 最近は魔法耐性を備えた防具を持ってる冒険者も増えてきてるし」
金糸の様な髪を鎧の中に入れ、心配そうな表情で顔を覗き込んでくる。意外な事に本当に心配しているらしい。
(魔法耐性の防具………? そんな貴重な物が流通しているのか、今)
そんな物が流行ってる話は聞いた事ないのだが。勇者パーティーでも魔法に抵抗しにくかったフィアナが護符を持っていた程度であり、魔法耐性の類はほとんど持っていなかった。
「大丈夫よ。それくらい問題ないから。………あなたって騎士団の人?」
「そうよ! ラギーム・アクスネージ子爵の長女にして赤竜騎士団次席、マリアール・アクスネージよ! あなたは?」
「冒険者のネアよ。よろしく」
女性で騎士団次席とは中々実力を持っている様だ。それにしても貴族の子女もこの大会に出ているのか。周りの女性はほとんどが一般の冒険者の様だからマリアールが特別なのかもしれない。
そこでちょうど控え室にまで聞こえる様な歓声が沸き上がる。第一試合が始まったのだろう。
剣闘会は出場者が試合を観戦する事は認められていない。なので初見の相手との戦闘は慎重になる事が多かったりするのだが、歓声の盛り上がり様からして最初から白熱した戦いになっている様だ。
「それじゃ、私は次だからそれじゃあね。その綺麗な顔を傷つけちゃダメだよ!」
兜を被り、全身鎧になったマリアールはガシャガシャと手を振って闘技場の入り口へと去っていった。手を振り返して見送り、マリアールが忠告してくれた魔法耐性の防具への対処法を考える事にした。
■闘技場。
砂が敷き詰められた闘技場に入場すると、盛大な歓声と共に迎えられた。個人にというよりは観戦席のノリのようなものだろうが、
戦闘によって発生した穴ぼこや地割れを急いで埋めた跡が残っている。足場の悪さを利用するのも良いかもしれない。
「小巨人が街まで出てくるなんて珍しいわね」
「オレ、強イヤツト戦ウ。女デモ容赦、シナイ」
ネアの身長の倍近くある巨体が正面に聳え立つ。小巨人は上位種族の巨人族の分類に入るのではないかという議論が度々なされていたようだが、今のところは亜人族に分類されている。人族との交易も村の近くで行うので滅多に街まで出てくることはないので特に珍いことだ。
「両者、円の中に入るように。降参の場合は聞こえるように宣言すること」
審判員が結構離れた場所から試合についての規則を説明している。大きな声を出しているわけではないから聞こえにくいことこの上ない。
「冒険者、ネア。傭兵、エラブリート。両者構え」
油断して負けたら情けないので杖を持ってきている。魔法使い単独での戦闘はなんだかんだ言って初めてなので慢心せず本気で殺さないように手加減しないといけない。ああ、ややこしい。
どこかで聞いた気がする名前の小巨人は、ネアの身体ほどの大きさの石斧を片手で構える。石斧といっても石を木の棒に縄で括り付けたような物ではなく、巨岩から直接切り出して無理やり削り出したような武骨な代物だ。あれで殴られたら痛いだろうなぁ………
「ーーー始め‼︎」
開始と同時にエラブリートは跳ねるように跳び上がり、重量を活かした石斧の振り下ろしが襲い掛かる。本当に容赦ないな。
「よっと」
安定の身体強化で飛び退きながら、無詠唱で土と水の複合魔法を発動する。狙いは小巨人の着地点。
「ム、イツノ間ニ………」
泥濘化した地面に勢い良く沈み込む格好になったエラブリートは既に腰まで地面に埋まってしまっている。後は首まで沈んでから氷魔法で地面ごと凍らせれば終わりなのだが、そう簡単にはいかないようだ。
「オオォォオオオ‼︎!」
雄叫びと共に強引に『底無し沼』から抜け出してくる。って、おかしいな。自力で抜け出せないように創った筈なのに。
そんな俺の疑念を他所に、エラブリートは完全に脱出すると再び突進してくる。安易な突撃は悪手なんだけどなあ。
「『氷矢』」
起句を唱えて無数の氷の矢に魔力を注ぎ込む。初級魔法であったはずの『氷矢』はその姿を鋭い槍へと変貌していく。
「吹っ飛べ」
「オオオOOOooooOOOO‼︎!」
無数に出現した氷の槍に対してエラブリートは人語ではない雄叫びを上げて石斧で迎撃する。一本、二本と迫り来る氷槍を撃ち落とし、弾き、粉砕する。だが量が量だ。十数本防いだところで左肩、右膝、左脇腹と氷槍が突き立っていく。
「GAAAaaaaAAAAーーー‼︎!」
「てか、まさに狂戦士って感じねーーーっ!」
それでも視界を埋める氷槍に一歩も退かず、圧倒的な物量を跳ね除けてネアの元へと突き進んでいく。思わず舌打ちしてしまいそうになりながらも、止めの魔法の為の魔力を練り上げていく。
「GAAAaaaa‼︎!」
串刺しになり、身体を真っ赤に染めたエラブリートはついに氷槍の弾幕を突破した。渾身の一撃を叩きつけてくるが、
ーーー遅いーーー
いくら何でも溜め過ぎだ。わざわざ回避しろと言っているかのように隙だらけの一撃を振るってくる。普段だったら《火弾》を連射しまくってから回避でも余裕だったろうが、熱狂しているっぽい観客の為にも予定通りの魔法を発動させる。
「《淵源の護手》、《魔力解放》」
(沼を抜け出したのは見事だったけど、戦闘自体は予選落ちレベルだったかな)
起句を告げた瞬間、周囲やエラブリートに突き刺さっていた氷槍が眩い光を放ち、膨大な魔力を放出して爆散した。
この巨人まんまバーサー(ry
そして主人公まさかの自爆技。どうしてこうなった。
あ、エラブリートさんとマリアールさんのステータス紹介しておきます。ステータス紹介何話目ぶりだろうか………?
(☆がその種族と性別の成人に於いて平均ということで。★がオーバー。魔力強化などはしていない状態。
例えば★★☆ならば平均より低い能力値、☆☆★★★なら平均より高い)
マリアール 女 20歳 人間
体格☆☆☆★
体力☆☆☆☆★★
魔力☆☆(平均)
知力☆☆☆(平均)
筋力☆☆☆★
敏捷☆☆(平均)
エラブリート 男 79歳 小巨人
体格☆☆☆☆☆★
体力☆☆☆☆☆ (平均)
魔力☆ (平均)
知力☆ (平均)
筋力☆☆☆☆ (平均)
敏捷☆☆★★★